第5話

ヒタリ、ヒタリ、ヒタ、ヒタ、ヒタ。


手が地に触れるたびにおかしな音がする。

自動的についてくる後ろ足。冷たい土の感触。

吸った酸素が喉に留まる新鮮な感覚。

向こうの方に灯りが見える。窓ガラスから光が漏れている。あそこまで歩こう、とにかくあそこまで行けばいいんだ、何故かそう思った。


チラチラ視界に入ってくる小さな緑色の手の様な形のものがずっと気になっていた。身体が冷たい。だけど不思議と寒くはなかった。もう辺りは真っ暗で、見上げると夜空はいつもよりずっと遠くにあって、小さな黄色い三日月が浮かんでいた。心細くて、ひたすら灯りを目指して歩いた。なかなか辿り着けなくて何度も休んだ。やっと辿り着いた窓ガラスは眩しくて、そのツルツルした表面に触れるまでどのくらい時間がかかったろう。

緑色の小さな身体。黒くて丸い瞳。大きな口。

驚いて、思わず窓に映った自分のその姿をペタペタと叩いた。

水掻きがついた小さな緑色の手。これが私の手?

嘘でしょう??


その時、急に部屋の中から聴き慣れた音がした。

なんだろう。

この音知ってる、なんだろう。ああ…ああそうか。


「ギターだ。」


そう呟いたつもりなのに声は出なかった。


目を凝らすと、レースのカーテン越しに部屋の中がうっすらと見えた。

誰かが椅子に座ってギターを弾いてる。

アンプを通しながらも控えめな音量で。

奥行きのある歪んだなんとも心地良い音だった。


私はその音色を聴きながら、変わり果てた自分の身体について思いを巡らせた。

一体、何が起きてしまったのだろう。まるで昨日のことの様に蘇るのは、やっぱり誰かの歌声とギターだった。同時になんとも嫌な感覚が心にボタボタ落ちてくる。目の前が真っ暗になる様な悪い感覚。頭がキンと痛んだ。あぁ…苦しい、どうしよう!そう思った瞬間、ガラッと目の前の窓が開いた。


ツルリと光る青いものが目の前に現れた。尖った曲線を見て、あ、やっぱりストラトキャスターだ、何となくそんな気がしていたんだよね、と、自然とそんな思考がどこからともなく浮かびあがった。


これはいつの記憶なんだろう。


突然、温かい感触に身体が包まれる。

グッと上昇するジェットコースターみたいな感覚の後、目の前に人の顔が現れた。メガネの中の2つの目の中に、私の緑が映し出される。

私は捕まったというのに、何故かちっとも怖くはなかった。


じっと彼の目を見つめる。奥の方に淡々と素朴な光が宿る目だった。彼はフッと笑った。そして小さな声で言った。


『カエルさん?』


初めて呼ばれた名前はなんだか不思議な響きで、魔法みたいな瞬間だった。

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