第3話

気がついたら私はライブハウスを飛び出していた。

階段をかけ上がって、まだ明るさの残る街に思いきり駆け出す。息が上がる、頭の中が真っ白で、右とか左とか信号とか横断歩道とかそういった物の存在が全く入って来なかった。


『あ……!』


気がついた瞬間、バンッと大きな衝撃が身体に走る。

体が浮かぶ…大きく見開かれた運転席の男性の表情。空が青く近く感じた。熱い…?違う、イタイ。

怖い。舞い上がった後は打ち付けられるんだよ?どこかで誰かの声がする。頭の中?バカだなぁ…私。何、轢かれちゃってるの??こんなに思いきり…!


ものすごいスピードで時間の逆回転が頭の中のスクリーンに映されるように見えた。


どこかで誰かの叫び声が聞こえた。


痛い。打ち付けられる、硬い感触。

目の中に火花が散った。


颯斗の顔が浮かぶ。まっさらだった私を変えちゃった人。私にとって特別な存在に間違いなかったのに。改札の向こう側で、手を繋いで小宮愛莉と歩いている後ろ姿を見た放課後。あの日からおかしくなったんだ私は。出会わなければよかった。好きにならなければよかった。ギターが弾けて歌声が良くて。好きになったのはパパのせいだ。私を音楽好きにしたパパのせい。そうだ、パパのギターを颯斗に貸したままだった。すぐ返してもらえばよかった。あのテレキャスで思い切り殴ってやれば良かった。

こんな事になるなら。


生暖かい感触が首筋につたってくる。身体中にゴツゴツした硬いアスファルトが刺さっている。

ザワザワした声が遠くから降り注いでくる。慌てている人の声。誰かが何かを私に必死に話しかけてくれているみたい。人の顔と空と。向こうの方で車が走る気配と。痛い…うわぁ…頭が割れそうに痛い。

意識が遠のいていく。ごめんなさい、パパとママと。お婆ちゃんとかお爺ちゃんとか…色んな人の顔。パタパタと巡る小さな頃の記憶。南、ごめんね大変な事になってしまった。学校、友達、先生。自分の部屋。飼っている猫。視界が暗くなっていく。


ねえ、颯斗。私の事どのくらい好きで居てくれてたのかなぁ…?私は大好きだったよ、颯斗だけが。

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