第24話
一月。作家志望の新年会は、賑やかな雰囲気に包まれていた。
同世代の人間が少ないことは察していたが、共通の趣味があるおかげか、年齢の差なんて気にしなくてもいいほど話が弾む。
だが、やはりここでも疎外感はあった。一概に作家志望と言っても熱量に差がある。少し前まではそんなこと気にせずに話せたのに、流木の塊に拒絶された途端、意識してしまうようになった。
自分が上手く笑えているのか分からない。疎外感を誤魔化すために、必死に取り繕っているようにも感じる。
隣でペラペラと口を動かすのは、三十歳くらいの細身の男だった。原稿は一度も書いたことないが、頭の中では名作の構想が仕上がっているらしい。風太は「凄いですね!」と褒めた後、カクテルをさっと飲み干す。トイレに行くという口実を作って席を立った。
ピュア風太と呼ばれていた頃が懐かしく感じる。
すぐ去って行きそうな人たちに興味を持てない自分がいた。……本物と話したい。この世界で一生戦っていくつもりで、絶対に折れない心を持っている、本物と話がしたい。
トイレから帰ってくると、遠くに青井の姿が見えた。
その顔が少し苦しそうに見えたので、偶然を装って声を掛けることにする。
「あ、青井さん」
案の定、青井は隣の男との話を打ち切ってこちらにやってきた。
呼び方を間違えたので謝罪する。ここでは筆名のナナさんと呼ばなくては。
「どうですか? 貴重な話、聞けてます?」
「うーん、どうだろ」
奈々は苦笑いして誤魔化した。
お互いに居場所を見つけられないせいか、立ち話で時間を潰した。すると近い世代の人たちが集まってきて、一つのグループが形成される。
しかし、青井と話して数分もするうちに、風太は焦った。
青井は本物の作家志望だと思っていた。だから彼女と話したら、疎外感が消えると思っていたのに――。
「作家志望というだけで、幸せになれたらいいんですけどね。小説を書くのって時間がかかりますし、他のことと両立が難しいというか……」
青井が悩みを吐露すると、他の者たちは首を縦に振って共感を示した。
だが風太は、青井が抱えている悩みの本質を察した。
青井は普通との決別ができていない。
彼女は、流木の塊に惹かれている。
大学祭で青井と会った時、風太はまだ普通と特別の差に対して敏感ではなかった。しかし今の風太には、青井が二つの間で揺れていることが手に取るように分かる。
いつから悩んでいたのだろう。この年末年始で彼女の価値観を揺らがす出来事でもあったのだろうか。或いは大学祭の頃から密かに揺れていたのだろうか。
置いていかないで――。
皆、辞めていく。日村もそうだった。彼も一年前までは作家志望だった。世俗に染まらない決意を表わすかのように、長く伸ばした髪を一つに結んでいた男だった。
インターンシップで会った彼らも、ひょっとしたら最初は情熱を燃やして孤軍奮闘していたのかもしれない。だが日村のように、今の青井のように、大波のうねりに敗れて流木の塊に引き寄せられてしまったのではないか。
消えていく――。
仲間が、戦友が、遠くへ行ってしまう――。
羨ましいとすら感じた。彼らの潔さは風太には欠けているものだった。才能がないことを自覚しているのに、未練がましく作家志望であり続ける自分は世界から浮いていた。
「交ぜてもらってもいいですか?」
その時、孤独に苛まれている風太のもとへ、中年の男がやって来る。
男を見た直後、風太の心に懐かしさが込み上げた。
明らかに年齢は離れている。容姿もろくに整えていない。だが、その世俗から距離を置いたような姿が、かつての日村と重なった。
今の自分と重なった。
「いいですよ!」
風太は男を輪の中に招き入れた。
その男からは安堵を感じる。流木の塊に靡かない、強靱な精神を感じる。
青井が少し嫌そうな顔をしたが気づかないフリをした。多くの人にとって、この男は見るに堪えない世捨て人だろう。けれど風太にとっては違った。大衆というものに迎合する気がないこの男は、たとえそれが心の弱さに端を発するものだったとしても、風太にとっては決して遠くに行かない生涯の仲間たり得た。
「徳田ベトです」
名刺を作っていない風太は、一方的に徳田の名刺を貰った。
この名前はよく覚えておこう。そう思った。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます