第23話

 家に帰り、風太は原稿を書いた。

 大学祭の前から、だいち小説賞に応募するための原稿に着手している。だが二万字を越えた辺りでどうにも筆が乗らなくなり、結局その原稿も捨てる羽目となった。


 もうこれで十回目だ。何度書いても、何度挑んでも、途中でやる気をなくす。

 就職活動を止めたら原稿を書けるようになるのであれば、躊躇なく止めている。しかしそれなら大学三年間で一度も長編を書けなかった理由が見つからない。効果が見込めないのに安全な人生を捨てるほど、風太は馬鹿ではない。


 どうすりゃいいんだと嘆いていると、部屋の扉がノックされた。

 父が入ってくる。会社から帰ってきていたらしい。


「また小説か?」


 風太は唇を引き結んだ。父が溜息を吐く。

 父は優しいが厳かな人だった。最初は風太の就職活動を純粋に心配していたはずだ。しかししばらくすると、風太が就職活動ではなく執筆活動で悩んでいると気づき、優しさを引っ込めて厳しさを出すようになった。


 見た目は無愛想な父だが、風太の人生設計には寛容だった。進学先も文理選択も全て風太の意志を優先し、時折自分の考えを述べることはあっても、それは持論に過ぎないことをいつも前置きする丁寧な人格だ。

 そんな寛容な父が、かつてないほど厳しく咎めているのが、ここ最近の風太の小説に対する想いである。


「趣味ならいいが、仕事にはするなよ。お前は才能がないんだからな」


「分かってるって」


 何も分かっていない。口先だけで納得していないことは父も察しているはずだが、これ以上は言っても仕方ないと思われたのか、父は黙って部屋を出た。先に大人の対応をされたことに苛立ちを覚えるが、八つ当たりみたいに返事をした自分が悪い。


 父も知っていた。風太が小説を完成させられないことを。

 きっと親は子の安定を願うのだろう。だからこそ父は暗に言っているのだ。お前は、小説では食えないと。


 よほど才能がないんだろうな、と風太は嘆息した。

 それでも諦めきれない自分は病気なのかもしれない。


 机に置いたカレンダーを見る。

 来月になれば作家志望の新年会がある。昨日までは楽しみだったのに、今日のインターンシップのせいで、また疎外感を覚えたらどうしようという不安が過ぎった。


 頬の皮膚を、指で摘まむ。

 就職活動で鍛えた面の皮の厚さを信じよう。

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