第30話 クラン(1)


 エリーとマリアの風邪も無事に治って、それからまたいくつかクエストをこなして。

 僕らもSランク冒険者としての活動も板についてきた。

 そしてついに、僕たちが目標にしていた1000万ガルドという大金を貯めることに成功したのだ。


「やった……! 1000万だ!」

「ついにやったな……! これで……」

「ああ、クランが作れるぞ……!」


 そう、僕たちが1000万ガルドもの大金をコツコツ貯めてきたのには、理由がある。

 この世界には、いくつかの大きな塊がある。

 ギルド、パーティー、そしてクランだ。

 クランというのは、まあ、パーティーの集合体みたいなものだ。

 パーティーだけだと立場が弱いが、クランとなれば、かなりの権限を持てる。


 そのクランを立ち上げるのに必要なお金が、1000万ガルドというわけだ。

 1000万ガルドを国に支払うことで、クランを新たに設立することができる。

 クランを設立すると、さまざまな特典があるんだ。

 第一に、通常は、クエストはギルドから受けるものだ。

 フリーのパーティーはみんな、ギルドからクエストを受ける。

 だけど、クランを設立すれば、国から直接クエストを受けることができるのだ。


 クランを作れば、国から直接クランに依頼がくるようになる。

 そうすれば、かなり割のいい仕事をすることができる。

 つまり、クランというのは一種の信用のようなものだ。

 クランとして名をあげていけば、それはいずれギルドにもなる。

 まあ、クランはパーティーの上位互換のようなものだ。

 パーティーは下請けの業者、クランは元受け、ギルドはそのさらに上の大会社って感じだ。


 僕たちはさらなるクエストを受けるために、クランを設立しようとしていた。

 ――というのはパーティーのメンバーに対する、表向きの理由だ。

 僕個人としては、クランを設立して、冒険者を引退するのが目的だ。

 どういうことかって?

 クランには、通常、複数のパーティーが所属するんだ。

 そして、クランに割り当てられたクエストは、所属するどのパーティーがやってもいい。

 つまり、僕たちが自分でやらなくてもいいってことだ……!


 クランリーダーになれば、自分でクエストを受けなくても、所属するパーティーにやらせることで、報酬の一部を受け取れる。

 つまりは管理職ってわけ。

 クランのお偉いさんになれば、自分でせっせと働かなくてもいいのだ。

 つまり、冒険者を穏便に引退できる……!

 だからこそ、僕はクランの設立に大賛成なのであった。


 それにクランに所属するパーティーがさらに大きくなれば、やがてギルドを設立することもできるようになる。

 そうなれば、僕はギルドマスターとして遊んで暮らせるというわけだ。

 自分でクエストに出ていくギルドマスターなんかいないからね。

 そう、なにも引退だけが冒険者をやめる道じゃない。

 クランマスターからギルドマスターと、順調に出世していけば冒険者を引退できるのだ!


 もはや引退をあきらめ気味の僕は、こっちの出世コースでの隠居を目指すことにしたのだ。

 ということで、さっそく僕たちはクラン設立を申請した。

 クランの名前は、そうだな……。


 【霧雨の森羅】からとって、【森羅万象】にしよう。


 ここに、クラン【森羅万象】が設立された!


「もちろん、リーダーはノエルだよな?」

「ああ、うん。任せておいて」


 普段なら、リーダーなんて絶対にやりたくないけど、今回ばかりは僕は乗り気だよ。

 クランリーダーになれば、ギルドマスターまであともう少しだからね。

 出世コースというやつだ。

 クランリーダーになれば、クランの運営だとかで、いろいろ仕事も増える。

 そうすれば、実際に冒険者として外で活動することも少なくなるはずだ。

 このままうまくクラン運営の仕事を増やして、僕は冒険者からフェードアウトするのだ。


「よし、まずはクランのことを管理する事務の人を雇わないとね」


 ということで、僕たちは求人を出すことにした。

 求人募集を出したら、すぐに一人やってきたので、その人を雇うことにした。

 ということで、事務員のクラリスさんだ。


「クラリスです。みなさん、よろしくお願いします」

「ああ、よろしくな」

「【霧雨の森羅】のみなさんと一緒に働けるなんて、光栄です! とくに、閃光のノエルさんの噂はたくさんきいています!」


 いや……たぶんその噂ほとんどが嘘ですよ……?


「ノエルさん! たくさん学ばせてください!」

「いやぁ……僕から学ぶことなんかないと思うけどね?」

「そんなことありません! ノエルさんは若くしてクランリーダーになられた、すごい人なんですから!」

「あはは……あまり期待しないでほしい……」


 僕がクランリーダーになれたのも、みんなが僕の実力を勘違いして過大評価しているおかげだ。

 実際、僕にはなんの力もないというのに……。

 もう、僕を引退させてくれないみんなが悪いんだからな!

 僕は別になりたくてクランリーダーになってるわけじゃない。

 引退できないから、しぶしぶクランリーダーという道を選んだだけなのだ。

 うん、はやく隠居したい……。

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