第29話 クエスト(6)
おじさんは酒をかぱかぱ飲みながら、僕にだる絡みを続ける。
「俺はこの前、Aランクのブラッディベアを倒したんだぜ!」
「へえ……それはすごい」
「な? 俺って強いだろ? すげえだろ? あんたは、倒したことあるか? まあ、ねえよな? 荷物持ちだもんな」
「まあ……ないですけど……」
確かに、僕はブラッディベアなんか倒したことはない。
荷物持ちだしね……。
僕、戦闘能力ないしね……。
だけど、それをこんな風に他人に言われるのはちょっとムカつく。
いや、自分で無能っていうのはいいんだけどね。
事実だし。
けど、この酔っ払いのオッサンにいわれるのは、なんか違う。
いいもん、僕だって、さっきサイクロプスを倒したもん。……もん!
「あんた、伝説の剣を抜いた男の話知ってるか?」
「え……? ま、まあ……知ってますけど……」
ていうか、それ僕だしね……。
いやまあ、抜いたのはエリーだけど。厳密にいえば。
「あれなあ、実は……ここだけの話。この俺様のことなんだぜ!」
「へ……へぇ…………」
これには、どう反応していいのかわからなかった。
乾いた愛想笑いしか出てこない。
うん、嘘でーす!
明らかに話盛ってるなこの人……。
うわぁ……ダメな大人だぁ……。
たぶんこの人こうやって、酒場で出会ったいろんな人に、吹聴してるんだろうなぁ……。
まあ、別にいいとは思うけどさ……。
でも、嘘はよくないよね、うん。
「そしてこれがその剣さ……! すげえだろ!」
「す、すごいですね……」
なんというか、見ていて痛々しい……。
明らかに嘘だってわかっているのに……。
だけど、まさか僕の持っているこれが本物の伝説の剣ですとは言えないよね……。
まあ、適当に話をきいておくか……。
そのうち酔いつぶれるか、どっかいくだろう。
そのあとも、僕は男のとんでもな自慢話に付き合わされた。
正直、うんざりだった。
しばらくして、ようやくロランが店にやってきた。
「ようノエル、待たせたな……!」
「もうロラン……! 遅いよ……!」
「わりいわりい、ちょっと盾の修理に値がはるってんでさ、防具屋のおやじに値段交渉してたんだ」
ロランは、僕の隣の席に座った。
そしてロランは、僕の反対側の隣の席に座っている、先ほどのおじさんに目をやる。
「ノエル、さっきこのおっさんと話してたのか?」
「ああ、うん」
「よろしく、俺はロランだ。こっちはノエル」
ロランはおじさんに、律儀に自己紹介した。
「あ、ああよろしく……って、今あんたなんて言った……!?」
「え……だから、ロランにノエルだ。【霧雨の森羅】っていうパーティーをやってる」
ロランがそういうと、おじさんはまるで鳩が豆鉄砲を食ったようような顔をした。
「な、ななななな……!? ってことは、あんたは閃光のノエル……!?」
「え……ま、まあ……そうですけど……」
まさか、僕のことを知っているとは……。
「お、俺は閃光のノエルとさっきまで話してたのかぁあああああ……!?」
おじさんは一気に酔いがさめたようすだ。
「お、俺……閃光のノエルにランク自慢なんかしちまったよ……。あんたらはSランクなのにな……。うわ……俺、閃光のノエルに伝説の剣自慢しちまった……くそぉ……やっちまったああああ! 恥ずかしい……! くそぉ……! あんたも言ってくれればいいのによぉ! 人が悪いぜまったく……!」
おじさんは、頭を抱えて、さっきまでの言動を後悔しはじめた。
まあ……そうなるよね……。
「あはは……いや、まあ。気にしないでくださいよ。それより、せっかくなんで一緒に飲みましょう」
「おいおい……こんな情けない俺を許してくれるってのか。あんた太っ腹だなぁ。さすがはSランクは違うな。ようし、ここは俺のおごりだ! 閃光のノエルと一緒に飲めるなんて、俺の自慢話に一つ追加だ!」
やめろ。
結局、その場はおじさんのおごりで飲むことになった。
まあ、冒険者やってたら、こういうイキリをしたくなる日もあるよね。
僕は広い心でおじさんの愚行を許すことにした。
でも閃光のノエルの名を広めるのはやめてくれぇ……。
はぁ……引退したい……。
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