第5話 引退したい(5)
【とある冒険者の反応】
おいおい、どういうことだ……!?
俺はたった今、とんでもないものを見ているのかもしれない。
俺は、ギルド内の酒場で、楽しく酒を飲んでいただけなんだ。
見間違いじゃねえ。
酔ってておかしくなったわけじゃねえよな?
ギルド内に、突如、一人の少年が入ってきた。
少年は、なんとその小さな身体に、巨大なS級オークを背負っていやがったんだ!
しかも、そいつはまるで無傷。
ほとんど戦った形跡がねえ。
あんなオークを倒したっていうのに、涼しい顔していやがる。
しかも、あんな大荷物を一人で運んできたってことは、ソロの冒険者に違いねえ。
パーティーメンバーがいるんなら、一緒に運んでくるだろうからな。
それにしてもびっくりしたぜ……。
あんなひょろっこいガキが、ソロでS級オークを倒せるようには見えねえ。
しかも無傷でよ。
俺は、ありえないものを見てるんじゃないのか……?
当然、少年がそんな大物を持ってきたもんだから、ギルド内はちょっとした騒ぎになる。
みんな、ざわざわとそれぞれに噂を立て始める。
「オイ見ろよ、あれ、閃光のノエルじゃねえか……?」
ふと、誰かがそんなふうに噂していたのが、耳に入った。
ほう、あの少年、閃光のノエルというのか……。
二つ名がついてるっていうことは、やはりかなりの手練れのようだな。
ようし、これは閃光のノエルには、今後も要注目だな。
どれ、ちょうどいい感じに酒も回ってきて、気分がいい。
ちょうど誰かと手合わせしたいところだ。
閃光のノエル、少し興味があるぜ。
俺はいつも、やり手の冒険者を見つけると、手合わせをしてもらっていた。
俺もこれでもいっぱしの冒険者だ。
やはり強い相手とは、戦ってみたい。
俺は、ギルドから出ようとするノエルに声をかけた。
「なあおい、あんた。閃光のノエルだろ? 俺と少し手合わせ願えないか……?」
◆
【ノエル視点】
「なあおい、あんた。閃光のノエルだろ? 俺と少し手合わせ願えないか……?」
僕がギルドを出ようとしたとき、後ろから、そんなふうに声をかけられる。
振り向くと、そこには一人の冒険者がいた。
どうやらひどく酔っ払っているようだ。
これは、面倒なのに絡まれたな……。
しかも、なんで閃光のノエルの名を知ってるんだ……。
こんなところまで広まっているのか……。
まったく、勘弁してもらいたいものだ。
閃光のノエルって、ロランが勝手に言ってるだけなんだけどなぁ……。
「あの、お断りします」
「そこをなんとか、な? いいだろ……?」
男は、そう言いながら剣を抜いた。
どうやら、穏便には済まさせてくれそうにないね……。
しょうがない。
ここは面倒だけど、少し相手になってやるか……。
とはいっても、まあ僕にそんな期待できるほどの戦闘能力はないんだけどね。
僕はたんに、少し逃げ足の速いだけの荷物持ちだ。
そんな僕を捕まえて、手合わせ願いたいなんて、この人もどうやら根本的に勘違いしているようだ。
「あの、一応言っておきますけど、僕弱いですよ?」
「謙遜する必要はないぜ。さっき、あんたがS級オークをギルドに持ちこんだのを見ていたぜ。閃光のノエルさんよぉ」
「いや……だからあれは、パーティーメンバーが狩ったやつなんだって……!」
まったく、これだから冒険者ってやつは……。
みんな、ろくに僕の話をきかないんだから。
まあ、適当に戦うふりして、あしらっておくか。
「いくぞ……!」
「…………!」
男は、僕に斬りかかってきた。
僕は、それをすんでのところで避ける。
まあ、このくらい、S級オークの攻撃に比べれば、まだなんとか避けられる。
「は……! すばしっこいな! だが、逃げてるだけじゃ意味がないぜ……!」
とはいってもな、僕には避けることしかできない。
だいたい、僕にろくな攻撃能力なんてないんだから。
しばらくそうやって避けていると、だんだん男はイライラが募ってきたようで。
「っく……いつまで逃げてるつもりだ……!?」
はぁ、そろそろあきらめてくれないかなぁ……。
「おら……! 死ね……!」
うん、無理そうだね。
軽い手合わせのはずが、男もヒートアップしてきて、僕を本気で殺そうとしてくる。
今の斬撃は、危なかったぞ……!?
まじで、厄介なことになった……。
はぁ……面倒だなぁ……。
これだから、冒険者ってやつは嫌なんだ。
みんなやたらに血の気が多くて、頑固で、言うことをきかない。
だから、僕はこの命が尽きる前に、さっさと冒険者なんか引退したいんだけどな……。
しょうがない。
ここは軽くこちらからも攻撃してみるか……。
避けることができるってことは、速さでは僕のほうが上だ。
僕の攻撃力はほんの少ししかないけれど、攻撃を加えれば、相手も満足するだろう。
腹にでも一発入れてやろう。
そう思って、僕が身をかがめ、攻撃を避けた――その瞬間だった。
「
どこからともなく、火炎の弾が飛んできて、男を直撃した。
「ぐぼぁ……!?」
――ズドーン!
ギルド横に置いてあった酒樽に、男は突っ込んだ。
いったい、なんだっていうんだ。
僕は後ろを振り向いた。
すると、そこには、紅蓮のエカテリーナ――エリーがいた。
エリーは手から炎を出して、メラメラ燃え上がっている。
「え、エリー……!?」
「もう、あんまり遅いから、心配してきちゃったじゃない。そしたら、なんか戦ってたから、つい、助けちゃった」
「あ、ありがとう……で、でも……これはやりすぎだよ……」
男のほうを見ると、彼はすっかり伸びていた。
「っく……これが閃光のノエルの力か……。なにも見えなかった……恐ろしい……これが閃光のノエル……」
そうつぶやいて、男は意識を失った。
うん、違う。
めちゃくちゃ誤解されてるんだけど……?
「えー、でも。危ないところだったでしょ?」
「うん、まあ……そうだけど。まあいいや。とりあえず、この人ギルドの受付嬢さんにでも預けて、ホテル戻ろっか」
「ええ、そうね」
とりあえず、なんとかなった……かな……?
まあ、約一名とんでもない誤解をしているようだけど。
わざわざ目が覚めるのを待って、誤解をとくような気にもなれず。
僕たちは男をギルドに預けると、ホテルに戻るのだった。
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