転生したらどんぐりでした~異世界転生でどんぐりからスローライフを目指したいのに前途が多難すぎる
アクスタ食べ太郎
第1話 天然記念物になりたい
これは、どんぐりになった俺の物語だ。俺がどんぐりから木に成長して、そしてまたどんぐりになる、地獄とも天国とも言い難い、不思議なことだけが取り柄の異世界の物語である。
その日、俺はいつものように通勤しているだけだった。
いつもと違ったことは異様に体調が悪かったこと。
それと横断歩道のど真ん中に植木鉢を発見したこと。
今は通勤時間真っ盛りなのでガンガン人も通るし車も通る。
だが誰もその植木鉢を蹴飛ばしもしないし、つまづきもしない。結構大きい植木鉢なのに。
(幻覚かな……)
小学生が植える朝顔の鉢植えほどの大きさの鉢植えに誰も目をやらないのも不自然だ。かなりの確率で幻覚の気がする。
ここ二ヶ月ほど終電に合わせ退勤し、朝五時に起床、一時間半かけて七時半に出社という生活が続いている。幻覚が見えてもおかしくはない。心臓もなんかドキドキしてるし、頭も痛い。体もだるい。目もしょぼしょぼする。睡眠が足りてないんだよな、睡眠が……。
「はぁ……」
俺は天を仰ぐ。なんでこんな目にあっているのか。俺が会社選びを失敗したからだ。もっと詳しく言うと、最初の一社でたまたま内定が出たのでそこに決めてしまった。
今にして思えば結果論だが、もっと別の会社も探すべきだった。就活の時まで時間を戻せるなら自分を殴ってでも別の会社に内定するまで就活させたい。
予定では必死に働いてお金を投資し四十代でFIREして地方都市に引っ越して資金運用の利益で細々趣味を楽しむ生活をできれば……なんて、割とよくある夢を抱いていた。
最初は普通よりのホワイト企業だった。だが入って暫く経つと、ドのつくブラック企業になっていた。
コンプライアンスも怪しいし労基も動いてくれない。給料も上がらない。
必死に働く、のところだけは叶ったが、他が叶わないならそこは叶ってほしくなかった。こんな給料でも楽なら許せる。
上司もパワハラしてくるし、クソ客はカスハラしてくるし、お局は香水でスメハラしてくるし、俺はもう限界だったのだ。
休みの日にも社用スマホにメッセージじゃなくて鬼電がくるし、休みの日にまともに休めたことなんて直近一年のなかで年末年始の四日間くらいだ。
何かというと呼び出しがあるため、遊びのために遠出することもままならない。おかげで学生時代の友達との縁もすっかり遠くなってしまった。
そんな感じだからもちろん彼女もいない。いない歴=年齢だ。
だめだ、改めて自分の置かれている状況を考えると暗くなってしまう。別のことを考えよう、そう思ったときふと、大きく育った街路樹が目に入る。
「いいなあ」
思わず口に出てしまう。
そう、俺はずっと木のことが羨ましいと思っていた。地面に植えてもらえばあとは地面から養分を吸い上げすくすく育つだけ。必要なものといえば適度な雨と、たくさんの日差しだけ。
その上数千年も生きれば神木として祀られて天然記念物として悠々自適の毎日が待っている可能性だってある。
高級盆栽に生まれれば一生お金持ちの家で資産として左うちわで過ごすことだって出来るだろう。
木になればクソ上司もいないしクソ客もいない。金もいらないので未来の不安でブラック企業に縛り付けられることもなくなる。
とは言え街路樹に除草剤を撒く自動車販売店とかもあったし一概にはいえないだろうが。
(あー来世はなんか植物になりてー、できれば、でっかい木)
大きく育って高いところから、定命の人間たちを見守ってのんびり生きていきたい。
もっと要望できるなら温暖な土地でぬくぬくすくすく育ちたい。さらにいうならチヤホヤもされたい。そう思いながら赤信号を待つ人々の列に混ざって、信号が変わるのを待った。
信号が変わる。
(なんか妙に赤信号の時間が長かったな)
不思議に思ったが青になって俺も信号を渡ろうとする。相変わらず、植木鉢はあった。幻覚なのか?と訝しみながら近づくとそれは確かに現実のものとして存在していた。
人にぶつからないようにサッと拾い上げて信号を渡る。車にぶつかったらせっかく咲いた花も、ぶつかった車も可哀想だからな。
朝顔?らしき鉢は古風な竹の支柱にプラスチックの鉢。少しチグハグだが懐かしい気持ちになる。もう秋だというのに、まだ花を咲かせているのが健気だ。
(俺もあんな感じの朝顔植えたっけ)
小学生の時、学校から頑張って持って帰ってきて、忘れて数日分まとめて書いたりしながらも観察日記をつけたりした。そう、この朝顔と同じ青い花だったな。
信号をわたりきった俺は、これを忘れた小学生?の目に着くように祈りつつ、歩道の脇に植木鉢を置いた。
鉢植えには、名札が刺さっている。風雨のせいで消えかけているが、どれだけあそこに放置されていたのだろうか。それとも小学生の忘れ物だったのだろうか。ふと、名札の名前を見る。
きの そうや
消えかけているが、それは、俺の……
「えっ」
どうして? と思った直後、激しい痛みと共にそこで意識は一度途切れた。
「目が覚めましたか?」
何処かから女性の声がする。
ここはどこだろう。見回すと、勤務先のビルほどの大きさの巨大な樹が見える。
温かな木漏れ日と、清浄な風。見渡す限りの草原に俺は立っていた。
声の主を探すが、見つからない。
「どこですか?」
見覚えのない場所を不安に思いつつも、丁寧に語りかけてくれている人に失礼のないように問いかける。
「ここですよ」
木の根元に女性の姿が見えた。女性は長い黒髪に、十二単や巫女装束に似た白い着物を着ていた。千年前のお姫様と言われても信じてしまいそうな不思議な高貴さがある。
「ええと、あの、ここは……その、どこでしょうか。俺は通勤途中のはずなのですが」
「……そうですね、あなたは仕事に向かう途中でした」
「でした?」
「あの鉢植えを拾った直後、あなたは倒れたのです」
「なんで?!」
「あなたは働きすぎていました、心当たりはありませんか?」
「心当たりしかないです。でも、死ぬほどでは……」
女性は、悲しそうな顔で言う。
「実際、倒れているではありませんか」
「じゃあ、俺は死んだ?!」
「今は死にかけている、が正解でしょうね。あと数分で何かしらの治療がなければ死ぬ、というところでしょうか」
衝撃を受けた。ブラック労働の末に通勤中に倒れて死にかけているなんて、あまりにも酷い。
通勤に忙しい人々の誰かがあと数分以内で俺のことを緊急救命してくれるだろうか。数分では声をかけられているうちに死亡、がいいところなのではないだろうか。
こんな死に方したくない。せめてお家でぬくぬくアニメ見ながら寝落ちして死にたい。
「そうですよね、
あれ?
俺はこんな死に方したくない、と口に出したっけ?
そもそもこの人は誰だ?
「私はあなた達の世界でいう異世界から来た者です。 名を
「名前まで知ってるんだ」
「ずっと見守っておりましたので」
女性は、少しだけ表情を緩めた。
扶桑という女性は語る。
ここが異世界と現実との境界であること。
自分がこの巨大な樹の化身であること。
その力で魂そのものに語りかけていること。
この世界から、自分を見守っていてくれたこと。
「なんで俺なんかを?」
「私はある場所で神木と呼ばれておりました。祟りは末代までと申します。しかし、受けた恩も同じく末永くまでお返しするものなのです。 私の大恩ある御方の、本当に最後の子孫。それがあなたです」
俺の両親はもう亡くなっている。両親には兄弟はおらず、一人っ子同士の夫婦だった。そして俺は童貞だ。子孫がいるはずもない。
俺が末代だった。
子孫を残せず申し訳ない気が今、死の淵で少しだけ湧いた。
かといって、今復活できても結婚する気がないのでどうしようもないのだが。
「大恩って……」
「あまり長く話している時間はありません」
俺はハッとする。そうだ、あと少しで、起きないと、死ぬんだ……急に体が冷え冷えとして、抑えようのない震えに襲われる。その感じたことのない恐怖に、これが現実だと突きつけられている気分がする。体中から血の気が引いていく。多分、本当に血の気が引いているんだと思う。
「できれば、なのですが」
申し訳無さそうに彼女は言う。
「私のいる異世界に転生しませんか?」
まさかの言葉に、俺は思わず目を見開いた。
「そんなに悪いところでは、ないと思うのです。もちろん、善人しかいない世界ではありませんがあなたを守る守護者も精霊もおります」
都合が良すぎて、詐欺にも思えるが、それが嘘か本当なのか、今の俺には判別できなかった。
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