第4話『魔法と書庫館』

 窓の外から差し込む月光と、一人部屋の中央に吊るされたランタンが、柔らかい寝床に深く腰掛けたルーカスを優しくほのかに照らしていた。

 エレナが予約したこの民宿に着いたのは既に日が落ちた後である。

 王都の門から宿までは思いの外遠く、訳の分からない状況と荷台での揺れに心底疲れたルーカスは、疲弊しきった脳内で昼の出来事を思い返す。


 ──これって…

 

 「ルーカス、どうしたの神妙な顔して…」


 考え事をする少年の名を呼んだ、その声を目で追うと、部屋の空いた扉からエレナが顔を覗かせていた。


 「なぁ、エレナ。魔法という存在というか…名称は覚えているんだけど、どんなものか覚えていないから、教えて欲しい。」


 「そうね…魔法は人が持つ生命力の一部を変化させて使う事よ。生命力、言い換えれば魔力を何も変化させずに放つ事は魔法じゃない。例えば火を扱う魔法ならば、魔力を炎に変化させて放つものの事。」


 「なるほど…」


 「一般的に魔法は、“魔力を熱くして扱う炎魔法”、“魔力を冷やして扱う氷魔法”、“魔力で空気を操る風魔法”の三つが基本なの。でも稀に身体に宿る魔力自体が変化している人もいる。その魔力自体に何か効果や意味があったりする。これは私も見た事ない。世間的に「天才」と呼ばれる人達が扱うからね、私にとっちゃ雲の上の話。」


 部屋の窓際に置かれた椅子に腰掛けながら、地味な色の寝巻きに包まれた彼女はそう語った。


 ──魔力自体の性質変化…か。

 

 「ルーカス、今理解しようとしても難しいし、徽章を管理している人は王国一の書庫館の館長さんらしいから、ついでに気になる事は向こうで調べるの、有りなんじゃない?」


 確かに彼女の言う通りである。王都の大きさを実際に肌で感じたルーカスにとって、王国一という言葉は大きな説得力を持っていた。

 この国で一番の書庫の中に、記憶喪失や今日の飛龍を見た事などについて、何か分かるかもしれない。ルーカスはそう感じた。


 ルーカスの神妙な表情が少し和らいだのをエレナは見届けると、椅子から立ち上がりそのまま自室に帰っていった。エレナがいなくなった質素な宿泊部屋の中で布団に潜ったルーカスは眠りにつこうと目を瞑った。激動の一日に心底疲れきったルーカスは、考えがまとまらず回転し続ける脳内を放ったらかしにして眠りについた。


 ──夜が明けた。ルーカスにとって二度目の朝である。昨日より差し込む日差しが弱く感じたのは、ルーカスが寝る前にカーテンを閉めたからであった。

 ルーカスを優しく起こす日光は、カーテンを勢い良く開けたルーカスの眼球の奥底に飛び込んで来る。

 昨日とは違う早朝の景色をルーカスは部屋の窓から眺めた。昨日の祭りの雰囲気が残りながらも静かな王都の街並みの上には、雲ひとつない蒼天広がっている。少し冷えた空気の中で、朝の雰囲気を堪能したルーカスは借りた寝巻きを畳み、余所行きの服に着替えた後、エレナの部屋に向かった。


 「エレナー起きてるかー?朝だぞー」


 そうドア越しに言うルーカスを嘲笑うかのように、静寂は続く。あまり気乗りはしなかったが、彼女を直接起こそうと扉を開け部屋の中に入って見るも、そこはもぬけの殻で誰もいない。


 「──は…?」

 

 思わず困惑の感情が声に出る。


 ──おい、マジか。


 全部で五つの客室の扉を開けエレナを探す。しかし、どこにも彼女の姿はなかった。


 「エレナがどこに行ったか知りませんか?」


 ルーカスは民宿の受付に立っている青年に問い掛ける。


「おい!アンタ何か知ってるんだろ!?宿泊代は宿を出る時払う事になっているはずだ!客が金払わずに逃げたかもしれないって状況の時に、なんでそんなに普通でいられるんだ!」


 カウンターを挟んだ青年に身を近ずけて、ルーカスは叫んだ。


 「あのなぁ、風呂だよ風呂。そんなにガールフレンドが気になるか?ついでに一緒に入ってこいよ。」


 受付の青年は緑の暖簾が垂れた方に指をさしながらからかうように言った。

 やらかした。

 先程までの青ざめていた顔がみるみる赤く染まっていくのをルーカスは感じた。羞恥心に押し潰されそうになっている少年に気にもせず、しばらくするとその暖簾をくぐってエレナが登場する。


 「やぁルーカスお早う。」


 昨日とは違う服装に身を包んだ少女は、昨日の早朝の一言より歯切れよく言うと、そのさらさらな髪の毛をかきあげ、


 「私とお風呂に入りたいのなら、頑張って口説き落としてね!」


 親指を立てながら、そう言った。


***


 王都は昨日の祭りの後片付けが始まっていた。大きな荷物を担ぐ大男や、出店の看板らしきものを引く龍鳥など、昨日とはまた違った騒がしさが王都を包んでいる。


 「祭りは一日で終わりなのか?」


 ルーカスは書庫館へ向かう道中でエレナに問う。


 「私も分からないわよ、私が人や物の運搬業をやってるのは王都外なの。人を運ぶ時にお客さんの話を聞いて、王都の情報は仕入れたりしているけど、こうやって王都に入るのは初めて。ルーカスに会えなきゃ今も王都に入れてないと思う。」


 今まで王都に入る事を拒まれていた者が、徽章を着けた少年が付き添うだけで入る事を許されるようになるなんて、どれだけ徽章が重要なものなのかルーカスは少し理解出来たように感じた。


 ルーカスが今回書庫館を訪れようとしているのは、徽章を調べ、身元を判明させることと、魔法の事について調べるためだが、何故ルーカスは魔法の事を調べようとしているのか。それは対象に幻を見せたりする事ができる魔法と、記憶に干渉できるような類の魔法が存在するか調べる為だ。

 ルーカスは昨日見た飛龍を、何者かがルーカスにかけた魔法によって「見せられた」存在であると考えた。その自身の仮説の真相を確かめる為である。

 そして今回、書庫館に訪れる最大の理由は徽章を調べる事だったが、それと同じくらい大切な理由は記憶に干渉し、対象の記憶を消し去る事が魔法によって可能なのか知る為である。


 ──魔法…。

 

 ルーカスは書庫館での自分が調べるべき事を整理し、片付けで賑わう王都の街並みの中を歩きながら、エレナのペットがいない事に気がついた。龍鳥である。


 「あれ、あの龍鳥?はどうしたんだ?」

 

 「マークは宿に預けてきたよ。頼んだら快く引き受けてくれて。」


 「マークって言うのか…」


 「書庫館は龍鳥立ち入れないみたい。なんか前に乗せたお客さんが言うには、書庫館の本を破いちゃった龍鳥がいたみたいで…。」


 「でもあのマーク?はお利口だよな。」


 「あの子まだ四歳よ。これからますます賢くなるのかな。」


 まさかの四歳に王都まで引っ張って貰っていた事実に少し驚くと、エレナはルーカスの反応に少し笑った。

 

 「あ!ほら、書庫館見えてきたよ!」


 エレナが指をさしながら言う。エレナが指さす坂道の上には、周りの建物とは雰囲気が違う大きな白い建物が立っていた。

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