第3話

 それから数ヶ月。漣さんは言葉通り、私に手を出してこなかった。外で生活していたときに、男に襲われて男性に苦手意識を持つ私に最低限しか触れることはなくて。


 漣さんは私にいろんなものを与えてくれた。美味しい食事。綺麗な服。他にも必要なものを買い揃えてくれた。


 私がリラックスして寝れるようにと、ベッドは私専用にしてくれて、漣さんは仕事で疲れているはずなのに、別室のソファーで寝ていた。


 しかも、仕事まで紹介してくれると言ってくれた。けど、それはさすがに申し訳ないと断った。ここまで尽くしてくれて、本当に何も返さなくていいの?


 そろそろ仕事、見つけないと、な。でも、アルファの私が働ける場所なんかあるんだろうか。だけど、このまま何もせず漣さんにお世話になるのは良心が痛む。


 ガチャ。


「漣さん、おかえりなさい」

「九条さん。ただいまです」


「その……今日は私が料理を作ってみたんです。美味しいかどうかはわからないんですけど」

「九条さんの手料理ですか? それは楽しみですね。とりあえずお風呂に入ってきます」


「行ってらっしゃい」


 仕事で疲労してるはずなのに顔には全然出さない。


 漣さんはもうすぐ四十歳になるらしい。見た目も大学生くらいにしか見えなくて、年齢を初めて聞いた時はビックリした。


 大学を卒業してからはずっと一人暮らしで、恋人は今まで出来たことがないらしい。それなのに私を助けてくれた? ますますワケがわからない。


 もしかして私、女としての魅力がないんじゃ……? 漣さん的にはペットを拾う感覚? って、手を出されても困るのだけれど。


 漣さんは一度も私を怒ったことがない。それが逆に怖かったりもする。普段大人しい人ほど怒らせると怖いって聞くから。


「九条さんの手料理おいしいですよ」

「それは安心しました。でも、ただのオムライスですよ? ちょっと子供ぽっいですよね」


「そんなところも含めて九条さんの愛情を感じます」

「あ、ありがとうございます」

 付き合ってもいない私をこんな風に紳士に口説く漣さんなら恋人が出来たらきっと大切に、大事にするはず。


 そうなれば、私は相手にとっても漣さんにとっても邪魔になるから、ここを出て行かなければならない。


 ……ううん、たとえ漣さんに彼女が出来なくとも、いつまでもここにお世話になっては駄目だ。


「明日は仕事が休みなので、どこかに出かけませんか?」

「私とですか? でも、アルファなんかの私と一緒にいたら漣さんが変な目で見られますよ」


「俺は気にしません。それに九条さんを襲おうとするケモノがいたら俺が許しませんから」

「それなら出かけたいです」


「わかりました。明日楽しみにしてます」


 漣さん、どうして私なんかを守ってくれるんだろう? 人を助けるのにメリットとか関係無いって言ってたけど、これはいくらなんでも大切にされてる気がする。

 このまま甘えてしまっても? なんて考えてる自分もたしかにいて。


 

 翌日。私は約束通り、漣さんと出かけることになった。緊張してあまり眠れなかった私は先に待ち合わせ場所に来ていた。


 今日はいつにもまして身体が熱い。季節的には過ごしやすいはずなのに、な。


 しかも、何故か今日の用意されていた服はいわゆるロリータ服と呼ばれるもので。大きいリボンがたくさんついていて、しかもピンク色。若い子ならピンクも喜ぶだろうけど、私の年齢的にこれは痛いのでは? というか、まわりから若作りしてるって思われないかな?


 漣さんの家にはお手伝いさんがいて、漣さんが仕事で忙しい時はその人がお世話をしてくれるんだけど、服のチョイスは漣さんらしく。きっと、これもなにかワケがあって選んだに違いない。


「なぁ、あれって……」

「だよなぁ~」


「……?」

 私のほうをチラチラ見てる男の人。私には聞こえない声量で話してるのがなんか嫌だな。

 私の悪口とか? 漣さん、早く来ないかな。


「ねぇキミ。もしかして1人?」

「暇ならオレらとお茶でもどう?」


「連れがいるので結構です」


「そんなことを言わずにさぁ~」


 嘘だと思われてる? この人たち、私がアルファだってわからないの?


「さっきからキミの身体から甘い匂いがするんだよねぇ」

「キミ、アルファでしょ? オレらとヤらない?」


「いやっ……!」

 やっぱり気付かれてた。でも甘い匂いがするって? もしかして、自分でも知らないうちに発情してるんじゃ……!


「俺の彼女に何か用ですか?」

「は?」


「聞こえなかったならもう一度言うよ。汚い手を放してもらえる?」

「す、すみませんでしたぁぁぁ!」


「……漣、さん」

 今の声は本当に漣さん?


 今まで聞いたこともないような低い声。正直別人レベルだ。いつもは優しい声で話すから、少しだけ怖いと感じた。


「九条さん、遅くなってすみません。

お怪我はありませんか?」

「大丈夫です。助けてくれてありがとうございます」

「どういたしまして」


 さっきのは気のせいだったのかな?  

 普段の漣さんに戻ってる。


「それではデートに行きましょう。エスコートしますよ、お姫様」

「っ……お願い、します」


 やっぱり男女で出かけるのはどう考えてもデートだよね。そう思った瞬間ドキドキが止まらなくなった。


 でもお姫様なんて言われるほど可愛くはないのに、漣さんには私がどう映っているんだろうか。


☆ ☆ ☆


「アイツに言われた通り女をナンパしたが、報酬はちゃんとくれるんだろうな」

「アイツは金も持ってるし大丈夫でしょ」


「でも女のほうは可哀想だよな~。アイツの本当の性格を知らないわけだし」

「いつか嫌でも知ることになるさ」

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