第2話

「駄目です!」

「!?」


 飛び降りようとした瞬間、グンっ! と反対方向に力が入った。私はそのまま引き寄せられ、死ぬことができなかった。


「な、にするの!? 離してよ!」

「嫌です。今この手を離したら貴女は死んでしまうでしょう!?」


「それがなんだっていうの? アナタには関係ないでしょ!」

「関係あります! 俺はオメガだから。貴女の気持ちが痛いほどわかるんです」


「っ……」

 名前も知らない男性に抱きしめられた。

 あたたかい。久しぶりの感覚だった。


 優しくされるのは何年ぶりだろう? こんな私にまだ優しくしてくれる人がいたなんて。


 オメガってことは今の私と同じように迫害を受けていたってこと?

 それに、鼻をくすぐるような甘い匂い……。

 一体なんなの?


「どうせ死ぬつもりなら、俺にその命を預けてみませんか?」

「どういうこと?」


「俺の家で一緒に住みませんか? ってことなんですけど、駄目ですかね」

「……」

 ダメもなにも、見ず知らずの人についていけっていうの?


 顔はオメガっていうわりにはかなり整っていて……。普通にイケメンの分類に入るんじゃない? そんな彼がなんでオメガだったんだろう?


 この顔面なら、オメガがエリートになった今、女が放っておかないだろう。


「お金の心配はいりません。貴女の生活費その他もろもろは俺が負担しますので。欲しいものがあればお小遣いだってあげます。って、大人の女性にお小遣いって表現は失礼ですね」


 ますます彼がなにを考えてるのかわからなかった。見た目は少食系なのに実は肉食とか?


 もしかして、彼の本当の目的は……。


「私の身体が目的だったりするわけ?」

「……え?」


「だって、ありえないじゃない。なんのメリットも無しに初対面の人を助けるなんて。ましてや私はアルファなのよ!? 女なら身体を差し出す以外、どうやってお礼すればいいっていうのよ!」


 これでさっきの話はなくなったな。彼は優しくしてくれたのに、私はそれを拒絶という形で返してしまった。さすがのイケメンでもこれは呆れたわよね。


「メリット無しに人を助けてはいけないって誰が決めたんですか? それに女性なら身体を差し出してお礼をするなんて……そんな、そんな悲しいこと言わないでください」

「え、ちょっと……。なんで泣いてるの?」


 私の発言で彼を泣かせてしまった。どう慰めていいかわからずアタフタしてしまう。


「俺は貴女にそんなことを望んでいません。貴女には幸せになってほしいんです。俺、アルファとかオメガだとか関係なく仲良く出来ればいいなって思ってるんです」


 なにを言い出すかと思えば、アルファやオメガ関係なく仲良くですって? そんなことできるわけがない。世界がもうそうなってしまったのに、今更変わるわけない。


 差別されてきたオメガはエリートになって最初は混乱しただろうけど、きっと今ではアルファが地に堕ちて、いい気味だって思ってる。けして言葉にしなくても、心のどこかではそうおもってる。


「俺が貴女を身体目的で拾ったかどうかは一緒に住む中で見極めてください。それと自己紹介が遅れてすみません。俺はさざなみ剛士ごうしっていいます。

世界が変わるまで、オメガの俺は新聞配達やら交通誘導のバイトをしてました。今は小児科の……不登校の子供たちをケアするカウンセラーをやってます」


 私を襲おうと思えばこの場でできたはず。それをしないのは私を本当に助けようとしてるから?


 少しは彼を信用してもいいの……?


 オメガの彼と仲良く出来るわけないって思ってる反面、ここで彼に気に入られなきゃ私は捨てられる。


 一度は命を粗末にしようとしていたのに……。ここに来て一筋の光が差してるのに、それを無下にしてはいけない気がした。


「私はアルファで……九条くじょう美怜みれいっていいます。以前は市役所で働いてましたけど、今は無職です」 

 自分で言ってて悲しくなってきた。


「美怜さんっていうんですか。とても綺麗なお名前ですね」

「っ……!」

 さっきまで泣いてたくせに……。笑った顔まで国宝級イケメンとか反則すぎでしょ。


 見た目こそ女を口説くことを知らなそうな顔してるのに、実は女慣れしてる?


「これからよろしくお願いします。九条さん」

「よ、よろしく……」


 こうして、私はイケメンエリートであるさざなみ剛士ごうしさんに拾われた。

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