第8話

「ふんふんふーん」

「……」

「どうしたの太志くん? 私の顔に何かついてる?」

「い、いえすみません」


 一人暮らし用の狭いキッチンで来栖さんと並んで晩御飯の支度をしているのだけど。

 彼女のエプロン姿、可愛すぎない?


 いや、反則だろこれ。

 少しラフな格好に着替えてきただけでもドキッとしたのに、そこに更にフリフリのついた女の子らしいエプロンが備わるとここまで破壊力があるとは。

 ついつい見てしまう。

 

「もう、ちゃんと前見てないとやけどするよ?」

「は、はい。ええと、そろそろルーを溶かしていいですかね?」

「うん。あとはちょっと煮込めば完成だから。弱火にして休憩しよっか。お米が炊けたら完成だね」


 ちなみに今日の献立はカレーライス。

 簡単そうに見えて、作ってみるとこれが結構めんどくさい。

 にんじん、たまねぎ、ジャガイモなんかの皮を剥いてカットして、お湯の中にいれて。

 ルーを入れる前に隠し味にいくつか調味料を加えて。

 ようやく今に至る。


 ちなみにご飯を炊くのも人生初で、米を洗うところから丁寧に教えてもらった。

 んー、料理って奥が深いなあ。


「じゃあ、狭いとこですが適当に座ってください」

「ふふっ、私の部屋と同じ広さだよ?」

「あ、すみません」

「うそうそ。このクッション借りるね」


 彼女が座ったのは、楕円形の黒いクッション。

 俺が高校生の時に買って、リビングで寝転んでゲームする時の枕代わりにしてたものだ。

 使い心地がよく気に入っていたので持ってきたのだけど、まさかそれに来栖さんが座るなんて。


 あの小さなお尻が……。

 あ、あとで俺が枕にしてもこれって不可抗力なんだよな?  

 い、いかん変なこと考えるな。


「ええと、お茶どうぞ」

「うん、ありがと。ねっ、テレビ見ていい?」

「もちろんいいですよ。好きな番組つけてください」

「わーい。じゃあ、野球にしよっかなー」


 リモコンを前に出してピッピっとチャンネルをかえる姿も可愛い。

 そして野球のチャンネルを見つけると、「ねえ、こっちで見ない?」と誘われた。


「い、いいんですか?」

「ここは太志君の部屋なんだから私に遠慮するのは変だよ? ねっ、こっちの方がテレビ見やすいよ」


 ベッドにもたれかかるように座る来栖さんの隣にもう一つ、円座クッションが置かれた。

 流石に肩を並べて密室でテレビを見るなんて展開は俺の妄想をはるかに超えていて、俺は少し震えながら彼女の隣に腰掛けた。


「し、失礼します」

「ふふっ、自分の部屋なのに変なの。ねっ、太志君は野球好き?」

「まあ、見るのは好きですけど。来栖さんはよく見るんですか?」

「実家にいる時はパパが好きでよく見てたからその影響かな。でも、実はあんましルール詳しくないの。太志君は?」

「まあ、一通りはわかりますよ。父親が野球部だったので、よく教えてもらいましたし」

「えー、いいなー。じゃあ、私にも教えてくれる?」

「い、いいですよ? 俺でよければ」

「やった。じゃあ、カレー食べながら野球講座だね」


 隣で微笑む彼女はマジで女神に見えた。

 なんだろうこの多幸感は。

 まじでこの後死んでも文句はないレベル。

 いや、まだだ。

 こんなんで満足してるようだから俺はデブの怠け者に成り下がってしまったんだ。


 より高みを目指して。

 それこそ来栖さんが俺に惚れるくらいに、いい男になるまで死ねるか。


「ん、いい匂いがしてきた」

「そろそろいいかなー? 私、カレーついでくるね」

「あ、俺も手伝いますよ」

「ううん、いいの。今日はお邪魔させてもらってるんだから」


 結局、料理を教えてもらうという名目だったのに何から何まで来栖さんがやってくれた。


 運んできてくれたカレーはそれはそれはうまかった。

 実家の味も好きだったけど、来栖さんのカレーはもっとコクがあって、なんというか奥深い。


 何杯でも食べれそうな味で、ついついおかわりしてしまったのだけどそれを笑ってくれる彼女にすっかり俺は甘えていた。


 そして、また隣に座って野球観戦。

 俺が質問に答えるたびに手を叩いて褒めてくれる彼女を横目で見ながら、束の間の幸せに浸っていた。



「今日は遅くまでありがとね」

「いえ、こちらこそ。また料理教えてください」


 野球中継が終了して、夕食の片付けが終わると来栖さんは部屋に戻ると言ってきた。

 まあ、当然のことなんだけどちょっとだけ残念な気持ちになった。


 このままお泊まりして俺の初めてまで……なんて淡い期待を抱いてしまっていたのは男だから仕方ないと許してほしい。


 でも、部屋を出る時に「また明日ね」と言ってくれたので、俺は彼女が出て行ったあと一人でガッツポーズ。


 最高のスタートだ。

 大学生最高。

 

「あー、まじでたのしー」


 風呂に入ってベッドに寝転んでからも興奮が冷めやらず。

 暇つぶしに愛ちゃんの動画を見ながら、やがて寝落ちしていた。

 


「あ、寝ちゃった。おやすみ太志君。でも、何の動画見てたのかな?」


 部屋に戻って、パソコンの画面をずっと見ていた。

 彼の部屋が映った画面。

 盗撮? ううん、防犯だよ。

 太志君が浮気しないようにね、クローゼットの上にカメラつけておいたの。

 これでお互い疑心暗鬼にならずに済むね。

 

「さて、あとは彼をたぶらかす女をどうにかしないと」


 太志君はもう、私にメロメロだから。

 これからじっくり愛を育んでいくんだから。


 邪魔はさせない。

 特にこの、愛ちゃんとかっていう料理下手なクソ女。

 なんかさっき調べたら、地元がこの辺なのよね。

 万が一、彼と接触があったらきっとあの子は太志君に惚れちゃう。

 かっこいいから。

 でも、そんなの許さない。

 

「絶対居場所を暴いて、お仕置きしてやるから」

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大学デビューしようとしたのに、隣人の病んでるお姉さんに捕まってそれどころじゃなくなった件 天江龍 @daikibarbara1988

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