第7話

「ええと、そのダンボールは俺の服なんで置いといてください」

「うん、わかった。じゃあこっちのダンボールの中身出しておくね」


 今、来栖さんと二人で廊下に山積みされたダンボールを一つずつ開けて荷物の整理を行っているところ。

 

 これがまた予想以上に楽しい。

 まるで新婚の二人が新居に越してきたかのようだ。 

 とまあ、勝手に浮かれているのは俺だけであって来栖さんは俺の新居を整えるために懸命に作業をこなしてくれている。


「ふう。来栖さん、少し休憩しましょうか」

「うん、そうしよ。でも、だいぶ片付いてきたね」

 

 足の踏み場もないほどの廊下もずいぶんスッキリして、殺風景だった部屋も随分と部屋らしくなってきた。


 テレビ、机、本棚と。

 それらが配置されていくと、これからここでしばらく暮らしていくんだという実感がわいてくる。

 ああ、夢の一人暮らしが本格的に始まるんだ。

 

「あの、お茶よかったら」

「ありがと。なんとか今日中には終わりそうだね」

「ほんと助かります。でも、あとは自分一人でなんとかできそうですので来栖さんは休んでもらって大丈夫ですよ」


 作業に熱中するあまり時間なんて気にしていなかったが、気がつけばもう夕方だ。

 そろそろ日も暮れる。

 さすがに夜まで来栖さんを付き合わせるわけにはいかないだろうと声をかけると、彼女は首を横に振った。


「ダメダメ、案外最後の仕上げが大変なんだから。私も、あとちょっとが片付かないことよくあるもん」

「でも、遅くなりますし」

「じゃあせっかくだから晩御飯も一緒に食べる? ほら、太志君の部屋の片付け終了祝いってことで」

「そんな、お祝いだなんて大袈裟ですよ」

「やっぱり迷惑?」

「……お祝いしましょう」


 なんだろう、この人に甘えられると断れる気がしない。

 絶対にないだろうけど、来栖さんに「車買って」とねだられたら内臓を売ってでも買いそうな自分がいる。


「じゃあ、もう一踏ん張り頑張ろっか。私も、お部屋の片付けとか好きだからスイッチ入っちゃった」

「はい。一気に終わらせましょう」


 絶対にこの部屋が整うまでに一週間はかかるだろうと思っていたのに、荷解きはなんとその日のうちに完了してしまった。


 もちろん来栖さんのおかげなのだけど、なんというか達成感がすごかった。


 まるで偉業を成し遂げたかのように二人ではしゃいだあと、空になったダンボールを捨てに外へ出ると。


 もう、すっかり夜になっていた。



「寒くないですか?」

「平気。外の風が気持ちいい」


 ゴミ捨てをしたついでにそのままおでかけ。

 向かっているのは近所のスーパーだ。

 晩御飯も俺がご馳走するつもりでいたんだけど、「無駄遣いはダメだよ」と来栖さんに止められた。

 それどころか、「どうせならご飯作ってあげる」と。

 まさかの来栖さんの手料理にありつけることになったのである。


「来栖さんは自炊の方が多いですか?」

「ほとんど家で作ってるかな。お金も安くあがるし、一人で食べに行くのも恥ずかしいから」

「でも、友達とかの誘いとかあるんじゃないですか?」

「全然。私、サークルも何も入ってないから友達とかもいないし」


 言いながらなぜか来栖さんは嬉しそうだった。

 

「そうですか。じゃあ俺も見習わないといけませんね」

「料理とかするの?」

「いえ、それが全然。でも、一人暮らし始めたら覚えようかなって思って、最近よく動画見てるんですよ」


 そう言って、来栖さんにスマホを渡した。


 痩せてかっこよくなるというミッションをとりあえずクリアした俺が次に着手したのが「料理男子」だ。

 何事もできないよりはできた方がいい。

 それに、昨今は夫婦でも家事の分業が当たり前だとよくネットニュースで見かけるし、家事スキルが高い男子はモテるはず。

 そんなことを考えて適当に料理系動画配信者を漁っていたんだが、ここ最近ハマってる人がいる。


 料理研究家の愛ちゃん。

 俺と同い年で、この春からどこかの大学生になったという彼女は高校卒業と同時に配信を始めたそうで。

 偶然おすすめに出てきたのがきっかけで見始めたのだけど、まあなんといっても可愛いのだ。

 ゆるふわ系で、アイドル顔負けのルックス。


 声も可愛らしくて、喋りも上手なのでつい見てしまう。

 更に言えば、俺が見た時にはまだチャンネル登録者数が十人しかいなかったのも、彼女の見続けるきっかけであった。

 俺は売れてないアーティストの曲を聞いたり、弱いチームを応援する派だ。

 だから彼女のことも、応援という意味も込めて視聴者になり、春休み中欠かさず彼女の動画をチェックしていた。


 まあ、そんなんだから料理の一つも覚えていないんだけど。


「へえ、こんな事いたんだ」

「まあ、そんなに上手とは思わないんですがそれが妙に親近感があってというか」


 彼女の動画を紹介すると、来栖さんは眉間に皺をよせてそれを見ていた。


「……この子は、ちょっと料理覚えるにはお勧めしないかなあ」

「で、ですよね。まあ、暇つぶしですよ」

「そっか。でも、本当に覚えたいなら私が教えてあげるよ?」

「え、ほんとですか?」

「もちろん。こんな動画いくら見ても覚えられないと思うし」

「わかりますそれ。いざやろうと思っても何からすればいいかわかんなくて」

「だよね。じゃあ、今日の晩御飯の他に明日からの食材も買っておかないとだね」


 俺にスマホを返しながら来栖さんは少し首を傾けて俺に微笑む。


 まじ天使。

 愛ちゃんの動画を見ながら、いつかこんな子に料理を教えてもらえる日が来ないかなんて妄想していたけど。

 まさか現実になるとは。

 ああ、ほんと今日は最高の一日だ。


「じゃあ、今日はいっぱい買い物だね」

「荷物持つのは任せてください」


 スーパーに着くと、来栖さんは澱みなくテキパキと食材をカゴに入れていった。


 なんというか、もう嫁みたいだ。

 もちろんそんなキモいことを言えばドン引きされるので俺の心の中に秘めておくけど。


 なんでこんないい人が俺なんかにここまで良くしてくれるのか。

 それだけは本当に不思議に感じながら、二人でショッピングを楽しんで帰宅した。



「じゃあ、調理器具を持ってくるから先に部屋に戻っててね」


 アパートに戻って一旦彼とお別れ。

 部屋に戻り私の包丁やまな板をケースに詰めながら、スマホで動画を流す。


 料理研究家の愛ちゃん?

 誰、こいつ?

 喋り方ウザイし、全然可愛くないし。

 なにより、太志君の貴重な時間をこんなくだらない動画で奪ったことは万死に値するわ。

 

 まだ経験が浅いせいか、背景にモザイクをかけていないようだし、部屋の間取りとかでこいつの住所は特定できそうね。


 太志君が悪影響受けないように、ちゃんと動画見れないようにもしとかないと。


 ま、とりあえず今から彼とお料理の時間。

 楽しみだなあ。


「君もお料理して、食べちゃいたい」

 

 

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