第6話


「お待たせ。注文してきたよ」


 カウンターの隅の方で店員の女性と話し込んでいた来栖さんがニコニコ笑顔で戻ってきた。


「ありがとうございます。で、どうでした?」

「んーと、残念なお知らせなんだけどあの人がこっちを見てたのは、太志君が知り合いに似てたからってだけみたい。それと、太志君のことを警察に話した覚えもないって」

「そ、そうですか」

「残念だった?」

「い、いえべつに。ちょっと自意識過剰だったかなと思うと恥ずかしくて」

「そんなことないよ。でも、ジロジロ見られたら私も落ち着かないから、控えてねってお願いしておいたから」


 来栖さんの言った通り、このあと店員の女性が俺を見てくる素振りはなくなった。

 ちょっぴり残念な気もしたが、来栖さんのアドバイスがなければ俺はただの勘違いナンパ野郎になっていたかもしれない。


 やっぱり来栖さんがいてくれてよかった。

 ほんと、ここのご飯を奢るくらいじゃ足りないな。


「お待たせしました」


 結局別の店員さんが料理を運んでくれた。

 気にしすぎかもしれないが、なんかあの女性店員に避けられてるような気がする。


 うーん、やっぱり痩せたくらいじゃモテ期なんて来ないのかな。


「いただきます。美味しそうだね」

「そうですね。そういえば来栖さんはアルバイトとかしてるんですか?」

「ううん、今はしてないよ。去年は少しカフェで働いたこともあったけど」

「へー。やっぱり学校行きながらアルバイトって大変でした?」

「うん。それにどうしても平日は遅い時間になるんだけど、一人暮らしだから帰りとか怖くて。それでやめちゃった」


 えへへっと笑う来栖さんの笑顔にキュン死にしそうになる。

 いや、確かにこんな可愛い人が夜道を一人で歩いてるのは危険だ。


「太志君は、バイトしたいの?」

「まあ、多少はしないと親に頼るだけじゃいけないかなって」

「わー、偉いね。じゃあ、太志くんが働きだしたら私もそこでバイトしようかな」

「あ、それいいですね。帰りも家が隣だから送ってあげれますし」

「うん。でも、私ができそうな仕事にしてね」


 会話の最中、俺は舞い上がっていた。

 こんなに女子と盛り上がっているのなんて人生で初めてだ。

 それに俺が働いてるところでバイトしたい?

 もうそれって俺のこと好きって言ってるようなもんじゃね?

 いや、そう思っていいよね?


「じゃあ、そろそろでよっか。荷物の整理とかもあるんだよね?」

「あ、そうでした。じゃあここは俺が出しますから」

「え、いいよそんなの。私の方が先輩なのに」

「いえ、俺も一応男ですから。たまにはいいカッコさせてくださいよ」


 サッと伝票を手に取ると、そのままレジへ。

 なんか俺、キマッてる。

 この勢いでデートにでも誘って、そして……。


「すみません、会計お願いします」


 奥に呼びかけると、さっき俺を見ていた店員さんがこっちに気づいた。


 しかし。


「……すみません、誰かレジお願いします」

「あ……」


 すごく嫌そうな顔をして奥に引っ込んでしまった。


 すぐに代わりの人がレジ対応をしてくれたが、俺はさっきまでのるんるん気分なんてすっかり飛んでいた。


 やっぱり避けられてる。

 自意識過剰なキモいやつだと思われてるに違いない。


 くそっ、外見は変えられてもこのクソ童貞マインドだけはどうにもならんのか。

 俺は圧倒的に恋愛経験がない。

 だから綺麗な女性と目が会うとすぐにドキドキして、飛躍した妄想を抱いてしまう。

 それがいけないんだろう。

 来栖さんに対しても、すっかりいける気になっていたけど、彼女が親切な人だから俺に合わせてくれてるに違いない。


 危ない危ない。

 もっとじっくりだ、俺。

 冷静に、冷静に。


「ふー」

「ふふっ、お腹いっぱいになったの?」

「あ、すみません。まあ、元々は結構大食いだったので腹八分くらいですね」

「でも、それでこの体型は羨ましいな。私なんか食べすぎたらすぐ太っちゃう」

「そんな、来栖さんすごくスタイルいいのに」

「あ、そんな目で見てたの? やだなー」

「す、すみません」

「ふふっ、嘘だよ。褒められたから嬉しいな」


 帰り道ではすっかり打ち解けて、冗談まで言い合える感じになった。


 今日知り合ったばかりでここまで仲良くなれたら上出来も上出来だ。

 ああ、これからのキャンパスライフが楽しみだ。


 可愛い先輩がお世話してくれて。

 きっと友人もたくさん増えて。

 合コンしたり、みんなでキャンプ行ったり、ゼミ旅行とかもいいな。


 あー、やっぱり痩せてよかったー。

   

 心の中で喜びの咆哮をあげていると、気がつけば自分たちの住むアパートに到着していた。


「じゃあここで。来栖さん、今日は本当に色々ありがとうございました」


 アパートに着いて二階に上がり、俺の部屋の前で来栖さんに頭を下げる。

 

「私こそ色々とありがと。それでね、もし荷解きするなら私、手伝ってもいいよ?」

「え、さすがにそこまでしてもらうのは悪いですよ」

「でも、さっきご馳走になったし」

「それは色々と教えて頂いたりしたお礼ですし」

「私みたいなのが手伝ったら邪魔?」

「え? いや、そんなことは」

「でも、迷惑ならはっきり断ってね」


 美人で親切な女性にそんなことを言われて、じゃあ結構ですと言うバカが世の中にいるのかどうかは知らないが。

 もちろん迷惑なわけないし、正直なところここでお別れというのも名残惜しいと感じていたのでむしろ願ったり叶ったりだ。


「迷惑なわけありません。来栖さんがいいのなら、手伝いお願いできますか?」

「うん、もちろん。じゃあ、お部屋いこ?」


 俺は部屋の鍵をあける時に少し手が震えていた。

 今日は人生で初めての経験が多すぎる。


 生まれて初めて女の人の家にお邪魔して、生まれて初めて女性を部屋に上げる。


 もちろん下心なんか持ってはいけないとわかっている。

 来栖さんの親切心を裏切るわけにはいかない。


 わかってる。

 わかってるんだけど。


 うわー、緊張するー!

 

 


 

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