第2話 『乃地日草子』と星の剣

 午後9時を回った食堂には民宿の浴衣姿の速登はやと貴星きせい、浴衣に着替えた鐘子しょうこが向かい合って座っていた。

「遅い時間に、ご無理を言ってすみません」

「いえ、お客さんのおもてなしは家の仕事ですし」

 速登の言葉に鐘子は浴衣の襟を整えながら答えた。

「それで、我が家のことが書いてある古文書というのはどういったものなのですか」

 貴星の問いに、速登はリュックから和綴じの冊子と、桐の細長い箱を取り出した。

「僕は大学のゼミで平家へいけ落人おちうどについて調査しています。僕の先祖は修験者として各地を回っていて、おく祖谷いやでこの『乃地日のちひ草子ぞうし』を預かったそうです」

 速登がそっと冊子を開いた。森に囲まれたかや葺き屋根の家々の上に、丸い月のような物体が光っているのが筆で描かれており、絵の脇には崩し字で文が書かれている。

「なんて書いてあるん」

 鐘子の問いに速登は文章を指さしながら答えた。

「『げっそくの夜 奥祖谷の里に 星落ちぬ』。『月そく』というのは月食のことだと思われます」

 速登が次のページをめくると、木がなぎ倒された森の中で、着物姿の女性が鎧を着た男性を介抱している絵が描かれている。

「『村の娘 星落ちた山にて 乃地日と名乗る 白き鎧の男見つけ 介抱す』」

「祖谷は平家の落人をかくまった隠れ里やもんな。昔から困っとる人に優しいんや」

 鐘子のうなずきに貴星が相づちを打つ。

「確かに、平家の落人なら鎧を着ていてもおかしくはないですね」

 その次のページには、剣を持った男と扇を持った女がかずら橋の横に立つ絵がある。

「『傷えし乃地日 携えし星の剣を振るい 谷にかずら橋を架けぬ 娘は月の扇子を掲げ舞い踊れり』」

「娘さんへのお礼にかずら橋を架けるなんて、ロマンチックな話やな」

 感心する鐘子とはうらはらに、貴星は書かれた文字を見つめて言った。

「確かにうちにある『乃地日ほこら』と同じ字ですね。かずら橋も昔はたくさんあったそうなので、もしかしたらかずら橋を作ったご先祖がいたのかもしれません」


 次のページには、かずら橋の上に立つ乃地日と娘、橋のたもとに剣を持つ人々が描かれている。

「『半年後 娘は乃地日の子を身ごもりしが 乃地日を捕らえんとする追っ手 祖谷に現れ かずら橋を燃やして二人を追い詰めり』」

「ひどいことをするもんやな」

 鐘子は身を乗り出さんばかりに絵を見つめる。

「『乃地日 娘を村人に託しのち 剣をふるいてかずら橋ごと追っ手を川へ落とし 亡くなりぬ』」

 絵では燃えるかずら橋が川に落ち、向こう岸で娘が乃地日の剣を抱きしめている。

「『娘は乃地日の子 地星ちせいを産み 残されし剣を祠に納めん 子孫は月そくの晩に 祠の前で乃地日を偲びて舞えり』」

 冊子は小さな石の祠の前で扇子を持って踊る娘が描かれて終わっていた。

「へえ。今はお盆やけど、昔は月食の晩に舞ってたんや。扇子持ってるのも一緒やな」

 鐘子は浴衣の懐から竹でできた扇子を見せた。

山乃端やまのは家の先祖がここに来たときにあった出来事が、乃地日と娘さんの話になったのかもしれませんな」

 貴星が腕組みしてうなずいた。

「僕の地元の神社には平家の落人が眠っているという『地星ちせいほこら』があります。祖谷の伝説について調べていて、『民宿 山乃端』の裏に『乃地日祠』があり、『鎮めの舞』という門外不出の踊りが伝わっていると知ったので、古文書と関係があるか気になり、今回の月食に合わせてぜひ踊りを見たいと手紙でお願いしたのです」

 速登は本を閉じると桐の箱を開いた。中には30センチほどの黒ずんだ金属の棒が入っている。

「これは乃地日の『星の剣』だと伝わっていますが、大学で調べてみても刃が付いていた痕跡が無いんです。『乃地日祠』に何か手がかりがないか、ご存じないでしょうか」

 速登から箱に入った剣を受け取った貴星は、首をひねりながら言った。

「山乃端家は平家の落人の家系で、『乃地日祠』は先祖をまつった祠だと聞いてますが、中を見たことはございません。折角の機会ですし、祠を調べてみましょう」

「それなら斗南さんに祠の前で『鎮めの舞』を見てもらおうよ」

 鐘子は扇子を取り出した。

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