第13話
気付けば郵便局のある丘の中腹、青く伸びる芝生の大地の上で仰向けに寝ていた。横を見ると、シエルもうずくまるように身体だけ寝かせて、起こした首でこちらを覗き込んでいる。
「ここは・・・」
「ユナ!」
シエルと反対の方に向き直ると、今度は心配そうな顔でベルタが私を呼んでいた。
「おはようベルタ。・・・良く寝たわ~!」
「馬鹿仰い!さっき空から落ちてきた癖に!」
「えぇ・・・?・・・そうよ!嵐は!?」
つい今まで寝惚けていた自分が一気に恥ずかしくなった。顔が赤らむ熱を振り払うように上体を起こすと、すっかり雨は止んで、空にかかる黒雲はまとまりを失い山や丘に囲まれた窪地の村の見渡す限りそこら中に光のカーテンを降らせている。
「嵐なら、雲の中に光の玉・・・たぶんあなた達と、クアラだと思うけど・・・それが突っ込んでいってからしばらくして、大きな雷が1回、ドオオオオン!って鳴って。そうしたら止んだわ。」
「そ、そっか・・・。良かった・・・。・・・クアラは?」
「クアラならそこよ。」
ベルタが指刺した丘の上の方を見ると、真っ直ぐな背筋を伸ばして遠く南の空を眺めている、うっすら青緑色の光を纏った派手なレースのあしらわれたドレスを着た、長身長髪の女性の幽霊、みたいな、女性が、いた。
「・・・うんしょ。」
立ち上がってお尻に付いた泥を軽く叩き落とす。明日は臨時休業してたくさん洗濯をしなければ。クアラの方に歩いていく。
「クアラ。」
過ぎる嵐の去る風に髪を靡かせた姫がこちらに振り向いた。いつもより少し放っている光が弱いかもしれない。
「さっきはありがとう。」
一瞬静かにこちらを見据えたかと思うと、彼女は長い腕をスルリと持ち上げて、丘の麓を指さした。
「・・・?そっちに何かあるの?」
彼女はにこりと笑った。相変わらず感情が読めない・・・。
「お~い!お~い!ユナく~ん!大丈夫か~い!」
クアラの指さした方から聞き馴染みのある男性の声と、小さく手に持った帽子を頭上で振ってこちらに向かってくる紳士服の初老の男性の影が見えて来た。
「あ!村長!お~い!ここで~す!」
「お!いたいた!・・・えぇ!?・・・いや、まさか・・・!」
村長は私を見つけると一旦立ち止まってこちらをボゥっと眺めたかと思うと、いきなり慣れない足取りで猛ダッシュして来た。転ばないか心配だった。
「いや~、大変な時に村を空けてしまって申し訳なかった!嵐の報を聞いて急いで戻ったんだが、一足遅れて車が闇に飲まれてしまって。」
「こちらこそお騒がせしてしまったようで・・・」
「お騒がせ?そうだね!それで言うなら、正についさっき君とシエル君がこんな嵐の中飛んで落ちたと聞いて駆けつけたせいで、すっかり汗だくだよ!しかし、怪我もないようで安心した!」
「アハハ。すいません。」
「それより!今君と一緒に長身の女性が見えたような気がしたんだが!?」
「あぁ、クアラのこと?・・・あれ、本当だどこに行っちゃったんだろう。」
「クアラ?その方のお名前かい?」
「えぇ。というか、不思議なゴーストなんですけどね。先日越してきた女の子の、ベルタっていうんですけど、その子が一緒に名付けてくれて、しばらく同居を・・・。」
「・・・まさか。」
「あれ~?先に郵便局に戻ったかな~?」
「・・・ゴースト、と、言ったかい。」
「え?はい。いやまぁ、よく分かんないんですけどね~。アハハ。」
「本当に?」
「・・・はい、多分・・・。」
「ひょっとして、私宛に荷物が届かなかったかい。」
せっかく嵐で冷えた身体に熱が戻ってきたと思った矢先にまた全身から血の気が引いてしまった。風邪引きそう。
「・・・はい。ありました。」
「どんな!」
「何か封印されてそうな感じの、不気味な箱みたいな・・・」
「もう送ってきたのか。相変わらず間の悪い奴だよ・・・。」
「村長はアレの中身、知ってるんですね?」
「あぁ、中身というか・・・取り敢えず郵便局に連れて行ってくれないか。」
「分かりました。」
丘をゾロゾロと登る一行がいる。配達員の制服を着た泥まみれの少女と、汗だくの紳士服の初老の男性と、その後を静かに着いていくふくよかな金髪の少女と、さらにその集団をノソノソと四肢で這って追う青い中型の飛竜だ。
目指すは丘の上の郵便局。1人と1匹の暮らす家でもあり、1人の荷物を預かっている場所であり、2人と1匹の友人が恐らく待っているだろう場所である。そんな郵便局が、丘の頂上に差し掛かってやっと屋根から姿を現してきた。
「あっ!あれクアラじゃない!先に戻ってたのね。」
ベルタの声に疲れて俯いていた頭をグイっと持ち上げると、鮮やかな緑色のペンキが塗られた木製扉の前に、最早見慣れた派手なドレスの女性が佇んでいた。
「・・・で、村長さん。あの女性に見覚えは・・・?」
そう言って隣を歩く村長の顔を見ると、先程まで疲れを隠せていなかった目はすっかりキラキラとした輝きを取り戻し、あんぐりと開いた口からは今にも魂が零れ落ちてしまうんじゃないかという、なんとも言えない顔をしていた。人はどういう時にこういう表情をするんだったか・・・。
「神様・・・。」
「・・・はい!?えぇ!?今なんて言いました村長!?ちょっとよく分かんなかったんですけど!?」
「いや、神様だよ・・・。いやぁ、あれはだって・・・。」
不意に頬を撫でる顔を感じて前を向き直ると、先程まで扉の前に立っていた巨体が見たこともない勢いで猛ダッシュしてきた。ついでに両腕も前に掲げて。完全に捕獲の体勢だ。
「ギャー!殺されるー!」
不意にとんでもない事を口走ってその場に伏せたが、しばらくの静寂の後、恐る恐る顔を持ち上げた。
長身の美女にもみくちゃにされている村長の姿があった。
「ギャー!村長ー!」
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