第10話

 嵐まで1週間。そう聞いてからの村での作業はまるで一瞬のことのように感じた。それくらい全員が一心に動き続け、ひたすら隈なく畑という畑に風に吹き上げられないようなるべく低く帆布を張った。南の空にすっかり不穏な鼠色の気配が見える頃には、いつもなら土と草の色が広がる村の景色は、すっかり淡い色の四角が並ぶ大地のテキスタイルに変身していた。後の村の人々にできるのは、この1週間の仕事が心無い大風によって台無しにされない事を祈るばかりだ。

 嵐が来る。


 「風が出てきたわね・・・。」

 どんよりと曇った空のせいで窓の外は未だに夜のように暗く、時計を見つめて瞼を擦ってもまだ眠気が取れない朝。母親の言葉に窓の外を除けば、確かに草木が嵐の到来をヒソヒソ話でもするみたいにザワめきあっていた。

 「暗闇の魔法か。恐ろしい歴史の負の遺産だな。」

 ベルタの父はマグから紅茶を啜って呟いた。

 「私こんな大きな魔法を見るの初めてよ。」

 「なに、魔法と言ったって、もう人の意思なんか霞んでしまった、天気みたいなものだよ。」

 「パパはお仕事で魔法を見たりするの?」

 「あぁ。でも現代の魔術士はもう、傍から見れば配管工と見分けも付かない。そんな職業だよ。尊敬すべき技術者たちだ。」

 「ふ~ん。そうなんだ・・・。」

 「それにベルタ。それで言うなら君の新しいお友達の職業だってよっぽど素敵な、魔法使いみたいなものじゃないか。」

 「ユナの事?」

 「そうだ。ドラゴンライダーなんて、小さい頃は皆憧れたよ。銃も持てるし。」

 「まぁあなたったら。いけませんよ銃なんて。」

 「わかってるよ。」

 父はまたマグに口を付ける。

 また外の暗い景色に向き直って空に思いを馳せる。

 「ユナとシエル。大丈夫かなぁ。」


 「風出て来たなぁ。村の畑は大丈夫かなぁ。」

 場所は郵便局裏の厩舎。嵐に備えて、普段は外にロールで保管している干し草を小さくほぐして屋内に置く作業をしているユナは、洞穴ほどの狭い空間にどう物を詰め込もうか思案していた。それを木製の格子越しに眺める青い竜は、外のザワめきに反してトンと落ち着いた表情でセカセカ働くこちらを眺めている。

 「あなた、お仕事が休めるからって呑気なものね。」

 ジーっと黄金の眼でこちらを眺めている竜は、物怖じもせずにこちらと数秒目を合わせてから、何の気なしにそっぽを向いて首を丸めた。すっかりお昼寝モードだ。

 「シエル、あなたって確か海洋性飛竜の混血よね。もし何かあったら飛ぶ事になるかもしれないから、それまで休んでてね。」

 少し意地悪で投げた言葉に丸めた首がまっすぐ伸びてこちらを睨み付けてきた。敵意は無さそうだが少し驚く。やっぱり言葉が分かるんじゃ・・・。

 客など来る筈もないが一応郵便局の灯りは点けている。暗闇の中で灯台のように丘の目印になるし、暗闇の魔法への簡単な対処にもなりそうだ。それに今は同居人もいる。

 「人に竜におまけにゴースト。3人もいて1人しか話せないんじゃ、賑やかなんだか静かなんだか!」

 テーブルに両肘をついて顎を乗せると、目の前に座って勝手に淹れた紅茶を嗜むクアラが微笑みを返してくれる。

 「んふ。ごめんなさい。今この郵便局は村で一番賑やかよ。」

 クアラは相変わらず青緑の光を仄かに放って部屋を不思議な温かさで照らしている。

 「ねぇ、あなたのその光ってどうなってるの?よく考えたらフェアリーフォグって別に光る現象じゃ・・・クアラ・・・?」

 視線を上げると、彼女は初めて見る険しい表情で窓の外を真っ直ぐ静かに睨んでいた。釣られて自分も視線を向ける。

 「・・・来た。」

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