第9話

◇◇◇

 来週の収集は臨時で中止になった。嵐が来るらしい。

 セム兄さんはあまり詳しい話はしてくれなかった。どうも統括センターの方でも少し混乱しているらしいことは、セム兄さんの顔色から何となく察せた。

 どうやら呪いを纏っているらしい。

 呪いって、魔法海域を通ったってこと? あぁそうらしい。

 混乱の理由も察せた。

 来週にこの村に来るのか。

 俺はこれから2日かけて取り敢えずその事を他の郵便局にも伝えなきゃいけないんだ。今日は手短に失礼するよ。

 お疲れ様です。気を付けてね。

 ありがとう。じゃあ。


 嵐が来る。でもただの嵐なら風の強い通り雨みたいなものだから、皆も別にここまで深刻にはならない。問題は、嵐が魔法海域の呪いを吸ってしまったという事。私たちからもう3,4世代も前に行われた、最後の魔術師たちの戦乱。この世界と繋がったもう一つの世界の人の意思が爆発して起こった魔法の渦は、その中心地だったハイランドの南の海に大きな爪痕を残した。それが魔法海域。長い時間をかけないと癒えない超常の遺恨である呪いの詰め合わせ空間を通った雲は、誰も予想の付かないビックリ箱になって大陸に呪いを降らすのだ。

 取り敢えず、私はこの伝令を今度は村に伝えなければいけない。

 村長が不在の村だったが話が広まるのは一瞬だった。昼に郵便局を出た嵐の報は、ちょうど収穫の時期を迎える多くの農家にとって聞き捨てならない事態に違いなかったのだ。日が暮れる頃には村の集いが開かれる。私も参加した方がいいだろう。


 取り敢えず、普通の嵐対策はしておこう。

 畑を守りたい者は順番に帆布でテントを貼ろう。皆で協力するんだ。

 で、何の呪いかわからないのかい。

 こればかりはね。

 ・・・私、灯台に飛んで聞いてきます。

 いいのかいユナちゃん。

 えぇ。ただそこで分かるかは。

 ありがとう。よろしく頼むよ。

 はい、わかりました。


 灯台とは、ハイランド地方の南の淵、南の海に面した波の荒い陸の先にポツンと一本立っている、真っ赤なラインの特徴的な灯台だ。途中の道の険しさから馬で行くのも大変で滅多に客の無い寂しい塔には、今も灯台守の老人が一人で住み込み、日々船の誘導と魔法海域の観測を行っている。

 馬では難しくても空路なら半日とかからない。要はそういうこと。

 灯台守のおじいさんへは月に1度程度書類の収集と簡単な生活物資の配送を行っているから、村の中でも圧倒的に私たち郵便配達員が話を聞きに行くのがスムーズなのは、私自身がよく心得ているつもりだ。

 シエルを南の空に飛ばして最後の丘陵を抜けると、緩いアールを描く水平線の先に見える広い南の海の空は、その鼠色の空を以て、これから訪れる災難を悠々と予告していた。

 シエルを波の届かない程度の距離がある竜停泊所に繋いで、ごつごつした岩に足を滑らせないようにタカタカ灯台に向かう。

 ゴンゴン。

 「ご免くださーい。郵便局のユナでーす。おじいさんいますかー?」

 コツコツと足音が響いたかと思うと1分と待たずに重い木製扉が大きく軋む音を立てて開き、奥から白髪に整えられた口ひげを蓄えた背筋の真っ直ぐな老人が迎えてくれた。

 「やぁユナ。嵐の事だろう。取り敢えず灯台に上がりなさい。」

 「失礼します。」


 「あの雲が見えるかい。」

 「えぇ。」

 「よし。そうしたら、その雲の下の海を見て見なさい。」

 「・・・なんだか凄く暗くありません?夜みたい。」

 「恐らくは薄まった『暗闇の呪い』だろう。そのままの濃度だと致命的なんだが、あの程度ならまだ幾分マシだ。」

 「そうは言ったって。」

 「うん、取り敢えずそこそこ厄介なヤツを引いちまったみたいだな。手持ちの術式にも打ち消せる物が無いんだ。できる事といえば、本当に罹って欲しくないものを雨から守る事、くらいだ。あと1週間、その間に畑はちゃんと守りなさい。風もあるから頑丈にね。」

 「わかりました。そう伝えます。」

 「うん。よろしく頼むよ。」

 「・・・野菜を守らなきゃ。」

 「ところで、セム坊は元気か?」

 「はい。今、この辺の村を周って嵐の報を伝えてます。」

 「わかった。なら、嵐の観測情報を書くから速達で預かってくれ。今なら間に合うかもしれん。」

 「わかりました。」

 「うん。よろしく。」

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