4-4

 病室に戻ってきたたりヴァスをライソンはほっとした表情で迎えた。

「ああ、社長。グロツキンさんには会えましたか?」

 陰鬱な表情のタリヴァスの様子には気づかず、ライソンが明るい声で聞く。タリヴァスは疲れた声で答えた。

「会えたよ。挨拶はできた……」

「そうですか、それは良かった。そのブランデーも持ち込むの大変だったんですよ。いつ見つかるかと冷や冷やしました」

「そうか……」

 タリヴァスは膝の上のバスケットに視線を落とす。そのバスケットを押し付けるようにライソンに手渡し、タリヴァスはベッド脇のタンスに立てかけてあった義足を手に取る。そしてそれを足に装着し始めた。

「あれ? まだ義足はつけちゃだめって言われてるんじゃなかったですか?」

「会社に戻る。車椅子じゃ無理だからな、こいつで行くよ」

 バスケットを持ったまま、ライソンが困惑した様子でタリヴァスに聞き返す。タリヴァスは思い詰めた表情で義足の部品を足に取り付けていく。

「会社にって……退院するってことですか? あと一月はかかるんじゃ……?」

「こんなところで寝ていられなくなった。会社に戻ってやることがある」

「いやいや! 駄目ですよ! 社長はここでちゃんと体を治さないと! セリナさんからもそう言われてるんです!」

 狼狽えるライソンに、タリヴァスは声を荒げて言った。

「いいからお前は黙っていろ! 会社までの馬車を手配してこい! いちいち俺が指示しなくてもそのくらいは考えて動け!」

 ライソンはそのタリヴァスの怒声に身を強張らせた。タリヴァスは普段から感情を押さえ、怒鳴ったりするようなことは極力控えている。ライソンがこんなタリヴァスの姿を見るのは初めてのことだった。

「はい……すいません……馬車を用意してきます……」

 ライソンはバスケットを部屋の隅に置き、怯えるようにして部屋を出ていった。その様子にタリヴァスは少し罪悪感を覚えた。だがまだグロツキンの言葉が頭の中で整理がつかず、他人に寛容になるだけの余裕はなかった。

「ラグニアが人殺しの道具に……」

 自分の作ったマジックウェポンが人を殺した。それは信じたくないことだったが、逃れようのない現実だった。ダンジョン攻略の犠牲者を減らすために作ったものだったが、それが人の命を奪うとは。

 引き金を引けば、誰にでも使える。それが一番の利点だ。引き金を引く指に悪意がこもっていても、ラグニアは区別なく魔力弾を射出する。軍が管理するから大丈夫だろうと高をくくっていたが、それがあまりにも楽観的すぎる考えだと思い知らされた。

 軍の誰が横流しをしたのか……。トレシオンを始めとする軍の関係者の顔が何人も思い浮かぶが、特に悪い噂を聞くものはいない。だが取引で会っているだけで親しいわけではないから、その人となりを判断することは簡単ではない。

 例外はトレシオンで、数年来の付き合いがあり友人と呼んでもいい関係だが、そのトレシオンからも横流しの件は聞いていない。真っ先に相談があっても良さそうなものだが、所詮は軍人と一介の商人という付き合いでしかなかったのだろう。それにトレシオンが横流しに関わっている可能性だってある。なにせ、カルバ王国の軍人で一番ラグニアに詳しいのはトレシオンなのだから。

 考えながら手を動かし、義足の取り付けを終える。ダンジョンで作った義足はゴーレムスーツと一緒に壊れてしまい、これはライソンが持ってきた会社にあった予備のものだ。魔格構造は内蔵していない普通の義足だ。

 タリヴァスはタンスに手をかけて体を支えながら立ち上がる。杖を使わずに数歩歩いて義足の感覚を確認し、そして患者衣を脱いで着替え始める。タンスに入っていたシャツやズボンには皺があったが、構わずに身につける。普段ならライソンにアイロンをかけろと言うところだが、今はそんなことをやっている気分ではなかった。

 ネクタイの締め具合を調整していると、ドアをノックする音が聞こえた。ライソンかと思ったが、まだ五分くらいしか経っていない。この短時間で馬車の手配を終えて戻って来るとは思えなかった。セリナなら可能かもしれないが、ライソンではとても無理そうだ。

「どちら様?」

 ネクタイを締め終えて、ドアの方を見ながら言う。

「トレシオンだ。入っていいか」

 噂をすれば影がさす。そんな諺が思い浮かんだ。一瞬追い返そうかとも思ったが、それも不自然だ。タリヴァスは深呼吸をしてベッドに腰掛ける。

「どうぞ」

 ドアが開きトレシオンが部屋に入ってくる。そしてタリヴァスの服装を見て怪訝そうな顔をした。

「なんで着替えてるんだ?」

「気分転換だよ。こんな格好、まるで死ぬみたいだ」

 そういって脱いだ患者衣を持ち上げて見せる。

「患者はみんなその格好だ。検査だってしにくいだろう、そんな格好じゃ」

「それで、何の用だ?」

 苛立ったようなタリヴァスの声にトレシオンは眉をひそめる。今のタリヴァスが普通ではないと感じたが、ひとまず用件を話す。

「正式な聴取の時間が決まった。明日の午前中だ。検査が終わったらその後にここで」

「そうか。調査は進んでいるのか?」

「言っただろう。調査内容については教えられない」

「ふむ……」

 タリヴァスは少し考え、もう一度トレシオンに聞く。

「ラグニアの数は足りているか?」

「……どういうことだ?」

 トレシオンが聞き返す。特に動揺するというわけでもなく、単純に意味がわからないというような反応だった。

「あんな物騒な連中がいるんじゃ、軍も武器が必要だろう? ラグニアがあれば一網打尽にできるぞ」

「……人間相手の使用は条件付きだからな。あれは殺傷力が高すぎる」

「そうだな。もし普通の人間が撃たれたら、簡単に死ぬ。我ながら恐ろしいものを作ったもんだ」

「マジックアイテムの危険性は今に始まったことじゃないだろ。そんなことはお前が一番分かっているはずだ」

「そうだな……」

 タリヴァスは少しかまをかけるつもりで話題を振ってみたが、トレシオンは反応しない。だが訓練された軍人なのだから、そう簡単に動揺することもないだろう。いっそ、お前が横流ししたのかと聞いてみるか。そんな気持ちにもなったが、それはやめたほうが良さそうだった。もし本当に関わっていたら、危険な状況に陥る可能性がある。ここは軍病院だ。何かあったとしてももみ消される可能性が高い。窓から飛び降りて死んだ……そんな結末になりかねない。

 トレシオンがそれほどの悪党とは思えなかったが、今は何もわからない。用心するに越したことはないだろう。

「ところで、さっきあの若い奴……」

 トレシオンが部屋の外の方を見ながら言う。

「ライソンか?」

「そうだ。あのライソンって奴が青い顔して走っていったが、何かあったのか?」

「別に。会社に連絡することがあるとか。忘れてて慌ててたみたいだったな」

「そうか。グロツキンさんには挨拶できたのか?」

 少し考えるように間を置き、何食わぬ顔でタリヴァスは答える。

「ああ……今さっき済ませたところだ」

「それは良かった。お前もだが、彼も災難だったな。三ヶ月以上あんな場所に閉じ込められていて……」

「そうだな……さっさとあの女どもを捕まえてくれよ。軍の仕事だ」

「もちろんそのつもりだ。お前の事情聴取もその一環だからな。協力しろよ」

「ああ、分かってるさ。明日の午前中だな」

「そうだ、それまで大人しくしてろよ。勝手に屋上にも出るな。分かったな?」

「分かったから行けよ」

 そう言い、タリヴァスは手で追い払う仕草をする。明日の午前中にはもうラソーン市についているだろう。何も知らないトレシオンは部屋から出ていった。

「……誰も信用できないか。ひとまず会社に戻って調べるしかないな」

 トレシオンも怪しい以上、軍のことを直接調べることは難しい。会社の帳簿で過去の取引履歴や破損、紛失の報告を確認するしかない。それ以上のことをどう調べるかはまだ思いつかなかったが、会社に戻ればセリナがいる。何かいい案を思いついてくれるだろう。

「俺は……間違っていたのか?」

 世の中のためと思って開発したのがラグニアだった。もちろん会社の利益の事も考えてはいるが、人の道に外れたことをしてまで金を儲けようとは思わない。アランティ家がダンジョンを管理しているのも攻略者の安全を考えてのことであり、アランティ工業もその思想の延長にある。祖父であるドラコルからも世のため人のために働けと言われてきた。そしてそれは綺麗事ではなく、心からの信念だと理解している。

 だがその信念のもとに生み出されたラグニアが横流しされ、人を傷つけ、命を奪った。

 アランティ工業では剣や魔法石爆弾も作っており、過去の記録ではそれを用いた事件もあっただろう。ラグニアもそれと同じで、使う者が悪い。そう考えることもできた。

 だがタリヴァスにはそう簡単に割り切れなかった。自分がラグニアをこの世に生み出してしまったせいで起きてしまったことなのだ。すべてが自分の責任のように思えた。

 君のその力を良きことに使ってくれ。グロツキンはその言葉が、タリヴァスの心に重くのしかかっていた。

「俺に何ができる……何ができるんだ……」

 タリヴァスは自分の手を見た。左手と、包帯で固められた右手。この手がラグニアを生み出した。次に生み出すべきものは何なのだろうか。悪党を皆殺しにする武器か? きっとそうではないのだろう。しかし、どうすべきなのかタリヴァスには分からなかった。

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