4-3
「気付かなかった……すまなかった……」
タリヴァスはそれ以外の言葉を言うこともできず、二人の間には沈黙が流れた。ブランデーの香りが軽薄に漂い続け部屋を満たす。沈黙を破ったのはグロツキンだった。
「それよりも、もっと大事なことがあるんだ。いずれ君の耳にも入る情報かもしれないが……」
「情報……?」
グロツキンの家族が死んでいた。それよりも重要な情報とはなんだろうか。今のタリヴァスは頭を働かせることができず、ただグロツキンの言葉に耳を傾けた。
「君の作ったあの武器……ラグニアだったな?」
「……ああ。魔力弾を撃ち出すマジックウェポン……ラグニアと名付けたうちの商品だ」
唐突に変わった話題の意図を測りかねながらタリヴァスが答えると、グロツキンは小さく頷いて言葉を続ける。
「地下でも聞いたが、あれは軍にしか卸してないんだよな? 民間には売ってない」
「そうだ。今までにない武器だから軍で試用して運用を決めるという話だ。そう言ってもう二年ほど経つ」
「そうか……だが恐らく……あれは軍が野盗に横流ししている」
「何だって?!」
突然の話にタリヴァスは驚いた声を出す。思いも寄らない話の展開だったが、グロツキンは言葉を選ぶようにゆっくりと言った。
「軍病院で話すことじゃないが……間違いない。あの武器を使って野盗は街や商隊を襲撃している」
「そんな馬鹿な……あれは……軍できちんと管理しているはずだ! 契約書にも書いてある。厳重に保管することが条件で販売しているんだ。それを……野盗に横流しだなんて……!」
動揺しタリヴァスは少し声を荒げて答える。しかしグロツキンは冷静な声で続ける。
「横流しなんて今に始まったことじゃないだろう? 管理しろと言っても、結局軍任せだ。今までにどのくらい売ったんだ?」
「それは……」
一般に公表していない情報で部外者に言うべき内容ではなかったが、タリヴァスは答える。
「ざっと一〇〇〇台だな。ほとんどが軍で、一部が自治都市の警備隊」
「あれが一〇〇〇台もあるのか……その一部が横流しされても分からんだろう。壊れたとか紛失したとか……よくある話さ」
「それは……」
軍の一部には不心得者がいて、備品の横流しやダンジョン拾得物の私的な売買が行われることがある。公にされることはないが事実であり、時折そんな話が街に流れることもあった。タリヴァスもそんな噂は何度も聞いている。軍相手の商売なのだから、そういった噂には事欠かない。
だがラグニアは違う。軍との契約書でも取り扱いは厳に定め、万一にも横流しされるようなことがないようにしてある。販売した台数は記録しているし、定期的なメンテナンスの際に数は照合している。
「悪いがグロツキン……何を根拠にそんなことを言ってるんだ? 他のマジックウェポンは知らんが、うちのラグニアに限ってそれはない」
「だが、私の家族はそのラグニアで殺されたんだ。野盗の持っていたラグニアにね」
グロツキンが冷たさのこもる目でタリヴァスを見ていた。殊更に睨むような視線ではなかったが、その目にタリヴァスは射竦められた。
「野盗が……あんたの、家族を……」
ぞっとする言葉だった。それはまるで、自分の家族を殺したのはお前だと言われているような気分だった。
「私が自分で直接見たわけじゃない。でも目撃者がいるんだ。奇妙な……弩とも違う武器を持っていて、魔力弾のようなもので襲いかかってきた。でも魔術師ではなかった。やられたのは一〇人くらいで、そのうちの四人の死者の中に私の家族がいた。村の近くで同じように襲撃が起きていたが、そこでも同じように奇妙な武器が目撃されていた。特徴を聞いたが、それはまさに君が作ったあのラグニアそのものだったんだ……」
言葉を失っていたタリヴァスを憐れむように、グロツキンは静かな口調で話す。
「ここの兵士にも聞いてみたよ。調査でわかったことはないかと……で、秘密だとこっそり教えてくれた。軍も野盗が使った武器の中にラグニアがあったと確認している。野盗は七狼党と言うらしい。結構昔からいる野盗の集団で、最近活動が活発になっているらしい」
「……軍が、そいつらにラグニアを奪われたんじゃないのか? 横流しではなく……」
思いつく可能性に縋るようにタリヴァスが聞いた。奪われたのなら、まだ納得できる。自分の作った商品が横流しされていたという事実を信じるよりも、その方がまだ気が楽だ。だがグロツキンはその希望を否定するように首を振る。
「軍基地が野盗に襲撃されて武器を奪われたなんて、そんな事が起きていたら今頃は大変な騒ぎだよ。沽券に関わるからな。軍も黙っちゃいない。大部隊を組織して七狼党を壊滅させるはずだ。しかし、そうはなってない。何故かは分かるだろ?」
大っぴらに動けない。それはつまり、軍に後ろ暗いことがあるからだ。そして事実が解明できていないから、いきなり七狼党を壊滅させるわけにもいかない。横流しした犯人を探しつつ七狼党を追いかけている段階なのだろう。推測に過ぎないが、それは十分あり得ることだ。
タリヴァスの脳裏にトレシオンの顔が浮かぶ。カルバ王国の東部でのマジックアイテムの調達はトレシオンの仕事であり、横流しが事実ならその調査にも関わっているだろう。
そもそも何故トレシオンがタリヴァスの誘拐の調査に関わっているのか。考えてみれば不思議なことだった。トレシオンがアランティ工業と付き合いのある役職だからかと思っていたが、あの黒衣の女達は、ひょっとして横流しの件と何か関係があるのだろうか。
「あの女戦士たちも七狼党の仲間なのか?」
「さあね? それは分からない。そこまでの話は聞けなかった……まだ分かってないんだろう。だがタリヴァス……最悪の場合今回の私達の誘拐そのものに軍が関わっている可能性がある」
「軍が……?! それはいくらなんでも……飛躍しすぎじゃないのか?」
「軍全体が、ということはないだろう。でも一部の妙な思想を持つ連中が何かを画策している……そのくらいは考えられるんじゃないか? あの女戦士が作らせようとしていたのは一〇〇体のゴーレムだ。ちょっとした軍隊並みの戦力になる」
「ゴーレムを作っても所詮はダンジョンの中でしか動けない道具だ。地下でクーデターでも起こすってのか?」
「しかしあの女戦士がいる。君の話じゃ、他にも二人いるんだろう? 女の子二人と言っていたが、一人は強力な魔術を使い、一人はモンスターを地上で従えていた。ムガラフ……もしそうなら、ゴーレムを地上で動かすこともありえないことじゃない。それに君だってラグニアを作った。あれほどの強力な魔力弾を地上でも自由に使えるようにしたのは、他ならぬ君だ」
そう言われ、タリヴァスには言葉もなかった。謎の少女たちの異常な能力。それを目の当たりにしたのは他ならぬタリヴァスだ。ムガラフなのか何なのかさえ分かっていないが、非常に危険な存在であることは間違いがない。
もしゴーレムを地上でも自由に動かせるとしたら? 仮にコモン級のゴーレムでも人間では簡単には止められないだろう。ダンジョンの中でなら人間も魔術により付与魔術による強化を受けられるが、地上ではそれはかなわない。巨大な石や金属の塊であるゴーレムを破壊することは極めて困難だ。巨大な攻城用の弩が必要になるはずだ。
タリヴァスは俯き嘆息する。女戦士たちの話はともかく、グロツキンの村を襲った野盗がラグニアを持っていたというのなら、それは軍が横流しをしたということだ。恐らくトレシオンもそのことは知っているはずだが、タリヴァスはそのことを一言も聞いてはいない。秘密裏に調査しているのだろう。トレシオンの立場を考えれば当然のことではあるが、裏切られた気分だった。
「まさか、ラグニアがそんなことに……」
管理には万全を期しているつもりだった。しかし、全てをタリヴァスが把握しているわけではなく、販売したあとのことは部下たちに任せている。それは間違いだったのだろうか? そんな疑念がよぎる。しかし分業なしに会社を経営することはできない。タリヴァスの能力にも限りはあるし、販売後の管理まで微に入り細に入り把握することは実質的には不可能だ。だが結果的に横流しが起こり、そしてグロツキンの家族や他の人達にまで被害が及んでいる。悔やんでも悔やみきれないことだった。
「タリヴァス……私は君に恨み言を言いたいわけじゃない」
タリヴァスの心を察するようにグロツキンが言う。その言葉にタリヴァスは顔を上げ、グロツキンを見る。グロツキンは寂しげな表情でタリヴァスに言う。
「君はきっと天才なんだろう。地下室での働きぶり……あの女を出し抜いてダンジョンを出られたのは君のおかげだ。ラグニアもすごい発明だと思う。だからこそ、君には……責任を持って欲しい」
「責任……」
「社長という立場の君なら言われるまでもないことだろうがな……君の技術はきっとこれからも世界を変える。だが危険もある。野盗がラグニアを悪用するように、良からぬ心を持つものが君の技術を悪用することは、きっとこれからも起きる。だからタリヴァス……君には、それを何とかする責任がある」
「武器を……作るなということか?」
「いや……そうじゃない。私もどうすればいいのかは分からない。言っておいてなんだが……家族を殺された男の愚痴だよ、これは」
そう言い、グロツキンはグラスのブランデーを飲み干した。そしてグラスをベッドの上に置き立ち上がる。無言でカバンを手に取り、重たい足取りでタリヴァスの脇を歩いてドアへと向かう。タリヴァスは言うべき言葉を探したが、それはどこにも見つからなかった。
ドアの開く音が聞こえ、そしてグロツキンが言った。
「タリヴァス、君のその力を良きことに使ってくれ。君にならできる……悪党は世に尽きないが、それを変えるのは、きっと君のような人間なんだ……」
そしてドアが閉じ、部屋には静寂とブランデーの香りが残された。かぐわしい香りが、ひどく軽薄に感じられた。
タリヴァスの左手の中でグラスがひどく重かった。タリヴァスは車椅子の背もたれに背を倒し、天井を見上げた。そしてブランデーを飲み干したが、今度は何の味も香りも感じなかった。
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