3-12
地上までの道は壁の明かりが導いてくれる。そう信じてタリヴァスとグロツキンは薄暗い通路を走り続けた。
ボスの階層から上に続く階段まではモンスターはおらず、邪魔されることなく上がる事が出来た。上がった階段は洞窟のような広間に繋がっており、ボスの階層と同じような黒っぽい岩でできている。見る限り周囲にはモンスターの気配はなく、そして出入口が三箇所あった。高さ
「苔が続いている……右の方だ!」
タリヴァスはそう言って右側の出入口に進んでいく。七号と八号が先頭で、次がタリヴァス、グロツキン、九号と続き、一〇号が最後尾についている。グロツキンはかなりばてていて九号の肩を借りて走っていた。
もうすぐ出入口と言う所で、先行する七号と八号が急停止した。タリヴァスも踏ん張って急制動し、その背中にグロツキンが手をついて止まる。
「モンスターか?」
出入口の通路の奥は曲がっていて死角だったが、その先から槍の先端が覗いた。そして鎧を身につけた爬虫類の人型モンスターが現れ、細長い顔の先から太く長い舌を見せる。強靭な肉体を持ち武器を操る戦士、リザードマンだ。黄色い目でタリヴァスたちを無感情に見つめている。
その後ろからもガチャガチャと武具の鳴る音が聞こえ、次々と別のリザードマンが姿を見せる。槍だけでなく剣、斧、ハンマーと武器は多彩だ。全部で六体が通路を塞ぐように歩いてくる。
「九号、一〇号はグロツキンを守れ! 七号、八号は前に出て足止めしろ! グロツキンは周囲を警戒!」
「分かった!」
グロツキンは答えながらラグニアを構え、他の二つの出入り口の方を警戒する。
「そこをどけ、トカゲめ!」
タリヴァスは強化ラグニアをリザードマンに向けて撃った。魔力弾の速度は矢と同じ程度だが、狙われたリザードマンは持っていた斧を顔の前に出して防御しようとする。ただの矢なら弾かれていただろう。しかし強力無比な魔力弾は斧の柄を簡単にへし折り、その後ろのリザードマンの顔面を吹き飛ばした。小さな爆弾にでもやられたように顔の前半分が消失し、頭部の中心が無残な断面を見せていた。やられたリザードマンはばたりとその場に倒れ、来ている鎧が地面にぶつかり硬い音を立てた。
「よし、通用するぞ!」
タリヴァスは死んだリザードマンの様子に喜びを隠せなかった。大量の魔法石を使った規格外の魔力カートリッジ。それを使ったラグニアは深い階層のモンスターにも通用する。これなら戦って逃げることも出来るはずだ。そう確信した。
リザードマンの一体が口を開け鋭い声で鳴いた。それを合図に、残る五体のリザードマンが身を沈め一斉に動き出す。向こうも戦闘態勢に入ったようだった。
タリヴァスは疾走するリザードマンに向かいラグニアを撃ちまくる。だが一秒に一発の速度は遅すぎた。疾走する敵を正確に狙う事は難しく、魔力弾は空を切り背後の壁や床に穴を穿っていく。
女戦士の時はゴーレムが動きを抑えていたが、自由に動き回るモンスターが相手となると当てるのはかなり難しい。普通のラグニアのように腕と肩口で支えて照準しながら撃つのとは勝手が違った。
七号と八号が両腕を広げ襲い掛かるリザードマンを押しとどめようとする。振り下ろされた剣が七号の体を容赦なく斬り裂き、硬いカドル石の体が砕け欠けていく。両断されることはないが、一太刀で
間髪入れず斧と槍の攻撃が繰り出され、二体のゴーレムはなす術もなく傷を負っていく。ゴーレムも拳で反撃するが、リザードマンの優れた反射神経は大ぶりの拳を難なく躱していった。初心者の攻略者が高位のモンスターになぶり殺される。その光景に似ていた。
だが、そのおかげでモンスターの足が止まっている。タリヴァスは左手で右手を支え、顔の正面で発射口を構えて強化ラグニアを撃つ。連続して放たれた三発の魔力弾がリザードマンを吹き飛ばしていった。
一体は頭部に当たり即死。二体目は右肩と腕を吹き飛ばされ転倒。三体目は胸に当たり、鎧ごと肉が吹き飛んで死んだ。
「タリヴァス! 向こうからも来るぞ!」
グロツキンの叫び声が聞こえた。タリヴァスが鎧ごと体を左に向けて確認すると、中央と左の通路からもモンスターが来ていた。リザードマン、小型のロングネック、蜘蛛や蛇のモンスターもいる。全部で二〇体近くいるようだった。グロツキンはラグニアで攻撃しているが、遠すぎて効果が低いようだった。モンスターの群れは止まらない。
「逃げるぞ! ゴーレム、前進しろ!」
号令をかけ、タリヴァスが右の通路に向かって走る。まだ二体のリザードマンが残っていたが、そのうちの剣を持った個体がゴーレムをおしのけタリヴァスに斬りかかる。人間用の両手剣を軽々と片手で扱い、その巨大な刃がすさまじい速度で襲い掛かる。
「うおおぉっ!」
タリヴァスは左腕を上げて前腕部に取りつけたレア素材の牙で剣を受け止める。衝撃が腕から足先にまで響き、全身に痛みが走った。だが牙は折れず、しっかりと剣を食い止めている。リザードマンは剣を引き再び斬りかかろうとするが、タリヴァスは踏み込んで右拳で殴りかかる。
手甲が激しくリザードマンを打ち据え、その体が大きく後ろにのけぞる。自分でも思いもよらに速度と力の一撃に、タリヴァス自身が驚いていた。戦える。そう判断し、タリヴァスは更に拳を叩き込む。
拳がリザードマンの顔を打ち、胸を叩き、そして剣を叩き落とす。真下から顎を打ち上げるとリザードマンはよろめき、隙だらけのその体に強化ラグニアを叩き込んだ。鎧を貫通し胸の肉が爆ぜ、棒切れのようにリザードマンは後ろに倒れる。返り血がタリヴァスの顔を覆う魔水晶のバイザーに飛び散っていた。
残るもう一体のリザードマンはゴーレムと揉み合っていたが、その背中に強化ラグニアの発射口を押し付けて至近距離からの攻撃で仕留める。先ほど転倒したままの腕の千切れたリザードマンも顔を吹き飛ばしてとどめを刺し、そして通路に急ぐ。背後からのモンスターが距離を詰めてきていた。
「九号、爆弾を撃て!」
通路に向かって走りながら、九号は半身になって振り向き右腕の装置から爆弾を発射した。ばね仕掛けの魔法石爆弾で、モンスターの群れの中心に落下して青い火炎を派手にまき散らす。数体は至近距離の爆発で軽傷を負い、他のモンスターたちも怯んだように動きを止めた。
その間にタリヴァスたちは通路の先に姿を消し、目標を見失ったモンスターたちは未練がましそうにそれぞれの声で鳴いた。
道は過酷だった。壁や天井の光を目印に進めば階段に行きつくが、その道中で何度もモンスターに遭遇した。亜人に亡霊、小型のドラゴン。獣系モンスターに大型の昆虫系モンスター。闇と同化して忍び寄るシャドウウォーカーもいた。
そのどれもをタリヴァスのゴーレムスーツは打ち砕いていった。強化ラグニアは強靭なモンスターの肉体を粉砕し、霊体さえ貫いた。時には多勢に囲まれることもあったが、ゴーレムが身を呈してタリヴァスたちを守り、一体、また一体と犠牲になりながらも階層を上に進んでいった。
タリヴァスは途中まで上がった階層を数えていたが、途中で分からなくなった。少なくとも八階は上がったはずだ。そう思いながら、朦朧とした意識で前に進んでいく。魔水晶のバイザーは返り血で汚れ攻撃で傷つき、視界の半分ほどが不鮮明だった。それでも光を頼りに地上を目指し続ける。
「おい、タリヴァス! 大丈夫か!」
ぐいと腕を引かれ、タリヴァスははっと気付く。
「……ああ、大丈夫だ」
そう答えながら目をしばたたかせる。光が明滅している。だがそれは発光苔ではなく、視界の異常だった。目をつぶってもチカチカと視野の隅が明滅する。頭をさすろうとするが、硬い兜に手甲がぶつかりうまくいかない。
改めて目を凝らすと、目の前にあるのはほとんど真っ暗な通路だ。かなり奥まで続いていて、そしてきっとモンスターたちも隠れ潜んでいる。進むべきは左手の天井に発光苔の生えた方向だ。
「光は向こうだぞ! もうかなり上に来たはずだ……もう少しだ! 急ごう!」
普段とは逆にグロツキンがタリヴァスを励ます。だがタリヴァスは返事も出来ずにただ立ち尽くした。
タリヴァスは深呼吸するが、一向に楽にならなかった。密閉された鎧には逆止弁のついた吸気口があるが、それだけでは空気が足りない。兜を外したい衝動に駆られる。
だが駄目だ。生身でモンスターの攻撃を食らえば簡単に人間は死んでしまう。そんな当たり前のことが頭から抜け落ちそうになっていることに気付き、タリヴァスは自分がまともな状態ではないと自覚した。
「魔力カートリッジの残りは……?」
「残りは……もう無い。君のゴーレムスーツ用のは、今刺さってるので最後だ……」
予備の魔力カートリッジはグロツキンが持っていたが、それを入れていたボロ布の鞄はもうない。上がってくる途中で魔力が切れそうになり、何度か背中の魔力カートリッジを交換したのだ。
ダンジョン内であればゴーレムスーツにも魔力が供給されるため最低限の動きは継続できるが、強化ラグニアを撃つことはできなくなる。激しい戦いで魔力は見る間に消費され、ここに来るまでにすべて交換してしまった。グロツキンの持つラグニア用の魔力カートリッジはまだ一つ残っていて、それはグロツキンが腰にさしていた。だが規格が違うのでゴーレムスーツに使うことはできない。
「光の具合だと、あと三本分くらいだな」
グロツキンがゴーレムスーツの背中を確認して言う。強化ラグニアを二〇発も撃てば尽きてしまうだろう。地上に出る前に空になれば終わりだ。
だが一つだけ救いなのは、八階ほど上がったおかげでモンスターがかなり弱くなっていたことだ。恐らく閉じ込められていたボスモンスターのフロアは一〇階。となるとここは二階で、地上まではすぐそこだ。そう、そのはずなのだ。
「よし、行こう……」
タリヴァスが鎧の中で小さく頷いて再び歩き出す。今度こそ光のある方へと。タリヴァスの混乱でゴーレムも光のない通路の方へと進もうとしていたが、正しい方向へと先行していく。
残っているゴーレムは九号だけで、他のゴーレムは途中で破壊されたり、足止めの為に残してきてしまった。その九号も半壊状態で、左腕は肩から喪失し、頭部も三分の一が欠けている。胴体も傷だらけで内骨格が露出し、歩き方にも軽快さがなくなっていた。
ゴーレムたちはダンジョンの大気の魔力で動いているが、上がるにつれて魔力が減少するのでモンスターと同じく弱体化している。素材がアンコモンであるため浅層の雑魚モンスターよりは強いはずなのだが、蓄積した損傷でかなり機能が低下し苦戦していた。
「もう少し……あと少しだ……」
うわごとのように呟き、タリヴァスがゴーレムについて歩いていく。体が重い。背中がひどく熱かった。魔力カートリッジに込められた魔力が作用し、タリヴァスの体に悪影響を与えているのだ。
魔力は本来人間にも備わっており、それは生命の源と考えられている。だからこそ魔術師は魔術を使う事が出来、大地は土をダンジョンに変えモンスターという生命を生み出せる。だが過ぎた力は毒となり、特に魔術の素養のない普通の人間は影響を受けやすい。魔力カートリッジの高密度の魔力がゴーレムスーツに流入し、その中でタリヴァスも魔力にさらされている。それは毒のように肉体を蝕み、その命を削り冷静な判断を失わせていた。
そして、特に右腕が傷ついていた。右前腕の手の甲側に強化ラグニアが内蔵されているが、その部分は特に強い魔力弾の影響を受けている。ほとんど火傷のような状態で、皮膚は破れ滲み出る血が手甲の内部で指先に溜まっているほどだった。もう右手の感覚はほとんどなく、拳を握ることも出来ない。出来るのは身を焼きながら強化ラグニアを撃つことだけだった。
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