3-11

 壁の穴を屈んで通り抜け、タリヴァスは部屋の外に出た。真っ暗だった部屋とはうって変わって明るく、数秒目が眩む。明るさに慣れると、そこは広々とした洞窟の中だった。天井までの高さは五ターフ九メートル以上あり、発光苔が旺盛に繁殖し光をばら撒いている。壁や床は黒い岩質で、それが直径三〇ターフ五四メートルくらいの円形に広がっている。奥には通路が見えるが、そこが出入口のようだった。

 地響きにタリヴァスは一瞬たじろぐ。咆哮と岩を打つ音が少し離れた所から聞こえ、右の方を向くと一五ターフ二七メートル先に巨大なモンスターがいた。

 高さ三ターフ五.四メートルの山なりの体に短く太い四本の足。首は長く四ターフ七.二メートルはあり、その先端には横に開く口を持った細長い頭部がついている。尻尾は豚のものに似て、短いものがくるりと輪をかいていた。体色は周囲の岩と似た黒い色で、まるで岩の塊が暴れているかのようだ。こいつがこのフロアのボスモンスターらしい。特徴のある長い首からロングネックと呼ばれる種類だ。

 そしてロングネックが今襲っているのは、他でもない。あの女戦士だった。

 ロングネックは長い首を振り、硬いこぶで覆われた側頭部をハンマーのようにふるって女戦士に叩きつける。頑丈なゴーレムでも一撃で砕け散ってしまいそうな衝撃を、女戦士は右腕の肘を曲げ肩と腕全体で衝撃を受け止める。踏ん張る足は衝撃で滑るが、倒れる事はなく地面を蹴ってすぐさま反撃に移る。

「はあっ!」

 女戦士はロングネックの背中に向かって空中で二連蹴りを放つ。ロングネックの巨体が僅かに揺らぎ、女戦士は反動で更に飛んで大きく距離を取る。着地と同時に両手を胸の前に出し、手の平をロングネックに向け構えを取った。ロングネックも二連蹴りのダメージはさほどでもなかったのか、再び女戦士に向かって首を振り襲い掛かろうとしている。

「あれがいつも壁を叩いてたのか……」

 タリヴァスの後ろでグロツキンが言う。手にはラグニアを持ち、肩から提げたボロ布で作った袋には予備の魔力カートリッジがいくつも入っている。ラグニア用の小さいものと、タリヴァスのゴーレムレムスーツ用の大容量のものだ。

「貴様ぁ!」

 部屋から出てきたタリヴァスたちを見咎め、女戦士は怒りと共に叫んだ。そして猛然と疾走し距離を詰めてくる。ロングネックはそれを追おうとしたが、巨体の動きは遅く女戦士には到底追いつかない。

「おい、来たぞ!」

 恐怖に満ちた声で、ほとんど叫ぶようにグロツキンが言った。

「分かってるよ! 行け、三号、四号!」

 背後に控えていた残り七体のゴーレムの集団から三号と四号が飛び出す。そして女戦士を迎え撃つべくぎこちなく走りだした。特に四号は左腕が肩から折れており、重心のずれた体を傾けながら不安定に走っていく。

「撃て、グロツキン!」

 言いながらタリヴァスも右腕を構え、手甲の隙間に内蔵された強化ラグニアから魔力弾を撃つ。背中の大容量魔力カートリッジはラグニア二号の数倍の魔力量で、魔力弾の威力もそれに比例する。軽微な防御魔術を貫通し、地下一〇階相当の防御力の高いモンスターさえ殺傷する一撃だ。それでも女戦士を倒すことはできなかったが、ダメージを与え動きを止める事はできる。

「あ、ああ! くそ、来るな化け物!」

 グロツキンもラグニアを女戦士に向かって撃ちまくる。こっちの魔力カートリッジは普通でせいぜいラグニア二号と同程度だが、女戦士が相手でも牽制くらいには役に立つ。

「ぬうぅ!」

 ゴーレムスーツの強化ラグニアの直撃を受けて女戦士は姿勢を崩し前方に倒れ込むが、両手で体をはね起こし即座に走り出す。襲い来るラグニアの魔力弾を左右に素早く動いて躱し、まるで四足の獣のような動きで女戦士はタリヴァスたちに近づいていく。もう距離は五ターフ九メートルもない。だがその眼前に三号が立ちはだかる。少し遅れて四号がその後ろにつく。

「邪魔だ!」

 牙を剥いて女戦士は両腕を引いた。そして左右から挟むように掌で三号に襲い掛かる。右の掌が三号の顔を打ち首をへし折り、左の掌が体を大きく吹き飛ばす。三号の頭部はかぼちゃのように宙を飛び、首から下も丸太のように転がされた。

 まるで何もなかったかのように三号のいた場所を通り過ぎ、女戦士は今度は四号に飛び掛かる。爪を立てるように右手の指を鉤状に曲げ、大きく振りかぶった右腕が振り下ろされようとしていた。

「伏せろ!」

 タリヴァスの指示で四号の膝から力が抜け、その体ががくんと地面に倒れ込む。手を振り下ろす相手を失った女戦士は、タリヴァスの左腕が自分に向けられていることに空中で気付いた。

「しまった!」

 直後、白い粘着剤が空中の女戦士の体を絡めとる。胸から膝の辺りまでが粘着剤に覆われ、姿勢を崩して女戦士は地面に激しく落下し転がる。仰向けの姿勢から立ち上がるが、膝は完全に伸びず左右の腕も粘着剤の中だった。

「うあぁぁーーっ!」

 激昂し女戦士は顔を紅潮させる。力任せに粘着剤を引き千切ろうとするが、その体がボールのように弾かれ真横に飛んで壁に激突していった。女戦士に追いついたロングネックの一撃だった。ロングネックは満足したように首を震わせながら吠え、地面を踏み鳴らした。

「よし! やはりこいつは魔力の高いあの女戦士を狙うようだな……」

 タリヴァスは壁際で倒れている女戦士の様子を見ながら言った。まだ動いているが、今の攻撃はかなり効いたらしい。すぐには立ち上がれないようだった。

「お、おい……こっち来るぞ……!」

 グロツキンがラグニアをロングネックに向けながらゆっくりと後ろに下がる。ロングネックは長い首を緩く左右に振り、先端についた小さな目でタリヴァスたちを見ていた。

「俺の背負ってる魔力カートリッジより、あいつの方が魔力は強いはずだ。だから心配するな……刺激しないようにゆっくり離れよう」

 そう言い、タリヴァスもロングネックの方を向いたままゆっくり後ろに下がっていく。ゴーレムたちもタリヴァスの意志を感じ取り、可能な限りの忍び足でついていく。

 ロングネックの首が大きく左を向く。そっちには女戦士がいて、タリヴァスたちよりも向こうに狙いをつけたようだった。ほっと安心するタリヴァスだったが、ロングネックの足はゆっくりと前に、つまりタリヴァスたちの方へ進む。そして、左を向いていた首が勢いよく振られ、立ち上がれずにまごついていた四号の体を激しく叩いた。四号はタリヴァスの目の前でクッキーのように砕け四散した。

 ロングネックが吠えた。そしてその巨体を揺らし、タリヴァスたちに襲い掛かろうと精一杯の速度で走る。巨体のせいでどこかゆっくりした動きに見えたが、人間が走るのと大差のない早さだった。

「くそ! どこが大丈夫なんだよ!」

「俺だって知るもんか! 俺はモンスターの専門家じゃないぞ! 六号行け! 足止めしろ!」

 タリヴァスはロングネックの前脚に粘着剤を撃って止めようとする。ロングネックは動けなくなるが、数度足を引っ張るだけで簡単に粘着剤を引きちぎり再び動き出す。巨大なボスモンスターが相手では力不足のようだった。

 その間に六号はロングネックの左側面に回り込んで胴体に攻撃を仕掛ける。しかし三デンス一八〇キロの重量からの重い一撃も、三ターフ五.四メートルもの大きさのロングネックには赤ん坊がじゃれついている程度のものだろう。だが気を引く効果はあったようで、ロングネックは進路を六号の方に向ける。六号は女戦士の方へ誘導するように移動しながら、タリヴァスたちからロングネックを遠ざけていく。

 そんな六号を振り返る事もなく、タリヴァスたちは一目散に遠くに見える出口へと走っていた。タリヴァスのゴーレムスーツは二デンス一二〇キロ以上あるが、ゴーレムの構造体が動きを補助するためタリヴァス自身はほとんど重さを感じない。またいつもの義足では走ることも難しいが、頑丈なこのスーツであれば軽快に走る事が出来た。いつも杖をついているタリヴァスにとって、ほとんど初めての経験だ。一方のグロツキンは生身で、しかも大量の予備カートリッジを抱えており、三カ月もの地下暮らしでなまった体を死にそうになりながら走らせていた。

 広間から薄暗い廊下に出ると、ぼんやりと光る壁の明かりが向こうへと続いている。ダンジョンにもよるが、大抵は順路らしきものがあってそれは壁の明かり、天井の発光苔、床の規則的なタイルなどで示されている。出るにはそれを逆にたどれば最短距離となり、幸いにもここは壁の明かりを追いかけて行けばいいようだった。

「明かりがある! 外に出られるぞ!」

 希望に満ちた声でタリヴァスが言うと、荒く息をつきながらグロツキンが言う。

「しかし、ここは……地下何階なんだ? 五階か?」

「いや、さっきのロングネックを見る限り少なくとも一〇階だろう。最悪、一五階かも……」

「一五?! くそ……辿り着けるのか、地上に?」

 当然ながら、ダンジョンにはボスモンスター以外にも普通のモンスターがいる。一五階ともなればモンスターもかなり強力で、並みの攻略者では太刀打ちできないほどだ。

 ゴーレムスーツの強化ラグニアなら倒すことは可能だろうが、それでも無敵というわけではない。それにタリヴァスはゴーレムスーツに守られているが、グロツキンは生身だ。ゴーレムを一〇体作ったのも脱出時のモンスターとの戦闘を考えてのことだったが、それも残りは七号から一〇号までの四体しか残っていない。戦力としては心許ない状況だ。

「弱音を吐くな! ここまで来てモンスターの餌になってたまるか! 家族に会うんだろう? 俺も会社に戻ってまだまだ作らなきゃいけないものがある! 行くぞ!」

 叱咤するようにタリヴァスが言い、向こうに見える明かりを頼りに走る。グロツキンは何も言わず、額の汗を拭いその後を追った。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る