3-10
「一号、二号! その女を押さえろ!」
タリヴァスは前に進みながらゴーレムに指示を飛ばす。ゴーレムは団子のようになって女戦士を取り囲んでいたが、その中から一号と二号が両腕を広げてさらに女戦士に接近する。
「無駄だ!」
ゴーレムの隙間を縫うように跳ね上がった女の右の回し蹴りが一号の側頭部に叩き込まれる。返す足でさらに二号に後ろ蹴りを叩きこみ、二体のゴーレムは敢えなく動きを止められる。
「次は貴様だ!」
怒鳴るように言い、女戦士はゴーレム達から逃れようとする。
タリヴァスの命令で、一号と二号以外のゴーレム達の動きが緩やかになっていた。取り縋るゴーレムがいなくなり、自由になった女戦士はタリヴァスへの殺意を強める。包囲から抜け出そうと跳躍の姿勢を取るが、しかし飛びあがろうとしたその瞬間、女戦士の体は強い衝撃で後方に押し飛ばされた。
「何っ?!」
仰け反った状態で踏みとどまり、女戦士が驚愕の声を上げる。首元に衝撃の跡があり、わずかに赤く肌が染まっていた。ゴーレムからの攻撃ではなかった。
「そう簡単にはやらせない。やれ、一号、二号!」
タリヴァスの再度の指示に一号と二号は愚直に反応する。頭部や胴体に何箇所も亀裂が入り、一号に至っては右腕が折れて機能を失って垂れ下がっていた。それでも命令を果たすべく女戦士に襲いかかる。
「くそっ!」
女戦士は迎え撃とうと拳を握るが、顔に飛んでくる攻撃に気付き両腕を交差させて防御する。激しい破裂音が響き、女戦士の両腕に軽い痺れが残った。タリヴァスの右腕に仕込まれた改造型のラグニアの放つ魔力弾だった。命に関わるほどではないが、しかし無防備に受ければ姿勢を崩される。それだけの威力の魔力弾が続け様に放たれ、女戦士は守勢に回る。
女戦士が魔力弾に怯んだ隙に、一号と二号が女戦士の左右の腕にしがみついた。女戦士は当然抵抗するが、二体は力を合わせて奥の壁に向かって引きずっていく。
「その調子だ! 五号、次はお前の番だ! 行け!」
タリヴァスは右腕のラグニアを撃ち続けながら命令する。女戦士は二体のゴーレムを振り解こうとしていたが、ラグニアの攻撃で妨害され思うように動けない。命令を受けた五号は集団の中から飛び出し、両腕を拘束された女戦士に向かって突進した。
「舐めるなぁっ!」
壁際に押し付けられていた女戦士は更に襲いかかってくる五号に気付き、渾身の力で蹴りを入れようとした。だがそれよりも早く白い粘液が女戦士の脚を包む。
「もうちょっと大人しくしていてくれ。もうすぐ仕上げだからな」
タリヴァスは左腕を女戦士に向けたまま言った。前腕部から覗いている発射口はラグニアと同じものだったが、射出されたのは蜘蛛系モンスターの体液から作った粘着剤だ。それが女戦士の腰から下を壁に張り付け、その場から動けないようにしていた。
その間に動けない女戦士に五号が体当たりをする。弱いモンスターなら潰れて死ぬほどの衝撃だが、女戦士は僅かに呻いただけだった。その闘志は消えず、かえって激しさを増していく。
「こんなもの……時間稼ぎに過ぎん! すぐにお前を殺してやるぞ! ゴーレムも全て破壊してやる!」
三体のゴーレムに押さえつけられながら女戦士が激しい口調で言う。だがタリヴァスは動ずることなく答える。
「そう、その通り。所詮時間稼ぎだ。だが、それでいい。グロツキン、準備しろ!」
振り向かずにタリヴァスが言うと、後方のグロツキンは架台に立てかけられたラグニアを手に取ってその隣にあった大きな箱に身を隠す。
女戦士は激しく暴れ、下半身を固定する粘着剤を引きちぎろうとしていた。大型モンスターでも拘束するほどの粘着力だったが、女戦士はそれを徐々に引き剥がそうとしていた。両腕を押さえる二体のゴーレムも最大魔力で稼働し続け過熱状態にあり、魔格構造が焼き切れ機能を失うのも時間の問題だった。
そして大きく部屋が揺れた。女戦士は一瞬後ろを振り返り、タリヴァスも壁の向こうに意識を集中する。衝撃は部屋の外、壁の向こう側からだ。ボスモンスターが女戦士の存在に気付き、その異様な魔力に反応して攻撃行動を起こしているのだ。それを確認し、タリヴァスは右腕のゴーレム用のブレスレットに意思をこめる。
「爆発しろ、五号」
その言葉に女戦士は目を剥いた。五号とは今自分の目の前で体を押さえているゴーレムのはず。そしてタリヴァスの意図を察した。至近距離で自爆させ、自分を殺そうとしている。
「ぬぅあぁぁぁ!」
咆哮し、女戦士は渾身の力で両腕の二体のゴーレムを振り解いた。そして目の前の五号に対して左右の拳を叩き込む。腰の入らない攻撃だが、それでも五号の頭部や肩口の構造があっという間に崩れていく。だが五号は女戦士の体を押さえてしがみつき、胴体に内蔵された魔格構造に魔力を流入させていく。
五号の胸元の装甲板が脱落し、内側に隠されていた魔法石が顕になる。それは数十もの青や緑の魔法石で、魔格構造に接続され埋め込まれたものだ。極めて簡易な爆発型マジックアイテムの構造で、魔力が流れると魔法石が砕けて内包した魔力を一気に吐き出し爆発を起こす。
タリヴァスは横を向いて顔を腕で覆いしゃがみ込んだ。直後、激しい閃光と衝撃が部屋の中に轟いた。
千度以上の熱。モンスターの強靭な肉体を粉々にする威力。それは密閉された室内で圧力を高め全てを押し潰した。残っていた素材は砕け熱に溶融し、合成炉も崩れ壁から湧き出る水も一瞬で沸騰した。
一秒に満たない爆発。それは全てを粉砕し焼き尽くし、そして女戦士が押し付けられていた壁さえも崩れた。人が通れそうなほどの大きさの穴から、外側の光が差し込む。室内の発光苔は燃え尽き室内はほとんど真っ暗になっていた。
五号は爆発で吹き飛び、すぐそばにいた一号と二号も瓦礫の中でほとんど原型をとどめていなかった。他のゴーレムは部屋の中央付近に固まっていて、しゃがんだ姿勢でなんとか破壊を免れていた。
「くそ……耳が……!」
タリヴァスの鎧も健在で、内部のタリヴァスも生きていた。頭を左右に振り小石を体から落としながら立ち上がる。轟音で耳の具合がおかしかったが、レア級素材とゴーレム技術で作ったスーツのおかげで無傷だ。グロツキンも箱の中で無事だった。
「ぐぅ……!」
崩れた壁の石を押し除けるようにして、その下から腕が生えた。女戦士の鍛えられた腕だった。そして全身から石のかけらや粉塵を撒き散らしながら、女戦士が少しよろめいて立ち上がる。
凄まじい爆発を至近距離で受けたにも関わらず、女戦士の体に大きな傷はなかった。着ている服は焼け焦げていたが、ベストの胸の辺りが吹き飛んでいる以外は目立った損傷はない。目は血走り肌も擦り傷だらけで血が滲んでいるが、それ以外に大きな傷はなく手足も繋がったままだ。
「ここまで頑丈とはな……」
タリヴァスは立ち上がって驚嘆しながら言った。命まで奪える確信はなかったが、それでも相当の深手を与えるだろうとタリヴァスは考えていた。しかし、多少はダメージがあるようだが見た目にはそれらしい傷はない。レア級ではなく、スーパーレア級のモンスター並みの耐久力と言ってもおかしくはない。つくづく化け物だった。
「……これが、お前の作戦か?」
咳き込みながら女戦士が言う。その背後には壁の割れ目、外への出口が広がっているがそう簡単に通してくれそうにはない。
「そうだ。だが、作戦は終わったわけじゃない」
「何をしようとお前に私は殺せない」
体の調子を整えるように、首や肩をさすりながら女戦士が言う。
「そうだな。俺にはお前は倒せない。だが、殺せそうな奴がいるんだよ」
「何?」
女戦士を背後から照らす外からの光に、影が差した。それは素早く動く。女戦士もそれに気付いたが、爆発のダメージのせいか動きが遅れた。
左右に開いた口のようなものが女戦士を背後から凄まじい力で挟み込んだ。
「ぐあっ! これはーー」
襲いかかる口腔には何本もの牙が並び、それが女戦士の体に強く食い込む。そして女戦士は釣り上げられた魚のように一気に部屋の外に引きずり出されていった。崩れかけの壁を激しく崩しながら、その体が光の向こうへ消えていく。
「あれがここのボスモンスターか? ロングネック系か……グロツキン、出てこい! 行くぞ! お前らも全員部屋を出ろ!」
グロツキンと生き残ったゴーレムに声をかけ、タリヴァスは部屋の外へと向かった。
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