3-9
何の前触れもなく黒いポータルが部屋の中に現れた。壁際、天井の近くに黒い霧が広がり球体となり、ざわざわと揺らめく表面を内側から蹴破るように脚が突き出る。そして女戦士がいつものように飛び出し、音もなく床に着地する。
地下室はいつもの雑然とした様子とは違い片付けられていた。といっても素材の箱や器具が部屋の端に寄せ集められているだけなのだが、部屋の中央部分が直径
そして女戦士から見て左右に分かれて五体ずつゴーレムが並んでいる。身長
「何だこれは。何故たくさんある」
女戦士は着地した位置からは動かず、警戒するように左右のゴーレムに視線を配る。女戦士から目を離さないように、タリヴァスは椅子から立ち上がった。今は右脚にも義足を付けていて、もう杖は使っていなかった。
「お望みのゴーレムだよ。結局仕様を決めきれなくて、たくさん作ってしまった。好きなのを選んでくれ。君の試験……五回殴るんだったか? どれを選んでも問題はないはずだ」
「設計図通りに作ったんじゃないのか」
苛立った様子で女戦士が言い前に進む。そして広間の中央に立ち、一体ずつ観察するようにゴーレムに視線を向けていく。
「土壇場で設計図を修正するなんてことはよくある事だよ。で、どれがいい? それとも俺が選んでやろうか?」
タリヴァスが女戦士に向かってゆっくりと歩いていく。そして
「一から一〇号まで名前を付けている。あんたの左に立ってるのが一から五号。右の方が六号から一〇号。性能が違っていて、力がある奴、硬い奴、素早い奴とより取り見取りだ。みんな役割がある」
「役割? お前たちの技術を試すことが出来ればそれでいい。必要なのはもっと別のゴーレムだ。役割は、こちらで決める。どうでもいいから、その一号とやらに命令しろ。性能を試す」
そう言い、女戦士は両手を組んで指の骨を鳴らした。硬い岩盤をも砕くその拳は、ゴーレムさえも容易に砕くことだろう。
「よし、では動かすぞ。ちょっと待て」
タリヴァスは机の所に戻って、置いてあった魔水晶製のブレスレットを右手首につけた。ゴーレム操るためのもので、魔力で繋がっており命令を伝達することが出来る。
「起動しろ。エクササイズの時間だ」
タリヴァスが言うと、一〇体のゴーレムが動き出した。大気中の魔力が魔格構造を経由して構造体を循環し、硬い石の体が魔力を帯びていく。関節部も石材だが、魔力によって可塑性を増し柔軟に動くことが出来るようになる。そして、一〇体のゴーレムが一斉に女戦士に向かって近づいていく。
「おい、一体だと言った。それとも壊れているのか」
呆れたように女戦士が言う。だがタリヴァスは笑みを浮かべて答える。
「いや、これでいいんだよ。みんな役割があると言っただろう? まず一号と二号がお前の動きを止める」
「何だと?!」
女戦士がタリヴァスの言葉を理解するより速く、ゴーレムの一号が女戦士に飛び掛かった。鈍重そうな見た目からは想像しにくい俊敏さで女戦士に肉薄する。
だが女戦士は更に速い。僅かな動きで地を蹴り、一気に部屋の中央から後方の壁際へと飛び退る。一号の腕は空を切る。だが他のゴーレム達がすぐさま女戦士を追って動き始める。
「馬鹿が。数を揃えれば勝てると思ったか」
殺到するゴーレムの群れを睨みつけながら女戦士が言った。焦りも臆する様子もなく、むしろ嬉々とした表情を見せる。僅かに腰を落とし、前傾姿勢になり両腕を緩く前に出して構えを取った。
一番先に前に出たゴーレムは二号だった。両腕を広げて抱き着くように女戦士に突っ込んでいく。
「ぬう」
女戦士は前に出て、そして勢いを乗せた右の拳をゴーレムの顔に叩き込んだ。のっぺりとした眼鼻のない顔にひびが入り、表面が剥離して飛び散る。二号はのけぞる様にして動きが止まるが、しかし踏みとどまって両腕を閉じ女戦士に抱き着こうとする。
女戦士は即座に反応し、身を引きながら前蹴りを二号の胴に叩き込む。重い衝撃音が響き、二号の胴の装甲板が歪んで石でできた内部の構造体にも亀裂が入る。それだけにとどまらず、
しかしゴーレム達は止まらない。二号以外のゴーレムが我先にと女戦士に突進し、指のない一塊の簡略化された拳で殴りつける。周囲を囲まれて逃げることのできない女戦士だったが、器用に体を左右に振り拳の雨を躱していく。だがその場から動くことはできずに、徐々にその動く範囲を狭められていた。
「くそ、雑魚どもが!」
女戦士が怒りをぶつけるように思い切り正面の五号を蹴り上げた。真っすぐに踵まで伸びた足が五号の顔面を叩き、その体を
猛獣のように唸りながら女戦士が次々と周囲のゴーレムに攻撃を仕掛けていく。拳が胸を打ち、手刀が腕の関節を砕く。肘打ちが顔面に亀裂を入れ、膝蹴りがゴーレムの重い体を吹き飛ばす。囲まれているのは女戦士だったが、優勢なのはむしろ女戦士だった。ゴーレムは女戦士の動きを足止めこそしているが有効な攻撃は与えられず、女戦士の一撃ごとに確実に損傷していく。
「思った以上の化け物だな。アンコモン級のゴーレムとはいえ、一〇体いても時間稼ぎにしかならないとは」
女戦士の鬼神のような闘いぶりに舌を巻きながら、タリヴァスはグロツキンを見る。グロツキンは背後の資材を覆い隠すボロ布に手をかけて答える。
「よし、やろう。まごまごしているとゴーレムが全部やられてしまう!」
そう言ってグロツキンはボロ布を取り去った。現れたのは、架台に据えられた一つの全身鎧だった。胴と手甲部分はレア級素材のもので、兜と脚は別のアンコモン級のものを組み合わせている。他の二つのレア級素材、ドラゴンの鱗と牙も使われており、鱗は兜と脚部に鋳込んで補強材とし、刃として加工された牙は前腕部に補助武器として取り付けられている。そして架台の脇には魔力カートリッジが一〇個ほど置かれており、それはラグニア用のものよりも一回り大きいものだった。
「よし、スーツの準備だ」
タリヴァスはテーブルからもう一つのゴーレム制御用のブレスレットを取り左手首にはめた。そして鎧の架台を背に立ち、まず足を鎧の脚部にすっぽりと差し込んだ。
続けてグロツキンが胴体部分を持ち上げてタリヴァスに被せ、次に腕部分を着込み、最後に兜を被った。兜は顔の部分が開口しているものだったが、顎に補強のフレームが入り、開口部分を覆うように魔水晶を加工した透明なバイザーが嵌め込まれていた。
鎧は着たが、しかしタリヴァスの体には少々大きいようだった。それに重量も相当で、今はまだ架台の吊り具で支えられているが義足のタリヴァスに支えられる重さではない。
その鎧を着込んでいる間にも女戦士とゴーレム達の戦いは続いており、女戦士はジリジリと前に進み、タリヴァス達に近づいていた。ゴーレムの損耗は一秒毎に増加しており、足止めが突破されるのも時間の問題だ。
「よし、やってくれ」
焼け付くような喉の渇きを感じながらタリヴァスが言うと、グロツキンは架台の魔力カートリッジを手に取りタリヴァスの後ろに回る。鎧の背中部分には魔格構造と金具が取り付けられており、グロツキンはその金具に魔力カートリッジを装填していく。全部で六個を装填すると、タリヴァスの鎧の肩を二度強く叩いて合図する。
「いいぞ、タリヴァス! 早くやれ!」
「わかった!」
ゴーレムと戦う女戦士がタリヴァスを睨んでいた。
タリヴァスは少し息苦しい兜の中で深呼吸した。これから先は全く未知の世界だ。技術的には、理論的には可能なことをやっている。しかし今までに扱ったことのないほど強力な魔力が背部の魔力カートリッジに封入されており、着ている鎧の魔格構造も昨日完成したばかりで満足な試験もできていない。だが、やるしかない。やらなければ数分後には、いや、数十秒後にはこの女戦士に殺されるだけだ。
「ゴーレムスーツ、起動」
左手首のブレスレットが命令を発し、鎧に組み込まれた魔格構造が機能し始める。鎧の内側でカドル石が魔力に反応し、あらかじめ設定された構造を形作っていく。鎧の関節部や隙間が埋められ密閉状態になり、鎧全体が小さく振動してタリヴァスの体型に合わせて変形していく。架台の吊り具が引きちぎられ自由になり、タリヴァスは一歩前に出る。滑らかな動きで地を踏み、硬い感触がタリヴァスの体に伝わる。普段使っている義足よりも確かな感触があった。
「さあ、作戦第二段階だ」
タリヴァスが鎧の中で呟き、女戦士を強く睨み返した。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます