3-8
女戦士は約束通りに素材を三日後に持ってきた。タリヴァスの用意したリストに書かれたとおりの内容で、必要な量の魔水晶も用意された。
二週間目の試作品の確認では、ゴーレムの内骨格と下半身の試作品を用意した。カドル石に魔水晶といくつかの素材を混ぜ込んだもので、仕様書の条件を満たし、更にそれ以上の魔力伝達効率を持っている。女戦士は眺めたり指で弾くだけで具体的に性能を調べる様子はなかったが、特に文句を言う事もなかった。そして次の三週間目の日には完成させておけといい、そして帰っていった。他に必要な素材もなかったので、タリヴァスも引き留めるようなことはせずそのまま帰らせる。
いつものように女戦士が黒いポータルを開き、その中に消えていく。そのポータルが完全に消失したのを確認してから、タリヴァスが言った。
「よし……ここからが本番だ」
自分を鼓舞するような口調だった。グロツキンも頷いて、素材置き場の魔水晶に手をかける。
「次の三週目までにラグニアを作って、秘密兵器も完成させる。大忙しだな。まずは魔力カートリッジという奴からか」
計画では予備も含めいくつもの魔力カートリッジが必要になる。それを先に作ると二週目の今日の時点で計画がばれる可能性があり、その為まだ作る事が出来ていなかった。女戦士の二週目のチェックをパスし、ようやく着手することが出来る。
「ああ。ラグニアの組み立てはやっておくからそっちを頼む」
そう言うとタリヴァスは置いてあった素材箱から素材をどかし、底に隠してあったラグニアの部品を取り出す。会社で作っている物よりデザインが簡素でほとんど四角い棒に見えるが、機能的には問題ないものだ。細かな部品や魔格構造を刻んだ水晶片も作成済みで、あとは組み立てるだけでいい。魔力カートリッジが完成すればそれで使えるようになる。
「で、例の奴も間に合うんだな? 魔格構造にてこずっていたようだが……?」
魔水晶を合成炉に向かって引きずりながらグロツキンが聞く。タリヴァスもラグニアの部品を手早く組み立てながら答える。
「組み立てが終わったら仕上げる。ゴーレムのものを応用すればと思ったが、結局ほぼ新規の組み合わせになってしまった。おかげで腱鞘炎になりそうだ」
タリヴァスが右手をひらひらさせながら言う。
硬い水晶片にワバク文字を刻むのは結構な重労働だ。力を込めすぎると字が崩れてしまうし、繊細さも要求される。それに、妙案を実現させるためには新しい魔格構造が必要となり、それにはラグニア制御に必要な四〇〇文字を更に超え、七二〇文字が必要となった。一枚当たり四〇文字を刻み、それを一八枚重ねる事で実現した。今までに無い大型の魔格構造となった。文字の組み合わせの複雑さも桁違いだ。
二人はそれぞれの作業を進め、更に三日が経過した。残りあと四日。ラグニアと魔力カートリッジは完成。ゴーレムも用意できた。そして最後の、妙案の要となる物の製作に取り組んでいた。
数の少なくなった素材を脇に寄せ、作業スペースを作りその真ん中でタリヴァスは木箱の椅子に座っていた。足元には金属製のブーツのようなものがあり、タリヴァスはそれを履こうとしていた。
膝から下の欠損した右脚の先端に布を巻き、ブーツの中に入れる。口の部分はヒンジが開いて前後に大きく開口していたが、タリヴァスが脚を入れるとゆっくりと閉じて隙間が無くなる。
タリヴァスは軽く足を持ち上げてブーツの足先を動かす。脚の先端は脛の中ほどまでしかないが、まるで普通の足のようにブーツは動く。魔力で動作する義足で、タリヴァスの意志に反応して動いている。女戦士たちに襲撃された際に右足の義足を失っていたが、それと同等の機能を持つものを作ったのだった。
「すごいもんだな。ちゃんと足先が動いている……どうなってるんだ?」
グロツキンが不思議そうに隣で見つめている。タリヴァスは履き心地を調整しながら答える。
「原理は実はよく分かってない。制御用とは別に魔力に反応する魔格構造が入ってるんだが、それが俺の考えや動きを感知して反応している。仮説だが、非魔術師でも微量の魔力を体内に持っているから、それに反応して動いてるんだと思う。とにかく動けばそれでいいんだよ……と。これでよし」
ブーツの金具を締め直しタリヴァスは立ち上がる。杖は使わずに右脚だけでバランスを取ると、少しふらつくが立つことが出来た。そのまま作業スペースを歩き回るが動作に問題はないようだった。左脚の義足と同じように滑らかに動く。何度かジャンプしてみるが、ガタつくこともなくちゃんと機能している。急ごしらえにしては十分な出来栄えだった。
「これで歩行は問題ない。杖を突いていたんじゃ逃げるのも逃げられないからな」
「これで下準備は完了。そしてようやくこいつの出番か……」
感慨深げにグロツキンが言い、その視線の先には四つのレア級素材があった。付与魔術のかかった胴鎧と手甲。そしてドラゴンの鱗とワイルドサーベルの牙。ゴーレムの素材には使わずに残しておいた物だ。
「今更だが、本当に良かったのか? アンコモン級のゴーレムだけであの女戦士に勝てるのか……?」
弱気な声のグロツキンの肩を叩き、タリヴァスが言う。
「言っただろ、勝てなくてもいいって。俺の作戦を信じろ。それにあと四日だからな……今更計画の変更はできない。覚悟を決めろ」
このやり取りは何度目かのものだった。グロツキンは度々弱気になり、そのたびにタリヴァスが励ます。そしてグロツキンは勇気を取り戻す。
「ああ……もう後戻りはできない。やるしかないんだな」
「そうだ。死んだナバルや他の二人、それになによりあんたの家族のために、俺達はここから生きて脱出する。あのいかれた女戦士もモンスターも片付けてな。地上に出たら何をしたい? 俺はシャワーを浴びたいよ。この服も……まるでゴブリンの服みたいだ」
作業の汚れと汗で汚れたシャツにタリヴァスは顔をしかめる。何度か水で洗ってはいるが、汚れと臭いはなかなか取れない。午前と午後でシャツを替えることもあるタリヴァスとしては耐えがたい三週間だった。
「私は……眠りたいよ、暖かいベッドでね。家に帰りたい。そう言えば、君は奥さんは?」
「いや、独りだ」
「良い人はいるのか? 君なら随分ともてそうだ」
その言葉に、タリヴァスは小さく笑い答える。
「仕事が恋人だよ。人間の相手をしている暇はない」
「ふむ。愛する人が出来ればそれも変わるさ、きっとね」
「どうだかね。さて、最後の大仕事だ。最後までしっかり頼むぞ、グロツキン」
「君もね。あと四日か……」
グロツキンが部屋の中を見回しながら言う。
「いつかここでの日々が武勇伝になるのかな? 悪党に攫われたが、俺達は屈することなく戦い自由を取り戻した、ってね」
「ふむ、あの女戦士のことは醜い性悪のゴブリン女ってことにしておこう。あんたの娘さんが喜びそうな話になるだろうさ」
言いながら、タリヴァスは今までの自分の人生を思い返した。子供の頃からガラクタをいじって遊び、それが仕事になった。社長になってからは目の回るような忙しさに辟易としたものだったが、最近ではそれにも慣れてようやくラグニアを作るような実績も出来た。
だがタリヴァスは独りだった。両親は幼い頃にダンジョンの調査中に行方不明になり、敬愛する祖父も死んだ。友人はいるがバルシンとフィオレッタくらいのもので、しかし所詮は他人だ。家族に対するものとはやはり違う感情だ。
それが寂しい事だとは思わなかったが、何かが欠けているような気もした。グロツキンが言うように、誰かを愛せば変わるのだろうか。タリヴァスには想像もつかなかった。
だから、少しだけグロツキンが羨ましかった。奥さんがいて、娘もいる。きっと二人は今もグロツキンの無事を信じ待ち続けているのだ。彼らに再び家族としての生活を取り戻させたい……それがタリヴァスの想いだった。
「なんとしてもあんたを家族に会わせてやる。この悪夢のような生活も、あと四日で終わりさ」
「ああ、そうだな。終わらせよう、この悪夢を」
そして二人は最後の仕事にとりかかった。そして約束の三週間目を迎え、二人は万全の態勢でその日を迎えた。
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