3-7
七日目の朝を迎え、タリヴァスとグロツキンは緊張を隠せずにいた。
一週間後に来ると女戦士は言っていたが、いつ頃に来るとは言っていなかった。しかし昼夜の別も時間も分からない地下での生活だから、昼に来るというようなことを言われても分からなかっただろう。
だから二人は、いつ来るともしれない女戦士を終始気にしながら過ごしていた。食事の時も、作業を続ける時も、いいようのない不安が二人に付きまとっていた。
命令されたとおりにひとまず設計図は作ったので文句は言われないはずだが、それとは別に脱出計画の為のラグニアの部品などが隠してある。不自然に減っている素材を怪しまれないようにゴーレムの試作品と言い逃れできるだけの物もグロツキンが作ったが、女戦士が素材箱の底に隠した部品に気付く可能性はゼロではなかった。
見つかれば言い訳は難しい。小さな金具程度ならともかく、ラグニアの本体部品は言い逃れできない。女戦士はタリヴァス襲撃の時にラグニアを見ているから、タリヴァスたちが反乱の為に武器を作ったと考えるのは間違いない。そうなればこれまでの三人の技術者同様に殺されるだろう。今度こそ、グロツキンも。
女戦士が来ないまま昼食を終え、重い気持ちのまま午後の作業に入る。普段なら秘密の作戦のための作業を行っているが、今日は女戦士が来るのに備えて仕様書のゴーレム製造に関することだけを行っている。
内骨格の図面をタリヴァスが描き、それをグロツキンに説明していると不意に部屋内部の空気が張り詰めた。鼓膜が押されるような感覚が有り、重苦しい雰囲気を体で感じる。
「来た……」
グロツキンの言葉に振り返ると、部屋の隅に黒いポータルが発生していた。異様な感覚はその影響だったらしい。
タリヴァスが気圧されるようにつばを飲み込むと、黒いポータルから女戦士が姿を見せた。左手にリュックを持って、相変わらず威圧するような目をしている。そして合成炉の近くにいるタリヴァスたちに気付くと、無言で部屋の外周部分を歩いて二人に近づいていく。
タリヴァスは持っていた図面を机に置き、代わりに用意しておいた成果用の設計図を手に取って女戦士を待つ。片脚で杖を突きながらだから体が少し揺れる。グロツキンもその隣に立ち、不安げに腰の前で手を組んで女戦士を待つ。
「一週間経った。成果を見せろ」
二人から
「カドル石で作るのか」
「そうだ」
「ワイルドサーベルの牙を使うんだな?」
モンスター名を出され、タリヴァスは少し考えてから女戦士に答える。
「あのレア級のでかい牙か? 何のモンスターのかは分からなかったが、そうだ。使う」
女戦士は設計図を親の仇のような目で睨み上から下まで目を通していく。どこまで中身を理解しているのか分からないが、恐らく素材は何かとか、最低限確認しろと命じられた項目があるのだろう。タリヴァスはそう思いながら次の質問を待つ。
「いいだろう。いつ出来る?」
「二週間後だ。納期ぴったりだ」
「そうか。では、一週間後にまた来る。次は形のあるものを見せろ」
そう言って左手のリュックをタリヴァスたちの方に放り投げ、女戦士は踵を返し来た道を戻っていく。食料だけ置いて帰るつもりのようだった。タリヴァスは慌てた様子でその背中に声を掛ける。
「おいおい、こっちから注文があるんだ。まだ帰られたら困る」
「注文だと?」
ひどく不機嫌そうな声と共に女戦士が振り返る。臆することなく、タリヴァスが明るい声で話しかける。
「不足するものがあれば言えと言っただろう? 欲しいものがあるんだ」
「何だ」
「いくつかの素材だ。それと魔水晶。この紙にまとめてあるから持って行ってくれ」
そう言い、紙をもって杖を突きながら女戦士に近づいていく。女戦士は紙を受け取ると内容に目を通す。
「魔水晶は何に使うんだ」
「ゴーレムの魔力伝達効率を上げる。同じ魔力でもより強い力が出るし、動きもよくなる。うちの会社のゴーレムにも使っている技術だ」
「余計な機能は不要だ。仕様書に書かれている機能だけでいい」
予想した答えにタリヴァスは心の中で舌打ちする。女戦士の言うように、魔力伝達効率の向上は仕様書では求められていないし、ラグニア用の魔力カートリッジを作るためのものだからまともに説明はできない。それにここには用意されていなかった新規の素材だから、女戦士が不審がるのも無理はなかった。だがラグニアにはどうしても必要な材料で、これが無ければ脱出計画は実現しない。だから何としても手に入れる必要がある。女戦士をなんとか納得させる必要があった。
「しかし、あのままじゃ平凡なゴーレムが出来るだけだぞ?」
「それで構わん。私の攻撃に五回耐えられればそれでいい」
「五回? それがあんたの言う試験なのか」
「……そうだ。とにかく、余計な機能はいらない」
答えながら女戦士は目を泳がせた。どうやら余計なことを口にしたらしい。試験内容を事前に教えるなんて、きっと予定外の事なのだろう。どうやらこの女戦士は少し抜けている所があるようだ。タリヴァスは内心でほくそえみながら会話を続ける。ミスして動揺している今なら、更に付け入る隙がありそうだった。
「はっきり言うが、あの仕様書通りのゴーレムなら簡単に作れる。それが出来たら今度は一〇〇体と言うが、その詰まらんゴーレムを作らせるわけじゃないんだろう? もっと強いましな奴をあんたらは必要としているはずだ。俺と彼ならそれを作れる」
親指でグロツキンを示しながら言う。女戦士はタリヴァスを睨むが、そのまま無言で話を聞いていた。
「どうせ後でまた設計図を書かせるんだろう? なら今その仕様書を見せてくれ。最初からそれに合わせて作った方がこっちも手間がないし、あんたらも必要な物が早く手に入る。お互い得する事ばかりだ」
タリヴァスの提案内容を考えているのか、数秒女戦士は沈黙する。そして口を開いた。
「調子に乗るな。大層なことを言っているが、お前はまだこの紙切れ以外何も作っていない。言われたことだけをやれ。余計なことは考えるな。それと……」
女戦士は冷徹な視線を素材置き場に向け、タリヴァスが渡した必要素材の紙を顔の高さに持ち上げる。
「何も作っていないのに何で素材が減っているんだ? 何に使った?」
背中の冷や汗を感じながら、平静を装った態度でタリヴァスは答える。これも予想していた質問ではあるが、うまく切り抜ける必要がある。
「試作品だよ。そこにあるだろう?」
タリヴァスが視線を向けた先、素材置き場の脇に作りかけの手足のようなものが転がっている。用意しておいた偽のゴーレム部品だ。
「素材の組み合わせでゴーレムの能力は変わる。どれがいいか実際に作って確かめたんだ。その為にたくさん素材があるんだよな? そうだと思って使わせてもらったが……まずかったのか?」
女戦士は答えず、タリヴァスの脇を通って偽の試作品に近寄る。そして屈んで手に取り観察を始めた。設計図通りの素材で作っているのでおかしい点はないはずだったが、タリヴァスは気が気ではなかった。グロツキンも手を組んだままそわそわと不安そうにしている。
「これは腕か?」
女戦士は試作品の一つを指で摘まみ上げ持ち上げる。右腕だけだが、それでも
「その通りだ。そっちのは脚部。強度を確認するために胴部分も作った。完成品はもっといいものが出来るぞ」
女戦士は値踏みするように持っている腕の部品を眺める。軽く反対の手で叩いたり握ったりして強度を確かめているようだった。
「おかげさまで何を作るかは決まった。それは設計図の通りだが、魔水晶があればもっとよくなる」
「必要以上の性能はいらんと言った」
「本当にそうか? あんただって性能の良いゴーレムが出来た方がいいんじゃないか? これまで三人の技術者が連れてこられて全部失敗している。成果無し、そうだろう?」
女戦士の目に怒りが宿り、タリヴァスをはっきりとした敵意で睨みつける。だがタリヴァスは怯まずに言葉を続ける。
「出来た試作品の性能が良くて、その後の設計も早く進むというのであれば何の問題もないだろう。あんたも上に良い報告が出来る。違うか?」
女戦士が手にした試作品の腕をつかむ手に力を込め、ぎりぎりと軋むような音が響く。タリヴァスは恐怖を隠したまま女戦士を余裕たっぷりといった表情で見ていた。
女戦士はふざけるなと暴れ出しかねない顔付きだったが、意外にも大きく息をついて気を静めた。上司への報告の件については推測だったが、図星だったのかもしれない。そんなことを考えながらタリヴァスは更に言う。
「さっき渡した素材のリストを揃えてもらえれば万事うまくいく。君達と俺達の出会いは最悪だったが、こうなった以上はビジネスパートナーだ。私は自分の仕事に情熱を持っている。いつだって最高のものを作りたい。ただそれだけだ」
女戦士はまだタリヴァスを睨んでいたが、文句を言うようなことはなく押し黙っていた。何か考えを巡らせているようだ。
「……いいだろう。素材は用意する」
その言葉にタリヴァスはわざとらしく破顔して軽く拍手する。
「それは良かった! 理解してもらえてよかったよ。じゃあ、素材はなるべく早く持ってきてくれるか? そっちも大変かもしれないが、こっちも時間は三週間、今日からだとあと二週間しかない。早ければ早いほどありがたい」
「分かった、三日後に持ってくる。他に用は無いな?」
「ああ、食料ももらったし、素材を用意してもらえるならばっちりだ。後はまじめに働くだけさ」
タリヴァスが答えると、女戦士は持っていたゴーレムの試作品をタリヴァスに向ける。
「これは貰っていくぞ。性能を確認する」
「どうぞどうぞ。俺達の技術を存分に確かめてくれ」
「では素材は三日後に持ってくる。予定通り来週には形のあるものを用意しておけ」
「ああ、よろしくたのむよお嬢さん」
タリヴァスの微笑みを無視し、女戦士は黒いポータルを開いてその中に消えていった。前と同じように黒いポータルは霧のように消え、張り詰めた緊張感から解放されたタリヴァスたちは揃って溜息をついた。
「ああ、心臓に悪かった」
グロツキンが言うと、タリヴァスは振り向いて言う。
「あんたは見てただけだろ? 俺なんか至近距離で睨まれて、生きた心地がしなかった」
頬を両手で押さえて、タリヴァスはやつれたような表情を作る。だがすぐに笑顔になり言う。
「だがおかげで素材の手配には成功した。これで計画を進められる。脱出の日は近いぞ!」
「ああ。骨格でも発射口でも何でも作ってやる!」
二人は笑い合いながら、ささやかな成功を祝った。残された時間は二週間。生か、死か。脳裏には残酷な結末もちらつくが、今は希望を胸に、二人は決意を新たにした。
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