3-6

 女戦士との戦いを決意してからの数日はあっという間に過ぎていった。

 まず保管されている武具や素材のレア度と個数を調べて分類。作り得るゴーレムの性能を考えながらタリヴァスが整理し、女戦士から与えられた仕様書のゴーレムを設計する。

 並行して戦うための準備を行った。ラグニアの設計図を描いてグロツキンが必要な部品を作る。合成炉は火が絶えることなく働き続け、グロツキンも鎚をふるい続けた。タリヴァスからは図面が出来上がるたびに指示が来たが、図面は部品ごとでグロツキンには全体像は分からなかった。しかし問うことはせず、グロツキンは黙々と仕事を続けた。

 五日間で出来上がった部品は多岐に渡った。ラグニア本体を構成する部材、発射口、指先ほどの金具。数十にも及ぶ部品はいくつかの空の木箱に分けて保管され、組み立ての時を待っていた。同時にゴーレムの設計図も完成し、タリヴァスとグロツキンはようやく一息つくことが出来た。

 二人は椅子に座り茶を飲んで休憩していた。グロツキンは茶をすすりながら完成したばかりの設計図を眺める。

「体はカドル石で、内骨格型なのか。頑丈そうだな」

「ああ。カドル石なら加工も素材との合成もしやすいし、そこにたくさんあるからな。それに仕様書にも鉱物で作れとある」

 カドル石は灰色の耐摩耗性に優れる石材だ。モンスター素材との相性が良く、合成材料として素材に由来する特性の付与もしやすい。石粉に加工して金属と混ぜる事で武具の性能を高める使い方もある。

 またゴーレムは本来は土や石を材料に魔術で生み出すもので、泥をこねた様なものだから骨格はない。しかし工業的なゴーレムの場合は強度や運動性を高めるために骨格を有する場合がある。人間のように内部にフレームを持つものは内骨格型、主要材料の外側に鎧や外皮などを取りつけた物は外骨格型といわれる。安価なゴーレムの場合は主要材料のみの無骨格型が多い。

「これとは別にゴーレムを用意するんだよな? それは何で作るんだ?」

 グロツキンの質問に、タリヴァスは少し考えて答える。

「……基本は同じだ。カドル石の内骨格型ゴーレム。混ぜる素材で頑丈な奴、素早い奴、魔術耐性のある奴とか色々作れるから、どうするかはこれから決める」

「ふむ。そこにあるレア素材次第か……」

 素材置き場の端に四つのレア素材がまとめて置かれていた。強度強化の付与魔術がかかった胴鎧、腕力強化の付与魔術がかかった手甲、半ターフ九〇センチ四方程度の大きさの中型ドラゴンの鱗付き皮革、一シュターフ三〇センチの長さの大型モンスターの牙。付与魔術のかかった武具を素材にすればその付与魔術が宿ったゴーレムになる。ドラゴンの鱗は強度と魔術耐性を高める。牙は動作性能を向上させ、手足に埋め込めば武器のようにも使える。

「全部混ぜたらいいんじゃないか? 強くなりそうだ」

 グロツキンの思い付きにタリヴァスは渋面を浮かべる。

「子供の発想だな。俺も実際にそういう事を若い時にやったよ。これを全部混ぜたら最強になるんじゃないか、ってね。けど、そう簡単にうまくはいかない。素材同士の相性があるから、闇雲に混ぜても駄目なんだ。うまくいく組み合わせもあるが……そこの四つは駄目だろうな。付与魔術を混ぜるのは特に難しい」

「じゃあ鎧と手甲はゴーレムに着せたらどうだ? それなら付与魔術はそれぞれ機能するんだろう?」

「いや、ゴーレムの場合は駄目なんだ。本体と武具の魔力が干渉して、ゴーレムの機能が低下する。専用のワバク文字を刻んだ装甲版でないと外骨格型は作れないんだ。かぶせた鎧自体は機能しても、肝心の中身が動けないのではただの石像だ」

「そうか。いい考えだと思ったんだが……結局、君の妙案とやらはどうなったんだ」

 またタリヴァスが渋い顔をして答える。

「まだだよ、悪かったな。ここの素材じゃどう組み合わせても無理だ。あの女戦士をうまくだましてレジェンダリー素材でも手に入れられればいいんだが……無理だろうな」

「いっそあの女戦士にぎゃふんと言わせるのは諦めて、さっさとここを抜け出したらどうだ? モンスターは何とかしなきゃいけないが……二週間あればなんとか壁は壊せるんじゃないか?」

 グロツキンは机の上に置かれた皿から干しぶどうをつまむ。女戦士が置いていった食料に入っていたものだ。ダンジョン攻略者用の食料セットで、主食、固形スープ、嗜好品などが一緒になっている。二人が普段飲んでいる茶もこれに含まれていたものだ。なお食料の入っていたリュックには血がべっとりとついていて、あの女戦士がどこかの不幸な攻略者から強奪したもののようだった。

「壁だけなら何とかなるだろうな。削るか、発破するか。このフロアのボスモンスターがいない時を狙えば逃げ出せるかも。いや、無理だな。壁を壊せばでかい音がするだろうから、すぐにすっとんでくる」

「そうだな……あ~あ、あいつら同士で戦ってる間に逃げるってのはどうだ? なんとかして……ボスモンスターに女戦士を襲わせる。その間に逃げる」

 天井を見上げながら、どこか投げやりにグロツキンが言う。だがまじめな顔でタリヴァスは答える。

「ふむ……モンスターは高い魔力に惹かれる。それは悪くない手かも知れない……」

 タリヴァスの返答にグロツキンは怪訝な顔をする。タリヴァスはその様子には気付かず、腕を組み思考する。ゴーレム、鎧、壁、ボスモンスター、女戦士……。問題は山積だが、グロツキンとの会話の中で何かを閃きそうだった。全てを解決する唯一の手段を。

「……そうか。いけるかも知れない」

「何だって?」

 干しぶどうを口に運ぼうとしてグロツキンは動きを止める。タリヴァスは不敵な笑みを浮かべ、言葉を続ける。

「妙案を思いついた。これなら……生きて帰れる。娘さんの誕生日までにな」

 タリヴァスのその言葉にグロツキンは一瞬眉をひそめた。手にしていた干しぶどうを皿に戻し、タリヴァスに問いかける。

「帰れるのか、ここから……? 本当に?」

「ああ。俺は絶対という言葉は嫌いだから使わないし、実際、確実に保証できるものでもない。しかし、十分に賭ける価値はある」

「一緒に戦うと決めたからな。乗るよ、その賭けに。で、どうするんだ?」

「ああ。まず――」

 タリヴァスはその妙案を説明し、グロツキンも同意した。その用意を密かに進めながら作業を進め、そして約束の一週間目を迎えた。

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