3-5
「あの女戦士がこの部屋に来たあとにはよくあるんだ。怒った様子でこの部屋を殴ってるみたいなことをしている。大型の……ひょっとするとボスモンスターかもしれない。何のモンスターかまでは分からないが」
「そうか。壁が壊されるようなことはないのか?」
タリヴァスの問いに、グロツキンは鼻を鳴らして笑った。
「あったら死んでるよ。幸い、ここの壁は頑丈だ。音はすごいが壊れる様子はない。それとその壁なんだが、多分この部屋はあとから作ったものなんだ」
「後から? どういうことだ?」
不安げな様子で部屋を見回しながらタリヴァスが聞く。一応は安全らしいが、大型のモンスターがすぐ外にいるというのはぞっとしない事だった。
「そこの天井の所を見てくれ。暗くて微妙だが、色が壁と天井で違うんだ。線を引いたように」
タリヴァスが天井を見て目を凝らすと、グロツキンの言うように確かに色に境界が見えた。壁と天井の丸く角になっている部分。その辺りに色の境界が続いている。どちらも黒いが、天井の方が茶色っぽく、壁の方が黒い。別の岩質を無理にくっつけたかのようだった。
「ダンジョンの隠し部屋には財宝が眠ってる。そんな話もあるからここもそうかと思ったんだ。でも多分違う。ここはあの女が作ったんだよ、魔術か何かで。私達に作業させるために」
グロツキンの言葉を聞きながら継ぎ目の部分を見る。そして杖を突きながら壁に近寄って手を触れるが、壁は自然な岩石のようにしか見えない。だがそもそもダンジョンは作られたもので、自然のように見える環境も全て魔力に生み出されたにすぎない。
防御魔術の一つに石の壁を生み出すものがあるし、本来のゴーレムも無機物を魔術で操って形作る。ダンジョンの壁を作る魔術があってもおかしくはない。ムガラフならそんな魔術も使えるだろう。
「しかしよりにもよって、わざわざボスモンスターのいる所にか?」
タリヴァスの問いに、グロツキンが思案顔で答える。
「だからこそじゃないか? 仮に我々が、このダンジョンがどこの何階か分からんが、ここにいると分かってもボスモンスターがいるのではおいそれと助けには来れない。あの女だけがポータルで悠々と出入りできる」
「確かにそれは考えられる。ダンジョンの中……魔格構造が作れて、救助は来ない。ゴーレムを作らせるにはうってつけか。ふむ……モンスター対策も必要だな。仮に壁を破って外に出ても、女戦士の次はボスモンスターが待ってる。転移石なんて当然ないよな?」
転移石は攻略者がダンジョンから脱出するためのマジックアイテムだ。財宝として割と頻繁に手に入るが、人には作れずそれなりに貴重なアイテムだ。床などに叩きつけて壊すと周囲の人間を地上にまで転移させてくれる。モンスターが近くにいてもモンスターは除外されるので、安全に逃げる事が出来る。
「そんなもの、ないよ」
グロツキンは首を振りながら答え、椅子に座って少し冷めたお茶を口に運んだ。
「戦って逃げ出す、か。さっきはああ言ったが、やはりなかなか難しい問題だな」
「おいおい、もう気が変わったのか? モンスターが壁を殴ったくらいで弱気にならないでくれよ」
そう言い、タリヴァスも椅子に戻って座る。腕を組みながら考えるが、そう簡単に打開策は生まれなかった。現時点で三つ解決しなければならない事がある。
一つ目、時間稼ぎのための仕様書通りのゴーレムの製造。しかしこれはグロツキンの協力があれば十分可能だ。
二つ目、女戦士を倒すこと。強いゴーレムを作る必要があるが、素材的には不可能だ。極めて難問だ。
最後にこの部屋から出て、モンスターの相手をしながら逃げ出すこと。女戦士のポータルが使えればいいが、脅したところでいう事を聞くようには思えない。となると壁を壊すなりする必要がある。首尾よく外に出ても外にはボスモンスターがいるから、それも何とかしなければならない。それを突破しても、今度は地下から地上に向かうまでに他のモンスターにも襲われるだろう。女戦士同様に難問だ。
ボスモンスターがいるのは普通五の倍数の階層だ。五階か一〇階か、十五階かもしれないし、もっと深いという可能性もある。深さの分だけモンスターは強くなるが、十階より深ければ生還は絶望的だろう。
タリヴァスはいくつかのダンジョンに入ったことがあるが、基本的には自分の管理するサイブルダンジョンが経験の全てだ。サイブルは最深層が一二階で、過去に一度祖先が到達し制覇している。だが自分自身では到達したことはなく、五階までしか経験がない。
ラグニア二号の設計も五階程度のモンスターの強さが目安となっている。それ以上の階になるとモンスターの持っている武具やモンスター自身に付与魔術がかかっていることがあり、強さが格段に違ってくる。
深層に挑む場合は攻略者も付与魔術や強力な武具で対応するわけだが、タリヴァスたちに使えるのはコモンとアンコモンの素材だけだ。五階より深い階層はレア級の階層で、アンコモンまでの装備では力不足だ。
仮にこの地下室が一〇階としても、アンコモンの素材では性能が足りない。しかもタリヴァスもグロツキンも訓練した戦士などではないので余計だった。
「当面は仕様書のゴーレム作りに精を出すしかないな。合間に何かいい方法を考えるとしよう」
冷めた茶を飲みながらタリヴァスが言うと、グロツキンが答える。
「私は設計は分からんから君に任せるよ。だが何か先に作っておけるようなものがあれば言ってくれ。炉を遊ばせておくのはもったいない」
「確かに時間は貴重だからな……そうだ、あれを作ってもらうか」
「あれ?」
「発射口だ。筒状の構造をした金属部品だ。うちの会社で作ってる商品でラグニアと言う魔力弾を撃ち出せるマジックウェポンがあるんだが、それの部品だよ。魔力弾がそこを通ってまっすぐ飛んでいく。精度と耐久性が重要な部品だ」
「ラグニア……発射口ね? よく分からんが……」
アランティ工業はカルバ王国の軍に対してラグニアを販売しているが、主に東部の軍基地が対象となっている。また民間には販売はしていない為、一般の攻略者でも知っているものはまだ少なく、民間人であればほぼ知名度はない。南部の小さな村に住むグロツキンが知らないのは当然だった。また、魔力弾を撃ち出すマジックウェポンはラグニア以前には存在していないため、発射口という部品はグロツキンにとって完全に未知のものだった。
「あとで図面を描くよ。戦いとなったら、爆弾よりもそっちの方が戦いやすいはずだ」
「ふむ、図面は描いてもらうとして……戦う? 私達も戦うのか? ゴーレムだけじゃなく?」
怪訝そうにグロツキンが聞くと、タリヴァスは肩をすくめながら答えた。
「戦力は多い方がいいだろう? ゴーレムと俺とあんた。みんなで戦う」
困惑したように視線を泳がせ、不安そうにグロツキンが言う。
「私は……戦ったことなんて無いぞ? 自慢じゃないが、ゴブリンを見た事さえない。ダンジョンには行ったことさえないんだ。剣も弓も、もちろん使えない」
「しかし体は力仕事で鍛えてあるだろう? でも心配するな。剣で戦うんじゃなくて、さっき言ったマジックウェポンで戦うんだ。ボウガンみたいなもんだよ。敵に向けて引き金を引けば魔力弾が飛んでいく。簡単なもんだ」
「むう……」
まだ納得できない様子のグロツキンをなだめるようにタリヴァスが言う。
「女戦士だけじゃなくボスモンスターも倒さなきゃいけない。それに、地上に出るまでに他のモンスターの相手もしなきゃいけないだろう。ゴーレムに守ってもらうにしても、相手が大勢のゴブリンとかだったらどうする? 一体一体は大したことなくても手が足りない。俺達で何とかするしかない。その為に武器を作るから、自分の身は自分で守る。それだけの事だよ」
「そうか……確かに君の言うようなマジックウェポンがあれば剣よりはましか。分かった。その武器の部品だな? 重要な仕事だな」
「そうだ。命がかかってるからな。とりあえず、仕様書のゴーレムの設計と並行して、打倒女戦士の為に必要な物も整理する。必要なら図面も描くから順次部品を作っていってくれ」
「よし、そっちは任せてくれ」
大きく頷きながらグロツキンは答えた。弱気だった目にも力が戻り、表情にもやる気が満ちている。
その様子にいくらか安心しながら、タリヴァスは妙案を探っていた。
ここにある素材でなんとかラグニア本体は作れる。あとは魔力カートリッジのための魔水晶が必要だが、それはあの女戦士に依頼すればいいだろう。しかしラグニアができても、それだけでは力不足だ。何か閃きが必要だったが、そう都合よく出てくるものでもない。
だがタリヴァスの心には、意外なほど不安はなかった。襲撃され攫われてここで目覚めた時は流石にこたえたが、こうして茶を飲みながらグロツキンと話していると希望が湧いてきていた。それだけではない。このままでは済まさない、ただでは置かないという反骨精神、復讐心のようなものさえ感じている。
すでに三人の技術者が殺されている。それに、タリヴァスを守って六人の警備員も殺された。憎むには十分な理由だった。
「さて、どうやって後悔させてやろうか」
グロツキンに聞こえぬよう小声でタリヴァスが呟く。悪に屈する気はない。必ずその罪を償わせる。タリヴァスは心の中で静かに決意していた。
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