3-4

「あれだけのハルダム鋼が作れるなら大丈夫そうだな。あとは俺の設計だけか」

 タリヴァスが仕様書に視線を落とす。この程度の性能であれば設計は難しくない。素材も十分あるから余裕をもって作れるし、納期も問題ない。

 タリヴァスは仕様書をテーブルに置き、杖を突いて立ち上がった。そして置いてある素材に視線を巡らせる。

「もっとレア度の高い素材を注文したら、あの女は持ってきてくれるのか?」

「無理じゃないか? まあ、今までこちらから注文したことはないんだがな。ただ、使って減った分は食料と一緒にあの女が補充してくれたから、素材が不足したことはない。ゴーレム一体で使いきれる量でもないしな」

「ふむ。あるもので何とかするしかないか……」

 タリヴァスに鑑定の専門スキルはないが、大体ならレア度を判定できる。長くマジックアイテムに携わってきた事により培われた感覚だ。それを信じるならレア級素材は四つで、銅鎧、手甲、ドラゴンの鱗、大型モンスターの牙。これを核にゴーレムを設計することになりそうだ。

「素材はたくさんある……試作品も作れそうだな。本命の前に、いくつか設計してみるか……」

 呟くタリヴァスの隣にグロツキンも来て、同じように素材を眺める。そして腕組みをして考えながらタリヴァスに聞く。

「試作品を作らなきゃいけないほど設計は難しいのか?」

 グロツキンの質問に、タリヴァスは少し間を置いて答える。

「……いや、あの女戦士を倒せるゴーレムの作り方を考えてる。仕様書通りなら容易いが、それじゃ意味がない。あいつをやっつけて逃げる。それが今考えてるプランだ」

「やっつける?! それじゃあ……エムホフの二の舞にならないか?」

 不安そうにグロツキンが言うが、その心配はもっともだった。普通の方法ではどうやってもあの女戦士を超える性能のゴーレムは作れない。何かとびきりの作戦が必要だった。無言のタリヴァスに、心配するようにグロツキンが言葉を続ける。

「仕様書通りのゴーレムが作れるなら、一旦それを納品して工房とやらに行くのはどうだ? そっちにはもっといい素材も用意していそうだから、そこでならあの女を倒せるゴーレムだって作れるかもしれない」

「それも考えた。でも恐らく無理だ」

「何故そう思う?」

「工房ではゴーレムを一〇〇体作らせる代わりに助手もつけると言っていたよな? 俺たち以外の奴がいるってことだ。攫われた他の誰かかも知れないが、あの女戦士の仲間の可能性もある。あの怒りんぼの女戦士が助手だったら最悪だ。監視付きで作業することになるから、勝手はできない。怪しいそぶりを見せたらその場で終わりだ。その点、この地下室の環境は劣悪だが、秘密裏に好き勝手できるという利点がある。やるならここでだ」

「そうか……確かにな」

 落胆したようにグロツキンが言い、俯いて唸り始める。女戦士の指示に従うか戦うか、どうすべきか悩んでいるようだった。悩ましいのはタリヴァスも同じだったが、現時点での考えをタリヴァスは提案することにした。計画を進めるにはグロツキンの合意が必要だった。

「ひとまず奴らに従うというのも一つの案だが、その場合は一つの懸念がある。奴らが俺達を解放してくれる保証がない事だ。ゴーレムを一〇〇体造ったとして、次は一〇〇〇体作れと言い出すかもしれない。そうやって死ぬまで働かされるかも知れないし、用済みになったら殺されるかもしれない。無事に帰れる可能性は、はっきり言ってかなり低いように思う。軍が恐らく探してはくれているんだろうが、それも期待薄だな。現にあんたは二カ月半も地下暮らしだ」

「そうだな。私は今の所運よく生き残っているが……最後には殺されるんじゃないかと心配している。あまり考えたくはなかったが……」

「ああ、だから戦って何とかするしかない。奴は俺達のことを侮っているからそこが付け目だ。抵抗した所で問題にならない。そう思っている。その油断を利用するしかない」

「油断か……しかし、そう簡単に行くか? 不意を打つといっても、奴はいつ来るか正確には分からない。あの黒い球を通って出入りしているが、あれが出てくる場所も一定じゃない。壁の方だったり部屋の真ん中だったり、このテーブルのすぐそばに降りてきたこともあった。罠を仕掛けるのも難しいぞ」

「そうか。確かに難しそうだが……方法は考えるさ。時間は三週間あるからな。とりあえずは普通にゴーレムを設計して、一週間後に図面を見せる。二週間後にはゴーレムの部品を作っておく。そして三週間後に策を用意して迎え撃つ。中身はすかすかだが、これがとりあえずのプランだ」

「ふむ、確かにグロップ鳥の骨みたいにすかすかだな。それでうまくいくのか……?」

 グロツキンは不安げな表情で納得できない様子だった。具体性のないプランを聞かされても納得は難しいだろうが、しかし方針だけは決めなければならない。タリヴァスはグロツキンの方を向いて言った。

「計画にはあんたの力が必要だ。だから確認しておきたい」

 改まった様子のタリヴァスに、グロツキンも少し姿勢を正して視線を上げる。タリヴァスはグロツキンの目を見ながら言った。

「当面生き延びるだけなら奴らの指示を聞いた方が利口だ。もし戦う道を選べば逃げられる可能性も生まれるが、失敗すれば俺は殺されるだろう。そしてあんたも殺されるかもしれない。これまでは見逃してもらっていたが、今度こそ一緒に殺される可能性がある。俺がやろうとしているのは、エムホフよりもかなり過激な策だからな。それを見過ごしたあんたも責められる可能性が高い」

「ああ、確かに今度は私もどうなるか分からないな……」

「だから聞いておきたい。あんたはどうする? あんたが嫌だというのなら俺の計画は諦めざるを得ない。あんたの協力が無ければ、一人では戦えない。奴らの言いなりになるしかない」

 タリヴァスの言葉を受け止めるように、グロツキンは視線を返す。疲れた顔に、困ったような瞳。だがその目の光は消えていなかった。

「……来月、娘の誕生日なんだ」

 ためらうような口調でグロツキンが言う。タリヴァスは普段の軽い調子で聞く。

「娘さん? いくつだい」

「……九歳になる。新しい服を買ってくれとせがまれていてね……このままここにいたんじゃ、顔さえ忘れられて口も利いてくれなくなる。プレゼントを用意してご機嫌を取らないと」

 そう言い、グロツキンは小さく笑った。タリヴァスも友人の顔を思い出しながら答える。

「ふむ。俺も祝賀会を開かないといけないんだ。実は新商品を発売するんだが、そいつは爆発的に売れる予定でね。ラグニア二号っていうマジックウェポンだ。社員にもボーナスを出して盛大にお祝いしないと」

 タリヴァスとグロツキンは数秒視線を交わし、そして互いに頷いた。そしてグロツキンが答える。

「やろう。あの女戦士はナバルの仇でもある。殺された他の二人のためにも、やっつけてやらないと」

 弱気な視線は消え、グロツキンは覚悟を決めた表情を見せた。家族を思う心が、不安を乗り越えさせたようだった。

「そうか。そう言ってくれると信じてたよ。ありがとう」

 タリヴァスが手を差し出し、二人は握手を交わした。職人らしい皮膚の硬い力強い手にタリヴァスは親近感を覚えた。まだ何も始まっていないが、方針は決まった。あとは進むだけだ。

「となれば、あとは具体的な作戦か。どうやって強いゴーレムを作るか……」

「それに、脱出方法も考えないと」

「出口か。確かにあの女戦士を倒してもここから出られないのではな……」

 タリヴァスは部屋の中を見回すが、四方は壁に囲まれていて当然出口などない。硬そうな岩を掘ることも難しそうだ。

「一応部屋の隅に水が流れる穴がある。しかし一シュターフ三〇センチほどでとても通れないし、どこに繋がっているかもわからん」

「水の穴?」

「あれだよ」

 グロツキンが指さす方を見ると、壁の半ターフ九〇センチ程の高さに小さな亀裂があってそこから水が勢いよく流れ落ちている。水は床に落ちて端にある水路のような窪みから部屋の隅に向かって流れている。その先に排水の為の穴があるらしい。

「あれが生活用水だ。合成にも使う。あの女は水は持ってきてくれないが、あれのおかげで不自由はしていない」

「飲んで大丈夫なのか?」

「大丈夫だ。前に見たが、穴の中に水晶魚の鰓骨が押し込んであった。あの女がやったんだろう。だから出てくるのはきれいな水だよ」

 水晶魚とは名前の通りに透き通った体を持つ魚で、ダンジョンの水場に住むモンスターの一種だ。水晶魚は決まって清澄な水に住んでいる。清澄な環境を好むからだが、なんとこの魚には汚水を浄化する力があり、その力でどんな汚水でも綺麗に変えてしまう。能力には限度はあるが、小さな池程度なら数日で綺麗になると言われている。

 その機能は鰓骨に宿っている。死んだ水晶魚から取り外した鰓骨には水質浄化の力が残っており、数か月持続する。天然のワバク文字のようなもので、これは人には真似できない水晶魚固有のものだ。攻略者はこれを使ってダンジョン内のため池や水路の、そのままでは到底飲用に適さないような水を浄化して使用している。

「嬉しい気配りだね」

 皮肉を込めて言うと、グロツキンも肩を竦めた。

「この部屋にある穴といえば、水の入ってくる穴と出ていく穴だけだ。出口はない。それに外も――」

 部屋が揺れるような打撃音と衝撃。タリヴァスは思わず杖を握る手に力を込め、音のした壁の方を見た。音は壁の向こう側からのようだった。

 じっと見ていると黒い岩の壁の向こうで吠えるような低い鳴き声が響いた。そしてその後も何度か壁を激しく叩きつけるような音と衝撃が続き、その間タリヴァスとグロツキンは息をひそめるようにして動けずにいた。

 静かになってから三〇秒ほどしてタリヴァスがようやく口を開いた。

「モンスターか?」

「恐らくね」

 グロツキンが額の汗を拭いながら答えた。

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