3-3

 少ししてグロツキンが鍋を持って戻ってきた。テーブルに置かれた鍋を覗き込むと、茶葉らしきものが湯に浮き煮出されていた。一応茶のようだったが、普段タリヴァスが嗜んでいる茶葉に比べれば香りは無いに等しい。グロツキンは鍋を傾けてコップに注ぎ、タリヴァスの方に置く。自分のコップにも注ぎ一息ついて茶をすすり、タリヴァスを見ながら言った。

「さて、何から話そうか」

「そうだな……」

 タリヴァスも一口茶を飲む。しかし味はなく、かろうじて色がついているお湯と言った感じだった。それでも温かさが気持ちを少し落ち着けてくれるようだった。

「まずあんたのことを教えてくれ。あんたもあの女に攫われたんだな? それに、他にも技術者がいたと言っていたが……?」

「ああ。事の始まりは……ざっと二か月半前」

 グロツキンは天井の方に視線を上げ、過去を懐かしむように遠い目をした。そして説明を続ける。

「ここは昼夜が分からないから正確には分からんが、寝た回数を向こうの壁に刻んでいてね、それで言うと七七日目なんだ。で、私の住んでいた村の近くにはデガンというダンジョンがあるんだが、そこ目当ての攻略者を相手に道具屋をやっていた。攫われた日も、仕事の関係で設計屋のナバルと一緒に工房にいたんだ。すると外が何やら騒がしくなって、何事かと思っていたらあの女が工房に入ってきた」

「あの女一人だけか?」

「ああ、外はどうだったか分からんがね。私が見たのは一人だ。君は違うのか?」

「他に二人いた。一〇歳と一五歳くらいの女の子だ。どっちもまともじゃなかったがね」

「そうか。私の時も外にはいたのかもしれんな。まあとにかく、あの女は工房に入ってきて私達の名前を尋ねた。そうだと答えたら、お前たちにやってもらうことがあると言ってナバルの頭をつかんで気絶させた。私も同じようにやられて気を失って、目覚めたらここにいたというわけさ。ちなみに私達の前に人がいた痕跡はなくて、どうやら私達が最初の犠牲者だったようだ」

「そうか。襲われたのは大体同じようだな。それで、やはりゴーレムを作れと?」

「ああ、君と同じさ。君がもらったその仕様書、実は使いまわしでね。私達もそれを見せられた。期間も同じ三週間。訳が分からなかったが……とりあえず従うしかなかった」

「それでゴーレムは完成したのか? ナバルに……何があった?」

 ナバルの死の事を聞くのは少しためらわれたが、今は情報を得ることが優先だ。タリヴァスの問いにグロツキンは少し悲しそうな顔を見せ、少し唇を噛んでから答えた。

「……ゴーレムは完成した。しかし性能が充分じゃなかった。あの女はゴーレムと実際に戦って、それであっという間に破壊してしまったんだ。それでナバルを問い詰めた。お前は無能な技術者なのかと」

 グロツキンは自嘲するように力無く笑い、そして言葉を続けた。

「実際……私達はそれほど大した技術者じゃない。小さな村の道具屋だからな。高が知れている。マジックアイテムは作るが、普段はゴーレムなんて高度なものは作らない。しかし出来ないと言えば何をされるか分からなかったから、ナバルは学生時代の知識でなんとかゴーレムの魔格構造を作って形にした。お粗末だったがね。それと構造錬成の方だが、こっちを担当し

た私も不慣れでね。うまく混ざらなかったり、ひびや気泡が混ざってしまった。見た目だけは後付けできれいに仕上げたが、強度や性能は不十分だった」

「それであの女に……?」

「そうだ。お前はもう必要ないと言って、ナバルの首を掴んだ。そして麦束みたいに簡単に握りつぶされて殺された。そして私も死を覚悟したが、あの女は私にこう言ったんだ。別の技術者を連れてくる、お前はここで待っていろと」

「ナバルだけを?」

「そう、不思議な話さ。ゴーレムがポンコツだったのは私にも責任がある。しかしあの女は設計の方にだけ問題があると思ったのか……私は殺されなかった。それで、私は今日まで生きてここにいる」

 グロツキンの話をタリヴァスは反芻する。何故ナバルだけが殺され、グロツキンは殺されなかったのか? 聞く限りではグロツキンは天才鍛冶師ではなく、こう言っては失礼だが、わざわざ生かしておく理由が分からない。それとも、何か特別な理由があるのだろうか?

「そして数日で次の設計屋が来た。名前はラホルンで、二人目の犠牲者になった」

「またゴーレムがうまく作れなかったのか?」

「いや、もっと根本的な問題があった。彼は来て早々に殺された……魔格構造を作れない、ワバク文字が分からなかったんだ」

「ワバク文字が? マジックアイテムの技術者じゃなかったのか?」

「いや、技術者なのは間違いない。しかしワバク文字そのものの構築はやっていなかったそうでね。詳しい話を聞く前に殺されてしまったが……構造の設計や錬成、仕様の選定なんかが彼の専門だったらしい。だから一人では作れないと言ってしまった。それに……彼女を怒らせた」

「あの女を?」

 女戦士の憤怒の表情を思い出す。自分も怒らせてしまったが、女戦士に殺されなかったのは運が良かったようだ。タリヴァスは心の中で胸を撫でおろす。

「こんなことは許されない、必ず牢にぶち込んでやる、俺は議員にも顔が広いんだとかなんとか。かなり強気な口調であの女に文句を言ったんだ。女はそれでも我慢した様子でラホルンに技術的なことを説明していたんだが、俺はワバク文字なんか分からない、ゴーレムなんか作れるもんか、そう言ったんだ。で、あの女はワバク文字の事を聞いて、ラホルンではゴーレムが作れないと分かり……」

 言う代わりに、グロツキンは手で首を折るような仕草をしてみせた。

「それでまた次の設計屋を連れてくると言い、数日で三人目が来た。それがエムホフだ」

「彼も殺された……何があった?」

「今度は返り討ちにあった。エムホフも最初は素直に従っていたんだが、途中であの女をやっつけて逃げ出すことを考えた。二週間目に完成したゴーレムで女を襲い倒そうとしたんだが、しかし駄目だった。そこの素材で爆弾なんかも用意したが、どれも効果がなかった。ピンピンしていて、あの女の服にさえ傷一つつかなかったよ。それで、最後はエムホフは剣を持って抵抗したが敵うわけもなく、あえなく殺されてしまった」

「そうか……で、四人目が俺なのか」

「ああ。エムホフが死んでから一〇日程か。今度は少し時間をかけて後釜を探したのかもしれないな。君が一番腕が良さそうだ。口も立つしな」

 グロツキンの笑みにタリヴァスは苦笑を返す。

「事情は大体わかった。あの女戦士はやはりただ者ではないんだな。並みのゴーレムでは倒せない」

「そのようだ。あの女も言っていたが、ここの素材ではあの女に勝てるゴーレムを作ることはできないのだろう。ゴーレムが目的というよりも、一種の試験なんだろうな。能力が確認できるまで工房には連れて行かないと言っていたし」

「そういうことだな。さて……」

 タリヴァスの頭には案が三つあった。一つ、大人しく従ってゴーレムを作り解放されるのを待つ。二つ、この部屋を破壊してダンジョンから逃げ出す。三つ、あの女を倒す。

 どれを選ぶか、現時点ではまだ決めきれない。成功する確率の高い方法はどれなのか、ひとまず置いてある素材を確認する必要があるだろう。三人目のエムホフは失敗したが、強いゴーレムを作って女を倒せる可能性があるかも知れない。そのためにはグロツキンの協力も必要だ。

「確認したいんだが、ナバルと最初にゴーレムを作った時はうまくいかなかったと言ったな。改善は可能か?」

 どれほど完璧に設計しても肝心の錬成がお粗末では意味がない。だが頼れる鍛冶師はグロツキンだけで、彼に任せるしかない。彼の技術に生死がかかっていると言ってもいい。

「ああ、そうだな……実は待っている間に練習をした。今度こそ誰も死なせないように……おかげで腕は上がったよ。勘がつかめたから問題ないはずだ」

 そう言ってグロツキンは右手の親指で壁の方を指す。そこには半ターフ九〇センチほどの長さの鋼材が立てかけられていたが、よく見るとそれは合成された構造体のようだった。黒色の均一で滑らかな表面が鏡のように光を反射している。

「ハルダム鋼か」

「そうだ。修業時代に何度かやったのを思い出してね。あれが出来れば大抵のものはできるというが、おかげで勘を取り戻せたよ」

 ハルダム鋼は武具の素材としても使われる金属で、実に一七種類もの素材を合成して作る。それぞれの素材に適した温度があって段階を経て素材を混ぜていく必要があり、失敗すると素材がうまく混ざらずまだら模様になり強度も低下してしまう。火の温度や合成具合を目で確認しながら作業を進める必要があり、これが出来なければ一人前とは認められない。

 その点、置かれているのは実に見事なハルダム鋼のインゴットだった。これが作れるならゴーレムの構造錬成も心配無さそうだった。

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