3-2
「作ったゴーレムがちゃんと性能通りなら、次はそれを量産してもらう。数は一〇〇体だ」
「一〇〇体?!」
女戦士の言葉に、タリヴァスは思わず大きな声を出した。女戦士は気にする様子もなく、険のある無表情でタリヴァスを見つめていた。
アランティ工業でのゴーレムの月産数は四〇体だ。作業員が延べ一〇名程度で、専用の工場で分業して行う。その気になればもっと増やすことも出来るが、それでも一〇〇体はかなり厳しい数字だ。それをタリヴァスと鍛冶師一人でやれと女戦士は言っている。かなり無茶な注文だった。
「一〇〇体は……どれだけ大変な作業か分かっているのか? 一人や二人でできることじゃないぞ!」
「専用の工房が別の場所にある。そこでならもっと効率よく作る事が出来る。助手もつける」
「工房がある? だったら……なんでこんな場所で作業させるんだ? 最初からそこに連れて行ってくれ」
タリヴァスの言葉に女戦士が目を細める。その内側にある怒りが視線にこもり、タリヴァスを威圧するように睨む。タリヴァスは恐怖を感じたが、今更多少のことで殺されることはないだろうと開き直って強気に言葉を続けた。
「日も差さない、空気も悪い、おまけに俺の右の義足はあんたらのせいでどっかに行っちまった。おかげで、ほら、満足に立つことも出来ない。それにシャワーはあるのか? キッチンは? ベッドも無さそうだな? こんな劣悪な環境でいい仕事が出来ると思ってるのか? いいものを作らせたいのなら、きちんと休める快適な環境が必要だ。そうだ、いい考えがある。今から会社に戻してくれ。あそこでならいくらでもいいものが作れるぞ。ふかふかのベッドもあるしな」
まくしたてるようにタリヴァスが言うと、女戦士は怒りに耐えかねたように歯を剥いた。ぎりぎりと歯を軋らせ、しかし無言のまま動かない。タリヴァスは言い過ぎたかと少し後悔したが、女戦士はしばらくして大きく息をつき、気を静めたかのように表情を戻した。平静とは言いがたい表情だが、なんとか怒りを抑え込んだようだった。
「……お前の能力が確認できるまでは工房には連れて行かない。それが命令だ。がたがた言ってないで言われたとおりにやれ」
「命令? 誰のだ?」
タリヴァスの問いに、女戦士は再び怒りをたぎらせた。憤怒の形相で右の拳を握り、足元の岩の床に向かって振り下ろす。風が一瞬唸り、そしてすさまじい衝撃と音が部屋に響いた。全身が揺れるほどの衝撃が足から伝わり、タリヴァスの背に冷や汗が流れた。
殴りつけた床の部分は砕けめり込み、周囲に亀甲状のひびが広がっていた。城壁さえ砕きそうな一撃。もしその拳がタリヴァスに向けられていたら、その上半身は千切れ飛んでいたかもしれない。
「うるさいぞ、貴様! 何度も言わせるな! お前は、黙ってゴーレムを作ればいいんだ!」
収まらない怒りをぶつけるように女戦士は語気を荒げた。タリヴァスは肝の冷える思いだったが、それを表情には出さず飄々とした様子で答える。
「ま、いいだろう。どうせ逃げられないようだし、言われたとおりにやるさ」
そう言って仕様書の紙をひらひらとさせる。女戦士はまだ何か言いたそうにタリヴァスを睨んでいたが、背を向けて壁の方に向かう。そして右手を壁に当てながら言った。
「期間は三週間だが、一週間後に何もしていないようなら殺す。成果を見せろ」
タリヴァスは少し考え、女戦士の背中に答える。
「成果と言っても一週間では……設計は終わるが、物は出来ないぞ。図面だけだ」
「それで構わん。余計なことは考えずに、ゴーレムを完成させろ」
そう女戦士が言うと、壁についた右手から黒い霧のようなものが広がった。それは女戦士の背丈ほどの円形に広がり、厚みを増して球になっていく。黒い霧の球は揺らいでいて、その内側に光が見えた。一瞬だが、空のような青い色も見える。どうやら外につながるポータルのようだった。
高位の魔術師であればダンジョンから地上に戻るためのポータルを開くことも出来るが、この女戦士にもそれが出来るようだった。怪力だけかと思ったが、見かけによらず魔術の心得もあるらしい。芸達者なことだ。
女戦士は黒いポータルに足を踏み入れる。その姿が黒い霧に飲み込まれる前に、タリヴァスは声を掛けた。
「最後に一つ! 大事なことだ!」
黒い霧に半分隠れた顔で女戦士が振り向く。
「君の名は、お嬢さん? 何て呼べばいい?」
女戦士はタリヴァスを睨み、そして何も答えずにポータルの内側に消えていった。そしてすぐに黒い球は朝霧のように消え去り、ポータルは影も形もなく消失した。元の黒い壁がそこにあるだけだった。
「ポータルを使うという事は、物理的な出口はないという事か……全く、とんだ地下牢だ」
タリヴァスは溜息をつき、髪の毛を荒く撫でつけた。商談のためにセットした髪型もぐしゃぐしゃで、スーツも汚れて破れている箇所まであった。
「やれやれ……仕立てたばかりだっていうのに……」
外れていたジャケットのボタンを留めようとしたが、馬鹿馬鹿しくなって脱いだ。幸い、この部屋は地上ほど寒くはない。空気は悪いが、気温はちょうどいいようだった。
「ゴーレムね。やるしかないか」
仕様書を見ながらタリヴァスは呟く。逃げ出すことを諦めたわけではないが、一週間後にはまた女戦士が来て成果を見に来る。何もできてなかったら殺すと言われれば、何もしないわけにはいかない。
「無茶をするな、君は。あの女を怒らせるなんて」
横からの声に振り向くと男が立っていた。ゴドナ・グロツキン。鍛冶師と名乗った男だ。汚れてよれよれのシャツに、同じくくたびれたズボン。力仕事の多い鍛冶師らしく体はそれなりにたくましいが、丸めた背中には覇気がない。疲れた表情でタリヴァスを見ていた。
「グロツキンさん……だったか。さっきも名乗ったが、俺はタリヴァス・アランティだ、よろしく。アランティ工業の社長で、技術者」
タリヴァスが改めて名乗ると、グロツキンは小さく頷いて答えた。
「グロツキンでいい。アランティ工業と言うと、東部の会社だったか? 大企業だな。私は南部の生まれで、カサーンク村の鍛冶師だ。まあ知らないだろうが」
「カサーンク? ふむ、悪いが知らないな。それはそうと……」
タリヴァスは手をついていた木箱に腰掛け、グロツキンに聞く。
「色々と確認したいことがある。まず、あんたも攫われたのか?」
「そうだ。村で仕事をしている時にあの女がやってきてね。一緒にいた別の技術者と一緒にここに連れてこられた」
「別の技術者? 他にもいるのか?」
タリヴァスは部屋の中を見回すが、それらしい姿はない。そのタリヴァスの様子にグロツキンは首を振り答える。
「いや、何と言うか……殺された。向こうに埋葬してある」
「何だって?!」
視線を落としながら答えるグロツキンに、タリヴァスは驚きを隠さずに声を上げた。
「あの女にか?」
「そうだ。まあ、話せば長い。向こうに、椅子というほど立派でもないが座れる場所がある。そこで話そう。茶もある」
「ああ……分かった」
雑然とした部屋の奥の方をグロツキンが指差し、そして歩いていく。タリヴァスが見てもどれが椅子が分からなかったが、言われた通りグロツキンについていく。
義足のなくなった脚をかばいながら、タリヴァスはその辺の木箱や立てかけられた大型素材に手をつきながら歩いていった。その様子に気付き、グロツキンが声を掛ける。
「脚が悪いのか? 肩を貸そうか」
「いや、それより何か杖みたいなものはないか?」
「杖か。そう言えばあったな。ちょっと待ってろ」
そう言うとグロツキンは素材の山をかき分けるようにして部屋の中央部へと進んでいく。そして武具の類が置いてあるところを探し、魔術師用の杖を手に戻ってきた。金属製で上端に青い魔法石が埋め込まれた簡素な杖だ。レア度はコモン程度だろう。それを受け取り、タリヴァスは体の支えにする。
「生まれつき膝から下がなくてね。義足なんだ。右の方はあの女のせいでどこかに行ってしまった」
「そうか、生まれつきなのか。それは……大変だな。ご両親は立派だな」
グロツキンが感心したように言う。普通手足のないような赤子はすぐに殺される。成長しても働けず、家計の負担になるからだ。しかしタリヴァスの両親は育てる事を選んだ。両親の愛情が深かった……それだけでなく、問題なく養えるだけの経済力があったからだ。それはタリヴァスにとって非常に幸運なことだった。
普通の家庭なら、稼ぐ事のできない者を養う事はかなり負担の大きい事だ。グロツキンはそれを思い両親を褒めたが、そういう言葉を受けるたびにタリヴァスは反応に困る。アランティ工業の跡取りとして金銭的な不自由や苦労を感じた事のないタリヴァスからすると、障害関連で感心されたりするのはどこか後ろめたい事だった。
「どうも。まあ義足があればそれほど不自由はしないんだ」
それだけ言って、タリヴァスはグロツキンのあとを再び歩き始めた。
案内された場所には、一応椅子とテーブルらしきものがあった。といっても椅子は木箱で、テーブルも木箱の上に板を載せただけのものだった。へこんだコップや器があり、手製と思われるフォークやスプーンも置かれている。床には食事のゴミなどもあり、ここが食卓のようだった。
「茶を淹れてくる。少し待っていろ」
「ああ」
木箱に座り、グロツキンの向かう先を見ると小型の合成炉が壁際にあった。可搬式の
合成炉はダンジョンでしか手に入らない希少な魔法石で動く。そのため普通の薪を燃やすかまど等に比べてコストが格段に高い。それを使って湯を沸かすとは、タリヴァスも未経験の随分高価な茶になりそうだった。だが空気の澱んだこの地下の部屋で薪を燃やせば酸欠で死にかねない。幸い、魔法石ならすぐそこの木箱に山ほどあるので、気にせず使っても問題ないようだった。
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