3-1 自慢のゴーレム

 頭が揺り動かされる感覚に、タリヴァスは目を覚ました。次いで頬を叩く痛み。声が耳に響く。

「おい、さっさと起きろ」

 何度も頬を叩かれる痛みに、タリヴァスは驚いて目を開く。だが途端に視界が揺らぎ、猛烈な吐き気に襲われる。

「起きたか」

 視界に女の姿が見えた。ついさっき見た顔だ。一瞬の忘却の後に思い出し、自分の頭を握りつぶそうとした女戦士の顔だと気づく。だがタリヴァスはそれどころではなく、仰向けの姿勢で体を横に向けて盛大に胃の中身を吐き戻した。内臓が引きつれるように痛む。頭も血管がずきずきと痛み割れそうだった。

「ふん、軟弱な」

 女戦士の吐き捨てるような言葉が聞こえた。タリヴァスはしばらく吐き続け、しばらくして落ち着いてから深呼吸をした。吐いたせいか腹部の痛みも頭痛も大分和らいでいる。まだ二日酔いのような気持ちの悪さがあるが、ひとまず呼吸を落ち着けて口を拭った。

「……ここは?」

 自分が薄暗い場所にいることに気付く。湿った土やカビのような臭いがかすかに漂う。自分の吐瀉物のせいかとも思ったがそうではない。見回すと地下のようで、岩か土で出来た洞窟のようなところにいるようだった。発光苔が生えていることから、どこかのダンジョンの内部らしい。

「お前にはゴーレムを作ってもらう」

 女戦士が不機嫌そうに言う。周囲を見回していたタリヴァスだったが、女戦士の方へ向き直り上体を起こす。女戦士と目が合うが、相変わらず今にも襲い掛かってきそうな目つきをしていた。

「ゴーレムを?」

 タリヴァスが聞き返すと、女戦士は近くにあった木の箱の上から数枚の紙を取ってタリヴァスに差し出す。タリヴァスがゆっくりと手を差し出して受け取ると、女戦士は説明を始めた。

「その紙に必要な性能が書いてある。その性能を満たすゴーレムを一体作れ。時間は三週間だ」

 簡潔な説明にタリヴァスはいくつもの疑問が浮かんだが、ひとまず手渡された紙に目を通す。それには確かに必要な性能が書かれていた。人型で一ターフ一.八メートルの大きさ。主要構成物質は鉱物。クラス六の一クリッド三センチ鋼板を貫く程度の対人魔術に複数回耐える耐久防御性能を有する。その他にも属性魔術に対する耐久性や稼働時間など、一般的に考え付くことが網羅されていた。技術的な知識を持った者が作成した仕様書のようだった。様式は違うが、アランティ工業でも同様の資料を使って製品を設計している。

 三枚つづりの紙をめくって目を通しながら、タリヴァスは女戦士に答える。

「ここはどこなんだ? こんな薄汚い所で作業しろっていうのか? 道具も何も持ってないぞ、俺は」

「後ろを見ろ。道具も材料もここに揃えてある」

 女戦士の言葉に、タリヴァスは後ろを振り返る。さっきは気付かなかったが、よく見れば周囲には資材や道具の入った木箱がいくつも置いてある。箱に手をかけて片脚で立ち上がると、洞窟の中は物で溢れていた。ぱっと目につくのは武具だ。鎧に剣に槍。他にも様々なモンスター拾得物があり、巨大な皮革、骨、目玉や瓶に入った体液などもある。いずれもマジックアイテムの作成に用いる材料で、ゴーレムの作成にも使える。箱の一つは煌びやかな魔法石で満杯になっていて、それだけで数百金セドニ数億円はありそうだった。

 そしてタリヴァスから見て右の方には合成炉があった。今は火が落ちているが、これも使用できるものなのだろう。ゴーレムの作成には不可欠なものだ。他にも鋳型を作る台、切削や研磨のための道具、鎚に鍛錬台など加工のために必要な道具も一揃いあるようだ。女戦士の言うように、必要な道具も材料も揃っている。

「ん……?!」

 タリヴァスは合成炉の脇に人がいる事に気付いた。禿頭の男で年齢は四〇歳ほどだろうか。汚れたシャツを肘までまくり上げ、太い腕が覗いていた。困ったような顔でタリヴァスを見ていて、目が合うとおずおずと右手を上げて男が言った。

「ゴドナ・グロツキンだ……鍛冶師だ」

 疲れ切ったようなグロツキンの声だった。服も汚れていて、まるで虜囚のようだった。タリヴァスは状況からこのグロツキンという男も攫われてきたのだと判断した。この女戦士にここに連れてこられたのだろう。

「……タリヴァス・アランティ。マジックアイテムの技術者だ。よろしく」

 笑顔を見せる余裕もなくタリヴァスが言うと、グロツキンも力無く答える。

「ああ……よろしく」

 しばし顔を見合わせたまま沈黙が続く。

 合成炉は鍛冶師の領分で、タリヴァスも普段は携わらない。子供の頃に祖父の手ほどきを受けて学んでいるため一応は扱えるのだが、社長となった現在は専門の鍛冶師に任せている。ここに鍛冶師であるグロツキンがいるのも同じ理由だろう。設計者と鍛冶師をそれぞれ攫ってきているのだ。

「その男と協力して作れ。食料はそこの袋に一週間分入っている。水はそこの壁の湧水を使え。一週間後にまた来るから、必要な物があればその時に言え。道具でも材料でも用意する。質問はあるか?」

 必要最低限の説明に、タリヴァスは聞きたいことが山ほどあった。だが感情的になってもこの女戦士相手ではこっちの身が危なくなるだけで、出してくれといっても時間の無駄だ。言われたようにゴーレムを作るしかない。

 タリヴァスは諦めて溜息をつき、技術者として確認すべきことが何かを頭の中で列挙する。

「……確認するが、ゴーレムを作るには魔格構造が必要なのは分かるか」

 タリヴァスの質問に、女戦士は小さく頷く。

「それは知っている。それがどうした」

「さっき……この場所に来る前にも言ったよな? 俺はワバク文字は刻めるが、魔力は扱えない。俺一人じゃ魔格構造は作れないが、それはどうすればいい? そっちの……グロツキンさん? 彼は魔術も使えるのか?」

「あの男も魔術は使えないが、問題はない。ここはダンジョンの内部だ。ここでなら魔力を持たない者にも魔格構造を作れると聞いている」

「ふむ、ダンジョンの中ね……」

 呟きながら部屋の様子をもう一度確認する。壁面に生えた発光苔。それに左脚の義足が魔力に反応して動いている。土中や大気中に魔力が存在するという事であり、それはつまりダンジョンの中という事だ。

 ダンジョンの中であればワバク文字は周囲の魔力を勝手に吸収する性質があるので、魔術師が魔力を注入する必要がない。自動的に実効構造となり、タリヴァスのような非魔術師でも機能する魔格構造を作る事が出来る。

「ちなみにここはどこのダンジョンなんだ? 何階だ?」

「それを知る必要はない。質問はそれだけか」

 逃げ出すための情報が欲しかったが、向こうも馬鹿ではない。そう簡単に教えてはくれないようだ。タリヴァスは質問を続ける。

「ゴーレムをこの仕様書の通りに作ったとしよう。それで、その性能はどうやって確認するんだ?」

 アランティ工業でも戦闘用ゴーレムは製造しており、その性能は試験場で確認している。所定の魔術耐性や強度があるか実際に試験攻撃を行って試すのだ。その為には或る程度広い敷地が必要だが、今タリヴァスがいるこの場所ではとても無理だ。物が多すぎて場所を確保できない。

「それは私が確認する」

「ほう、君も技術者なのか?」

「違う。私は戦士だ。ゴーレムと戦って、どのくらい強いか確認する」

 女戦士の言葉にタリヴァスは面食らう。

「君が……ゴーレムと戦う?!」

 ゴーレムは対モンスターを想定して作られる危険な魔術構造体だ。通常は人間には危害を加えないように作られるが、仮に人を襲えば命を奪うことなど容易い。そんなものと戦うなど正気の沙汰ではない。

 だが少し考えて納得した。ラグニアを生身で弾く化け物だ。それにこの女のパンチは、なるほど、ちょっとした魔力弾よりも強力かも知れない。ゴーレムと互角でもおかしくはない。何とも野蛮で定性的な試験だが、しかし、製作を命じたこの女がそれで納得するのならそれでいい。

「もし君が私のゴーレムに……負けたら? 私達はここに閉じ込められるのか?」

「それはありえない。その仕様書の性能であれば私の方が強い。それに、そこにある素材で私を超えるゴーレムを作ることも出来ない。余計なことは考えず、言われたとおりにゴーレムを作れ」

「なるほど……」

 タリヴァスは背後に所狭しと並べられた武具やモンスター素材のレア度を、もう一度ざっと確認する。

 武具や素材にはレア度があり六段階に分けられる。下からコモン、アンコモン、レア、スーパーレア、エピック、レジェンダリーとなる。ダンジョン拾得物の場合は階層が深ければ深いほど一般的にそのレア度は上昇し、性能や付加効果も高くなる。

 今ここにあるのはせいぜいレアどまりで、ほとんどがコモンかアンコモンのようだった。女戦士の言うように、その程度の素材では作れるゴーレムの性能もアンコモン級が上限となる。この女戦士の実力は、モンスターで言うなら恐らくレア級以上なので、倒そうとするならゴーレムの主要材料のほとんどをレア以上にしなければならない。つまりここの素材では不可能という事だ。

「最後の質問だが……」

 少しためらい、タリヴァスが聞いた。

「何だ」

「俺は……そこのグロツキンさんもだが、ゴーレムを仕様書通りに造ったら解放してくれるのか? 俺は会社に戻れるのか?」

 これが一番重要な質問だった。あの子供の言っていた仕事とはゴーレムの製造らしい。それが終われば生きて帰れると言っていたが、一体いつの段階で帰れるのか。延々とここで働かされるような事態はまっぴらごめんだった。

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