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「社長、お車の用意が出来ました。」

 セリナの言葉に、タリヴァスは奥のラグニアの試射会場をちらりと見ながら答える。

「そうか。どうするか……少し早いが、先に本社に行ってもいいかな?」

「お客様達はもうしばらく試射をご体験なさりたいようです。お客様を本社にお連れするのが少し遅くなるかもしれませんが、構いませんか?」

「ああ、構わない。予定だとお客さんの出発まであと二〇分ほどか?」

「左様です。今試射に並ばれている人数からすると、終わるのにあと三十分。準備も含めて、出発は二十分ほど遅れるかと思います」

「盛況なのは結構だ。存分に体験してもらってくれ。俺は先に行って準備をしておくよ。予定より契約が取れそうだと契約課にも伝えてくる」

 タリヴァスの言葉にセリナが微笑む。

「そうですか。ダンジョンでの実演がうまくいったようでなによりです。こちらの事はお任せください。では警備にも伝えてきますので、車でお待ちください」

 セリナが言うと、タリヴァスは小首をかしげながら言う。

「警備? いいよ、別に。俺一人で行くから」

 煩わし気なタリヴァスに、セリナは微笑みを崩さずに言う。柔らかい口調だったが、有無を言わせないような静かな圧力があった。

「そういうわけにはいきません。社長をお一人で行かせることは社の安全規約にも反します。ダンジョンから本社までの道は準安全地域ですから」

 ダンジョン周辺には財宝を求めて人が集まり村や町が出来ることが多いが、同時に野盗などの危険な集団が集まることもある。その為、ダンジョンを訪れたり周辺地域を通過する際の治安状況の目安として、カルバ王国は法律で危険地域の指定をかけている。

 危険、準危険、警戒、準安全、安全と五段階に分かれており、準危険以上の場合は一般人の通行が制限される。

 サイブルダンジョンの場合は準安全地域の指定がかかっている。過去に野盗が出現し、長期に渡って抗争や一般攻略者への略奪行為があったためそうなっているのだ。と言ってもそれは二〇〇年ほど前のことで、現在は野盗も消え問題はないのだが、一度準危険以上の指定がかかった場合は慣例として準安全より下がることはない。

 アランティ工業は創業三〇〇年で二〇〇年前の治安の悪い時代も経験している。その経験から準安全以上の地域では社員の通行には警備を必要とすることにしているのだが、タリヴァスが知る限りサイブルダンジョン周辺で問題が起きたことはない。

「全く、杓子定規だな。かびの生えた規約も見直した方がいいんじゃないのか?」

「安全はすべてに優先します。警備の者が準備できるまで、お車でお待ちください」

 セリナ相手に言い合いをしても勝てない。タリヴァスはそれを知っているので、それ以上は言わなかった。代わりに空いたシャンパンのグラスを渡した。

「分かったよ。じゃあ車で待ってるから急がせてくれ」

「かしこまりました、お気をつけて」

 そう言うとセリナは警備員の詰所に向かう。詰所には馬車が横付けされており、向こうも準備はできているようだった。それほど時間はかからないだろう。タリヴァスはそう思い、自分の車へと向かった。

 タリヴァスは杖を突きながら、硬く動きの悪くなった義足で歩いていく。特製の義足はダンジョン内では大気中の魔力の魔力の供給を受けて滑らかに動くが、地上には魔力がないので普通の義足としてしか使えない。魔力カートリッジのような方法で魔力を供給することは可能だが、その場合は大型化し歩きにくくなるのであまり意味がない。

 小型化にはタリヴァスも興味がないではなかったが、それよりもラグニアの改良の方が優先だった。時間も資源で有限であり、自分の足の為だけに費やす気はなかった。足の不便さは生来のもので、タリヴァスにとっては特に気になるものではなかった。

 五〇ターフ九〇メートルの距離を歩き、施設の入り口付近に止めた車に辿り着く。これもタリヴァスが開発したもので、大型の魔力カートリッジを動力に動く四輪の魔道車だった。この世に一台限りの物だ。

 二ターフ三.六メートルほどの全長で、中ほどに座席が二つ横に並んでいる。右が運転席で、左が助手席だ。座席の後ろは蓋のついた荷室になっているが今は何も入っていない。馬車と違って屋根は無いが、折り畳みの幌がついていて雨天時はそれを展開することが出来る。最高速度は時速二〇タルターフ三六キロで早駆けの馬には負けるが、一般的な馬車とは遜色がない。ただ航続距離が三〇タルターフ五四キロ程度と短く、長距離の移動には適さない。替えの魔力カートリッジを用意すればその分長く走れるが、荷室に満載しても二回分、最大九〇タルターフ一六二キロが限界だ。

 それにコストもかかっていて現時点での量産化は無理で、実質タリヴァス専用の移動手段となっている。近場の街や軍基地、本社からダンジョンまでの移動に使うことが多い。

 杖を助手席に放り込み、ドアを開けて運転席に乗り込む。義足で加速用のアクセルペダルの感触を確かめ、タリヴァスはシートにもたれながら腕を上げて背中を伸ばした。朝からずっと気を張っていて、普段なら感じない疲れが体に溜まっていた。慣れたつもりではいるが、やはり大勢の人の前で演説をぶつのは緊張する。

 肩をさすりながら、タリヴァスは大きなあくびをした。会社でも商談の場でも社長として振舞うのは中々に気合がいる。それに比べて、一人でいられる運転席というのは気が抜ける数少ない場所だ。試験場から本社まではせいぜい一五分の距離だが、誰にも邪魔されず気を休められる。大事な商談に向けて集中力を高める事が出来る時間だ。

 魔道車を起動して運転の準備をしながら待っていると、警備員を乗せた馬車がやってきた。そして御者台から警備隊長のゼイルが駆け降りて魔道車の隣に立つ。

「社長、用意が出来ました。本社まで先導します」

「ああ、頼む。まったくセリナは心配性だよ」

 タリヴァスの言葉にゼイルは困ったような笑みを浮かべる。

「まあそう言わず。私達の仕事を奪わんでください」

「そうだな。私を含め、社員と会社の安全を守るのが君らの仕事だからな。じゃあよろしく。後ろをついていくよ」

「はい。行くぞ、お前ら!」

 ゼイルが大声を張り上げると、止まっていた馬車は動き出しゼイルはそれに飛び乗った。幌のない荷馬車に、ゼイルを含め六人の警備員が乗っていた。全員初代のラグニアを携帯している。販売は軍や自治都市の警備隊だけに限られるが、自社の警備目的での使用は認められていた。なまじな軍隊よりも強力な彼らの乗った馬車に、魔道車を発進させタリヴァスは後ろをついていく。

 敷地から試験場の門を越えて外に出る。伐開され整地された道が森の間を通っており、それがずっと南方のラソーン市まで続いている。アランティ工業はその途中にあり、三百年前に森を切り開いて作られた。

 アランティ家は元々は商人の家系だったと言われている。約六〇〇年ほど歴史があるようだが、初期の記録はほとんど残っておらず口伝によるため判然としない。だが六〇〇年ほど前にサイブルダンジョンが生まれたのは確かな事実で、それを一番近くに存在するラソーン村、現在のラソーン市だが、そこが管理するようになったとされている。アランティ家もその村の一員だった。

 詳細は不明だが、二〇〇年程は村全体で管理する時代が続いたらしい。しかし今から四〇〇年前にアランティ家がダンジョンの権利を得て管理を引き受けるようになった。ダンジョン攻略者から金を徴収し、その金で宿場や医療施設も整備した。強力なモンスターが出て手に負えない場合は傭兵を手配して討伐するような事も行った。今では当たり前のことだが、当時としては先進的なことをアランティ家は手がけていた。

 そして現在のアランティ工業がある場所に、宿場が設けられた。攻略者が増えてダンジョンの目の前の宿場だけでは手狭になり、物資の運搬の手間などを考え村に近い場所に新たに宿場を開いたのだ。

 その宿場では宿泊や情報交換だけでなく、攻略用の道具や食料などを取り扱う施設も整備された。その販売施設がアランティ工業の前身で、初代が自分達でマジックアイテムの製造を始め、独立して会社が始まった。それが三〇〇年前のことだ。なお宿場の方は別の会社が引き継ぎ、現在もアランティ工業の隣で経営を続けている。

 盛夏に青く茂った森の間を馬車が軽快に進んでいく。その後ろを魔道車が続き、タリヴァスは顔に受ける風を楽しんでいた。

 タリヴァスは足の障害のせいで馬に乗れない。馬車に乗れば速度を楽しむことはできるが、自分で操るわけではないから面白味には欠ける。その点、魔道車は良かった。タリヴァスの義足でも制御可能で、自分で思いのままに操れる。風を切るという感覚を知ったのは、魔道車に乗ってからだ。

 道もいい。小石はなく、へこみもなく、実に快適に走る事が出来る。道路はラソーン市の管理だが、アランティ工業の本社からダンジョンまで、つまり今走っている区間はアランティ工業が実質的な管理を行っている。今日のお披露目会に合わせて整備させており、傷んだ部分は全部直させた。

「いやあ、ずっと走っていたいね」

 青い空。頬を撫でる風。魔道車から伝わる心地よい振動。自由を感じるひと時だった。商談が無ければ、本当にこのままどこかへ走り続けたい気分だ。

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