2-1 黒衣の襲撃者

 ウェイターの持つ盆からシャンパンを取り、一口飲んでタリヴァスは息をついた。よく冷えたシャンパンで喉を湿らせながら、タリヴァスは会場の様子を見てわずかに口角を緩ませる。

 今タリヴァスがいるのは、サイブルダンジョンの入り口から三〇〇ターフ五四〇メートル程離れた場所にある試験場だった。ダンジョンでのラグニア二号の実演を終えて地上に戻り、天幕で設えた会場で将軍たちに休憩をしてもらっている。

 試験場は名前の通りアランティ工業が自社商品を試験するための場所で、危険な爆発物なども扱えるように施設が整えられている。数年に一度調査のために軍がダンジョンに派遣されるが、その際もこの試験場を拠点として供出している。

 広い敷地にはいくつか天幕が張られ、将軍たちをはじめとする顧客が行き来している。そのうちの一つにはサンドウィッチやフィンガーフード、それにワインやドリンクが用意してあり、タリヴァスはそこで少し休んでいた。

 周りには顧客の兵士や役人も数名がいた。先ほどまで一緒にダンジョンにいた軍人も鎧を脱いで軍服になり、軽食をつまみながら仲間内で話したり、よその人間と情報交換をしているようだった。

 肝心の将軍たちはと言えば、今はラグニア二号の試射場でその性能を試しているところだった。一〇ターフ一八メートル離れた位置に標的の土塁や鉄板があり、それに向かって魔力弾を撃つ。威力はダンジョンで見た通りで、強威力であれば土塁も鉄板も簡単に貫通し、背後の強化壁さえ貫きそうな勢いだった。将軍たちは、新しいおもちゃに触れる子供のように順番を争っていた。

 その他にもブースがあり、テーブルで技術者が詳細な説明を行ったり、アランティ工業のその他の商品の説明を行ったりしている。参加者は全体で五〇名ほどだったが、みなラグニア二号に興味津々で今回のお披露目会は大成功といった様子だった。

 残ったシャンパンを飲み干し、タリヴァスは天幕の外に出た。雲のない青空が広がっており、まるで今日のアランティ工業の成功を祝っているかのようだった。サングラスを外して目を細めながら空を見上げ、タリヴァスはどのくらい契約をとれるかと算段を始めた。

 既に量産態勢は整えてあり、三〇〇丁までなら一か月以内に納品できる。過去の販売実績を考えての数量だが、今日の将軍たちの反応を見る限りもっといけそうだった。増やすとなると製造ラインの社員からは悲鳴が上がるだろうが、嬉しい悲鳴という奴だ。タリヴァスにとっては心地のいいメロディーにすぎない。

「ご機嫌良さそうで何よりですわ、社長様」

 横から聞こえた声に視線を向けると、タリヴァスの見知った顔があった。幼馴染のフィオレッタだ。アランティ工業の社員で魔術の素養があり、普段はマジックウェポンの要となる魔格構造の製造に従事している。だが今日は給仕の格好をしており、いつもは垂らしている金色の長髪を短く結んでいた。そして牛肉のフィンガーフードの乗った盆を持ちながら、不満げな光を湛えた青い瞳でタリヴァスを睨んでいた。

 タリヴァスはサングラスをかけ直し、フィオレッタに笑みを見せながら言った。

「フィオレッタ、やあ、似合ってるじゃないかその恰好。サンドウィッチも君が作ったんだって? 好評だよ。俺も食べたが美味しかった。才能あるんじゃないか」

 天幕に置いてある料理を指差しながらタリヴァスが言う。フィオレッタは鼻を鳴らしながら答える。

「あらそう。だったら来週から食堂に勤務しようかしら」

「それもいいかもな。魔格構造を刻むのは目が疲れるって言うし、隔週くらいでやったらどうだ?」

 タリヴァスの軽口に、フィオレッタは目を剥いて答える。

「馬鹿じゃないの? なんで私がそんなことしなきゃいけないのよ! 私は技術者! 私が抜けたらご自慢のラグニアも生産が止まるわよ!」

 声量を抑えながらも怒気を含んだ様子でフィオレッタが言う。その剣幕を受け流しながらタリヴァスは答える。

「生産ラインが止まるのは困るな。しかし、君が来てくれてよかったよ。やはりこういうのは女性でないと。おっさんの持ってきた料理なんてまずそうに見える」

「だからってなんで私が給仕しなきゃいけないのよ! お披露目会で仕事っていうから魔格構造の説明でもするのかと思ったら、料理の配膳?! こんなの外注しなさいよ!」

 今にも手に持った盆をタリヴァスに投げつけそうな勢いだったが、からかうようなタリヴァスの口調は変わらない。

「まあこれも経費削減だよ。説明は他の連中がやってる。バルシンとか」

 バルシンとはタリヴァス、フィオレッタ共通の幼馴染の男で、フィオレッタと同じくアランティ工業の社員だ。バルシンは鍛冶師で金属部品の製造を担当している。ラグニア二号の本体製造にも関わっている。

「あいつはラグニアの説明! 私はサンドウィッチ係! おかしいでしょ! 私は技術者なの! あっちで製品の説明をさせなさい」

 今にも噛みつきそうな勢いでフィオレッタが言う。しかしタリヴァスは一向に気にしない。

「代わりにバルシンがサンドウィッチを作るのか? 勘弁してくれよ。ガキの頃にあいつの作ったスープを食べて死にかけただろう? ゴブリンでも腹痛で死ぬ。死人を出す気か? 重要なお客さんたちだぞ、今日来ているのは」

「うるさい! 大体あんたは昔から――」

「ちょっといいかな、お嬢さん」

 フィオレッタの背後から声がかかった。軍服の男で階級は大尉。いくつかの勲章が胸で揺れている。ダンジョンにも一緒に来ていた男だった。

「あ、はい。何か御用ですか?」

 フィオレッタの形相が振り返ると同時に営業スマイルに変わり、オクターブの高くなった声で応対する。大尉はフィオレッタの持つ盆を指差しながら言う。

「それ、もらってもいいかな。随分おいしそうだ」

「はい、もちろんでございます」

 恭しくフィオレッタは盆を差し出し、大尉は肉の乗った小皿を手に取り、料理を口に放り込んだ。そして小皿を戻して盆ごと受け取り、料理が残ったままの口で言った。

「あっちのサンドウィッチもなくなってたよ。お代わりはもらえるかね」

 その言葉にタリヴァスは小さく噴き出した。それを背中で感じながら、フィオレッタは笑みを崩さずに答えた。

「はい、お持ちします。しばらくお待ちください」

「頼むよ。美味しいねえ、ここの料理は」

 嬉しそうに口をもごもごと動かし、大尉は料理の乗った盆と共に天幕の方へ戻っていった。食い意地の張った奴というのはどこにでもいるものだ。

「言ったろ? サンドウィッチ、好評だって」

「うるさい!」

 フィオレッタはタリヴァスを睨みつけ、腹立たし気に大股で事務所の方へと戻っていった。中にある厨房で追加のサンドウィッチを作ってくるのだろう。

 その背中を見送りながら、タリヴァスは近づいてくるセリナに気付いた。薄いブルーのスーツとタイトスカートで、小石の転がる地面だがいつもと変わらず高めのヒールを履いている。髪はシルバーに近いブロンドで、後頭部で丸く結い上げてまとめていた。留めているブローチにはサファイアが埋め込んであり、これもスーツ同様会社のイメージカラーに合わせたものだ。柔和な笑みを浮かべ、セリナは束ねた書類を抱えながらタリヴァスの側で足を止めた。

 セリナは社長であるタリヴァスの秘書だ。先代社長であるタリヴァスの祖父であるドラコルの頃から勤めている女性で、タリヴァスも昔から世話になっている。年齢は三四才だ。

 タリヴァスは一五歳で高校を卒業し、家業の手伝いとして祖父の下で社員見習いとして働いていた。タリヴァスにはマジックウェポン研究の才能があり、技術屋だった祖父の理解と支援を受けてその技術を磨いた。一方で人付き合いは苦手で、友人は幼馴染のフィオレッタとバルシンくらいの者だった。

 それでも技術があればいい。高校を卒業したばかりのタリヴァスはそう思っていたが、それが幼い考えであると教えたのはセリナだった。タリヴァスはいずれはアランティ工業の社長の座に就く。その時に求められるのは一介の技術者としての能力ではなく、人の上に立ち、人を率いる力である。人を知り、関わらねばならない。その思いを汲み取り、願いを叶えなければならない。世の中に必要とされるものを作り、金を稼ぎ、アランティ工業に勤める従業員を養わなければならない。その為には人としての度量が必要であり、人付き合いが苦手などと言っている余裕はない。

 タリヴァスはその言葉で冷や水を浴びせられた気分だった。漠然と、いつかは自分が社長になるのだろうと思っていた。そうなれば自分の好きな物が作れるようになると。その為に技術を身につけようと思っていた。しかし会社の経営とはそれだけ務まるものではない。自分の思いも重要だが、大勢の人の支えがあってこそ初めて会社は成り立つ。そしてその支えを生かし、自分が会社を導いていかねばならない。自分はすでに、人を率いるべき立場としてその一歩を歩み始めているのだと、それをセリナに教えられた。

 そしてタリヴァスは考えを改め、積極的に人と関わるようになった。うまくいかないこともあったが、様々な立場の人と関り考えを知ることで、世の中には色々な考えの人がいるという事を理解した。やがて人の心の機微を測れるようになり、それは商品の宣伝や商談の場でも役立つようになった。

 そのようにして三年が経ち、自信がつき始めた一八の年に祖父であるドラコルが死んだ。病気による急死だった。右も左も分からぬままに社長の座を継ぎ、アランティ工業を率いる事となる。それからの三年間は順風満帆とはいかなかったが、ラグニアの開発もあり現在の業績は悪くない。

 そして今日を迎えたのだ。ラグニア二号のお披露目という晴れがましい日を。

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