1-5
「御覧ください! あのモンスターこそが世にも珍しいサンドシャークです!」
飛び出てきたサンドシャークを右手で指し示し、タリヴァスが恐れる風もなく言う。
「身の丈は
「おお! 三階にしては大きいモンスターだな!」
バノン将軍が身を乗り出すようにして言った。他の将軍たちも初めて見るサンドシャークに目を奪われ、腰に佩いた剣の柄に無意識に手をかけていた。
サンドシャークは空中から砂に落下し、再び大きく砂を跳ね上げた。そして体を半分ほど砂に沈めて泳ぎを再開し、鼻先を警備員たちに向けた。距離は
「奴はサイブルダンジョンでも変わり者でして。おっしゃるように三階にしては随分大型のモンスターです。倒すにはいくつか方法がありますが、まずは定石通り遠距離から高威力の魔術をぶつける事。怯ませて横倒しにして、比較的鱗の薄い腹部を戦士たちが追撃してとどめをさす」
タリヴァスが説明を続ける間もサンドシャークは眼下の警備員たちに迫っている。サンドシャークは大きな口を広げ、のこぎりの様に並んだ歯列を見せつけた。距離は
「おい、大丈夫なのか?」
将軍の後ろに控えていた軍の関係者が見かねたように言った。他の者たちも言葉にこそ出さないが、高速で接近するサンドシャークを目の前に不安を感じているようだった。
今ここに魔術師はいない。みな戦士に属する者ばかりで、今タリヴァスが言った方法を実践できるものはいない。もちろん将軍を含め戦士としての実力は十分だが、しかし、今日は安全な新商品の説明会に来ただけだ。戦う心づもりなどできていない。
大丈夫のはずだ。しかし、ひょっとして……。そんな不安が将軍やとりまきの者達の心に浮かぶ。だがそれを意に介さないように、悠然とタリヴァスは答えた。
「ご安心ください。最新の定石が、危機を打ち砕きます」
猛然と襲い掛かるサンドシャークの顎が不意に砕けた。美しいと言えるほどの歯列が砕け、血と共に破片をばらまく。
次いで右の胸鰭が千切ったように後方に吹き飛んだ。サンドシャークの鱗は一枚が
サンドシャークは鰭を一枚失って姿勢を崩し、進路が左に逸れた。しかし止まることはなく、尾びれで激しく砂を打ってさらに加速した。
それをラグニアの魔力弾が迎え撃つ。
サンドシャークの鼻先に鈍い音と共に穴が開き、潰れた肉の間から血が滲み出る。左目付近にも着弾し、瞬膜で覆われた目が爆ぜて血と漿液が飛び散る。上の歯列にも魔力弾が当たり、再び何枚もの歯が折れた。ラグニアの攻撃は続く。一撃ごとの傷は小さく見えるが、貫通力の高い魔力弾が肉体の内部までを破壊していた。撃ち出される魔力弾に慈悲はなく、サンドシャークの体を一撃ごとに破壊し致命的な傷を与えていく。
巨人が堤を棒で突いて穴でも開けていくように、サンドシャークの巨体が見る間に傷つき崩れていく。それは将軍たちが見た事のない巨大モンスターの倒し方だった。
警備員たちまでもう
将軍たちが安堵しかけた所で、再び空を裂くサンドシャークの咆哮が響いた。残った左の胸鰭と尾鰭で体の向きを変え、サンドシャークは警備員たちに向き直る。そして無機質な殺意を膨らませ、傷だらけの牙で襲い掛かろうとした。
だが、それは成しえなかった。四人のラグニアが一斉に放たれ、そのうちの一発がサンドシャークの脳天を貫いた。大きく開いた口の中に撃ち込まれ、それが貫通したのだ。
頭部と背の境界辺りの肉が内側から貫かれ、血と共に飛び出し、それでサンドシャークは動きを止めた。巨体がもう一度傾き、今度こそ襲ってくることはなくなった。
サンドシャークの巻き上げた砂塵がゆっくりと風になびいて消えていく。流れ出る血は砂漠に吸い込まれ、赤黒い染みを作っていた。四人の警備員たちはラグニア二号をサンドシャークに向け構えていたが、完全に死んだことを確認し構えを解いた。
「これが新しい定石、ラグニア二号による攻撃です」
タリヴァスの言葉に、居並ぶ将軍たちは言葉もなかった。
とはいえ、サンドシャークには高い知能はない。魔術耐性などの付与魔術も保持していない。それはサンドシャークの反応を見れば、慣れた攻略者や軍人なら理解できる。だから図体が大きいだけで、もっと深い階層で出会う大型モンスターに比べれば脅威は数段劣る。それは分かる。
それでも、大きい事は単純に脅威だ。力が強く、体力があり、急所までが遠い。普通に考えれば、戦士が四人いても、魔術師が四人いても、このような正面切っての戦いは無謀な行為に過ぎない。
だが現実はどうだろうか。たった四人の警備員が、巨大なサンドシャークをいともたやすく、何の損害も無しに退治してのけたのだ。
「信じられん……」
ハネル将軍は岩場に転がるサンドシャークの死体を見ながら独り言のように言った。
タリヴァスが最初に言ったように、大型モンスターはまず高威力の魔術で攻撃するのが定石だ。深手を与え、混乱させ、姿勢を崩させる。そこを戦士たちが叩く。
だが今の戦いで警備員たちが行ったのは、ラグニア二号を撃ち続ける事だけだった。強力無比な貫通攻撃がサンドシャークの巨体を一撃ごとに消耗させる。貫き、砕いていく。常識から言えばどこか不可思議とさえいえる戦い方だ。普通の魔術師が魔力弾を撃ってもこうはならない。将軍たちが見た事もない戦術だった。
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