1-5

「御覧ください! あのモンスターこそが世にも珍しいサンドシャークです!」

 飛び出てきたサンドシャークを右手で指し示し、タリヴァスが恐れる風もなく言う。

「身の丈は一〇ターフ一八メートルにも及び、硬く鋭利な鱗と何列もの牙を持ちます。水を泳ぐ魚のように砂の中を泳ぎ、砂漠に入り込んだ獲物に食らいつき、牙で引き裂き、一呑みにする。迂闊に入り込むとあっという間にパーティが全滅することになります」

「おお! 三階にしては大きいモンスターだな!」

 バノン将軍が身を乗り出すようにして言った。他の将軍たちも初めて見るサンドシャークに目を奪われ、腰に佩いた剣の柄に無意識に手をかけていた。

 サンドシャークは空中から砂に落下し、再び大きく砂を跳ね上げた。そして体を半分ほど砂に沈めて泳ぎを再開し、鼻先を警備員たちに向けた。距離は二〇ターフ三六メートル。サンドシャークの巨体からすればもうほとんど距離はないに等しい。

「奴はサイブルダンジョンでも変わり者でして。おっしゃるように三階にしては随分大型のモンスターです。倒すにはいくつか方法がありますが、まずは定石通り遠距離から高威力の魔術をぶつける事。怯ませて横倒しにして、比較的鱗の薄い腹部を戦士たちが追撃してとどめをさす」

 タリヴァスが説明を続ける間もサンドシャークは眼下の警備員たちに迫っている。サンドシャークは大きな口を広げ、のこぎりの様に並んだ歯列を見せつけた。距離は一〇ターフ一八メートルを切っていた。砂粒の舞い散る音が、将軍たちの耳にもはっきりと聞こえてくる距離だ。

「おい、大丈夫なのか?」

 将軍の後ろに控えていた軍の関係者が見かねたように言った。他の者たちも言葉にこそ出さないが、高速で接近するサンドシャークを目の前に不安を感じているようだった。

 今ここに魔術師はいない。みな戦士に属する者ばかりで、今タリヴァスが言った方法を実践できるものはいない。もちろん将軍を含め戦士としての実力は十分だが、しかし、今日は安全な新商品の説明会に来ただけだ。戦う心づもりなどできていない。

 大丈夫のはずだ。しかし、ひょっとして……。そんな不安が将軍やとりまきの者達の心に浮かぶ。だがそれを意に介さないように、悠然とタリヴァスは答えた。

「ご安心ください。最新の定石が、危機を打ち砕きます」

 猛然と襲い掛かるサンドシャークの顎が不意に砕けた。美しいと言えるほどの歯列が砕け、血と共に破片をばらまく。

 次いで右の胸鰭が千切ったように後方に吹き飛んだ。サンドシャークの鱗は一枚が三クリッド九センチ程で、付与魔術の無い矢では貫けず、剣で傷つけることも容易ではない。その鱗をラグニア二号の強威力の魔力弾が一気に貫通し、二ターフ三.六メートル近い幅の胸鰭を付け根から離断させたのだ。

 サンドシャークは鰭を一枚失って姿勢を崩し、進路が左に逸れた。しかし止まることはなく、尾びれで激しく砂を打ってさらに加速した。

 それをラグニアの魔力弾が迎え撃つ。

 サンドシャークの鼻先に鈍い音と共に穴が開き、潰れた肉の間から血が滲み出る。左目付近にも着弾し、瞬膜で覆われた目が爆ぜて血と漿液が飛び散る。上の歯列にも魔力弾が当たり、再び何枚もの歯が折れた。ラグニアの攻撃は続く。一撃ごとの傷は小さく見えるが、貫通力の高い魔力弾が肉体の内部までを破壊していた。撃ち出される魔力弾に慈悲はなく、サンドシャークの体を一撃ごとに破壊し致命的な傷を与えていく。

 巨人が堤を棒で突いて穴でも開けていくように、サンドシャークの巨体が見る間に傷つき崩れていく。それは将軍たちが見た事のない巨大モンスターの倒し方だった。

 警備員たちまでもう数ターフ数メートルの距離だったが、サンドシャークの進路は大きく左に逸れ横倒しに砂に岩場に乗り上げた。しばらく岩の上を滑って、せり出した岩に顔面をぶつけてようやくその巨体が止まる。地響きに似た振動が上方の将軍たちの足元にも届く。

 将軍たちが安堵しかけた所で、再び空を裂くサンドシャークの咆哮が響いた。残った左の胸鰭と尾鰭で体の向きを変え、サンドシャークは警備員たちに向き直る。そして無機質な殺意を膨らませ、傷だらけの牙で襲い掛かろうとした。

 だが、それは成しえなかった。四人のラグニアが一斉に放たれ、そのうちの一発がサンドシャークの脳天を貫いた。大きく開いた口の中に撃ち込まれ、それが貫通したのだ。

 頭部と背の境界辺りの肉が内側から貫かれ、血と共に飛び出し、それでサンドシャークは動きを止めた。巨体がもう一度傾き、今度こそ襲ってくることはなくなった。

 サンドシャークの巻き上げた砂塵がゆっくりと風になびいて消えていく。流れ出る血は砂漠に吸い込まれ、赤黒い染みを作っていた。四人の警備員たちはラグニア二号をサンドシャークに向け構えていたが、完全に死んだことを確認し構えを解いた。

「これが新しい定石、ラグニア二号による攻撃です」

 タリヴァスの言葉に、居並ぶ将軍たちは言葉もなかった。一〇ターフ一八メートル級のモンスターと言えば、倒すまでに時には一時間以上かかることもある。それが僅か数分で終わってしまった。

 とはいえ、サンドシャークには高い知能はない。魔術耐性などの付与魔術も保持していない。それはサンドシャークの反応を見れば、慣れた攻略者や軍人なら理解できる。だから図体が大きいだけで、もっと深い階層で出会う大型モンスターに比べれば脅威は数段劣る。それは分かる。

 それでも、大きい事は単純に脅威だ。力が強く、体力があり、急所までが遠い。普通に考えれば、戦士が四人いても、魔術師が四人いても、このような正面切っての戦いは無謀な行為に過ぎない。

 だが現実はどうだろうか。たった四人の警備員が、巨大なサンドシャークをいともたやすく、何の損害も無しに退治してのけたのだ。

「信じられん……」

 ハネル将軍は岩場に転がるサンドシャークの死体を見ながら独り言のように言った。

 タリヴァスが最初に言ったように、大型モンスターはまず高威力の魔術で攻撃するのが定石だ。深手を与え、混乱させ、姿勢を崩させる。そこを戦士たちが叩く。

 だが今の戦いで警備員たちが行ったのは、ラグニア二号を撃ち続ける事だけだった。強力無比な貫通攻撃がサンドシャークの巨体を一撃ごとに消耗させる。貫き、砕いていく。常識から言えばどこか不可思議とさえいえる戦い方だ。普通の魔術師が魔力弾を撃ってもこうはならない。将軍たちが見た事もない戦術だった。

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