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 前を行く警備員の一人がラグニアを構えながら一つ目の出入口へと近づいていく。壁が横二ターフ三.六メートル、高さが一.五ターフ二.七メートルくらいの大きさに四角く開いており、警備員はその手前で立ち止まり中の様子を窺う。視線と共にラグニアの向きを変えながら警戒し、一歩中に入り込んでさらに内部の様子を確認する。

 その間集団は足を止めていたが、警備員が外に戻り手を上げた。

「内部は問題ありません。モンスターの気配なし」

「分かった。前進する」

 警備隊長が答え、そしてタリヴァスに確認を取るように振り返る。タリヴァスも頷き、集団は再び前進する。

 やがて二つ目の出入口に近づく。通路の一番奥には三つ目の出入り口があるが、そこからモンスターが来る様子はない。その途中までは遮蔽物もなくモンスターが隠れる余地もない為、警備隊長は二つ目の出入り口に向かって進む。

 先ほどと同じように警備員の一人が出入口に近づいて中の様子を窺う。ここも一つ目と同じような大きさに四角く壁が抜けており、外から中の様子がぼんやりと見えた。

 その部屋の中は薄暗く、光も一様ではなかった。奥には木や草などの植物が見え、様相が外の通路とは違っている。将軍たちも前方の警備員たちの背中越しに、背伸びして部屋の様子を見ていた。

 二人の警備員が中に入り、しばらくして腕を上げた。

「モンスターなし、問題ありません!」

「よし、前進する」

 警備隊長が大きな声で答え、そして部屋の内部へと入っていく。集団は横に五列ほどになって薄暗がりの中へと歩みを進めた。そして急に上がった気温と湿度に将軍たちは少し驚く。

「ここからは少し温かくなります。南のデリーバ地方のような気候と言ってもいいでしょう。サイブルダンジョンでは、二階から四階にかけてがそのような環境となっています」

 タリヴァスが説明しながら前に進んでいく。足元は黒く湿った土で覆われ、シダや様々な草が生い茂っていた。踏み固められた部分は道になっており歩きやすくなっていたが、そこから外れると腰ほどの高さの下草で足元も見えないほどだった。それに木も生えており、長くしなやかな葉が伸びて行く手を遮っていた。

 部屋に入ってすぐの場所は五ターフ九メートル程の高さのレンガのような天井や壁が見えたが、数ターフ数メートルで蔦や苔に覆われて見えなくなっていた。土の下や木の向こうには壁があるようだったが、かなり分け入っていかないと確認することはできなさそうだった。

「少し暗いですので、明かりを投げます」

 タリヴァスが言うと警備員は足を止め、用意していた魔法燐を十ターフ一八メートルほど先に投げる。数秒で光が発せられ、薄暗い森が足元から照らされる。

 魔法燐は照明用のマジックウェポンで、専用の着火装置で打撃すると構成材料が封入された魔力に反応して緑の蛍光を発する。熱はないから火事の心配もなく、空気も汚れないから密室でも使える。ダンジョン攻略のために広く使われているものだ。作っている会社もたくさんあるが、今投げたのは当然、アランティ工業の商品だ。

「この通路は熱帯雨林に近い植物に覆われていて、動物系のモンスターが潜んでいることもあります。どうだ、何かいるか?」

 一人の警備員が先行し周囲を確認する。そして体ごと左右に視線を動かしている途中で、何かを見つけた様に反応する。

「化けきのこです! 三体!」

 その報告と共に、右の木々の間から激しく動く音が聞こえた。草をなぎ倒し走るような音。集団の先頭で警備隊長たちはラグニアを構えて警戒する。

 警備隊長の三ターフ五.四メートルほど前方の茂みから、急に飛び出てくるものがあった。開いた笠、白く太い胴、短い脚。化けきのこだ。半ターフ〇.九メートル程の背丈で、その後ろからややこぶりの化けきのこが続けて二体飛び出してくる。

 警備隊長たちは即座に反応しラグニアで撃った。魔力弾の音が軽く響き、化けきのこは地に足をつける前に空中で撃ちぬかれた。繊維をこすり合わせたような小さな悲鳴を出し、化けきのこは地面に転がり落ちる。即死だった。

 化けきのこはそれほど危険ではなく、攻撃性も低い。どちらかと言えば怖がりで、人の気配を感じると動きを止めて隠れようとする。しかし見つかると驚いて走り出し、結果として攻略者と戦闘に陥ってしまうことが多い。今出てきたのも警備員に見つかって動転したからだろう。

 先行している警備員はさらに周囲を確認するが、他にはモンスターはいないようだった。手を上げて警備隊長に合図した。

「良さそうだな。では、前に進みます。あと三〇ターフ五四メートルで階段が見えてきます。お目当てのモンスターはもうすぐです」

 警備員は化けきのこの死体を脇に除けて前進する。タリヴァスはその死体を杖で突きながら言った。

「実はさらに改良したラグニアを考えています。火を噴き出すやつを。完成したら化けきのこのローストが楽しめるようになりますよ」

 その言葉で将軍たちは小さく笑う。飢えた攻略者がモンスターを食べて腹を壊すというのも昔からある話だった。実際、焼けた化けきのこの匂いはそれほど悪くない。

 蛍光で照らされた通路を進み、角を曲がると階段が見えてくる。階段の下からは光が差し込み、薄暗い林の中を照らしていた。

 階段も蔦や草で覆われていたが、辛うじて足元の石段の名残があり階下へ二〇ターフ三六メートルほど続いている。各自転ばないように慎重に進み、タリヴァスも杖で足元を確認しながら降りていく。

 三階に降りると目の前には森と砂漠が広がっていた。天井は高く一〇ターフ一八メートル以上あり、奥行きは見える範囲だけで五〇ターフ九〇メートルはありかなり広い。発光苔がよく繁茂しており十分な光量がある。

 右側には森林があり、通路がその薄暗い内部へと続いている。そして左の方には下向きの勾配がついた岩場があり、さらにその先には砂地が広がっている。牙のようにせり出した岩。小高い砂丘。天井からも岩が所々松脂のこぶの様に垂れ下がっていた。

 地上ではありえないダンジョンならではの風景に、久しぶりに将軍たちは息を呑んだ。かつてはダンジョン攻略に参加したこともある将軍たちだったが、ダンジョンごとにその構造は異なっている。初めて見るサイブルダンジョンに、自然に対する畏敬の念を感じていた。もっとも、ダンジョンは大昔に魔術師が開いた人工物と言われているのだが。

 タリヴァスが前に出て、将軍たちを見ながら言う。

「さあ、ここが地下三階です! 熱気と活気にあふれ、モンスターの種類も多くてごわくなっていきます。感じますか? 熱い風の中に混じる不穏な気配を?」

 問いかけ、そして自ら答えるように言葉を続ける。

「右に続く森林には獣が潜み、そして左の砂漠には珍しいものがいます。事前情報を持った普通の攻略者であれば森を選びますが、今日私達は砂漠の道を選びます。そうでなければ、ラグニア二号の力はお示しできません」

 タリヴァスは警備隊長に視線を向ける。警備隊長は小さな双眼鏡で砂漠の方を見ているところだった。

「……姿は見えません。おびき出します」

「よし、頼む」

 タリヴァスの声に警備隊長は頷き、ラグニアを持った四人は岩場を進んで砂地へと下っていく。

 その姿をしばし見送り、再びタリヴァスは将軍たちに視線を戻す。

「さて、我々も下へ降りたいところですが、いささか危険があります。皆さんはここで様子をご覧ください」

「なんのモンスターが出るのかね? さっきは大物がいると言っていたが」

 四番基地のシェイル将軍が尋ねた。これからの展開に期待を隠せないといった様子で、目を輝かせ鼻の穴を膨らませている。

「ご説明してもいいですが、ネタ晴らしはやめておきましょう。どの道あと数分で姿を……おや、もう来たようですね。奥の方、砂丘の脇に見えます」

 タリヴァスに言われ将軍たちは一斉に視線を砂漠の先に向ける。岩場を一〇ターフ一八メートル下った砂地との境界の先、三〇ターフ五四メートルほどの位置に砂煙が立っていた。

 砂が空中に跳ね上げられ、砂塵が蛇行しながら接近してくる。つむじ風ではない。砂中に何かが潜んでいる。

「おお、あれが……!」

 感心した様子でハネル将軍が声を上げる。他の将軍たちもそのモンスターを見極めようと目を凝らす。

 砂塵がタリヴァスの下方で構える四人の警備員たちに接近していく。各自ラグニア二号の筒先を砂漠に向け、いつでも撃てる状態だった。

 大きく砂が跳ねた。砂の中で爆発が起きたように轟音を伴って大きく弾け、そして黒い影が宙に舞う。

 それは巨大な鮫だった。数多あるダンジョンの中でも生息が珍しい、海ではなく砂に棲む種族。サンドシャークだ。

 空気を吠え声が裂いた。鋭利な牙のように、荒々しいヒレの動きのように、サンドシャークの吠え声が耳朶を打つ。一〇ターフ一八メートルの体長から吐き出される吠え声は、人間の体を暴風のように揺さぶった。

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