1-3
「これで終わりです。時に初心者を苦しめる我がサイブルダンジョンのゴブリン通り。ですが、どうですか? わずか数分で片付いた。しかも誰一人、かすり傷の一つさえ負っていない」
タリヴァスは将軍たちを振り返り、杖を持っていない左手を大仰に振って言葉を続けた。
「相手はゴブリンでしたが、リザードマンでも同じです。オーガ、スケルトンなどの他の人型モンスターや、獣や昆虫のモンスターが相手でも有効です。矢では効果の薄いスライムや死霊にも十分な威力を発揮します。既にお使いの方はご存じですよね? そして、ラグニア二号は従来型よりもさらに利便性が高まっています」
タリヴァスの説明を聞いて、七番王軍基地の将軍、バノンが質問した。
「確かにな。うちはラグニアを使わせてもらっているが、盾や鎧ごと貫通できるというのは大したものだ。盾を構えて突っ込んでくるモンスターには、結局昔ながらの肉弾戦に持ち込まれることが多かったからな」
我が意を得たりとばかりに、タリヴァスが頬を緩めながら相槌を打つ。
「そうでしょう? 使用時の感想などは伺っておりますから、当然皆さんの感じた不満、弊社の商品の未熟な点なども理解しております。日々研鑽に努めさせてもらっております。ラグニア二号では、それらを改善点としています」
「ふむ、それで今のでどれくらい弾を使ったんだ? 強いのはいいが、入り口で全部撃ち尽くしたのでは意味がない」
「おっしゃる通り。君、残りの魔力はどのくらいだ?」
タリヴァスが警備隊長に問いかける。警備隊長は広間の奥を注視しゴブリンに警戒していたが、視線を手元に移して確認する。
「消費魔力は五割ほどです。残りの魔力で、中威力であれば七発、強威力であれば五発程度の残弾です」
淡々とした警備隊長の声に、タリヴァスは満足げに頷く。
「ラグニア二号は一台で一四発、四台で四八発。試算ではモンスターを一体倒すのに一.五発必要となり、倒せるモンスターは平均三二体です。今ほどの戦闘では効率よく倒すことが出来ましたので、最大四〇体程度を倒せる計算です。つまり、あと二〇体は倒す余裕があります」
タリヴァスは反応を見ながら説明を続ける。
「ダンジョン攻略者が一度の攻略で安定して倒せるモンスターの数は一人当たり一〇体とされています。まあ皆さんは軍関係者ですので、皆さんの部下の能力はもう少し高いかも知れませんが、仮に一〇体とします。その場合、今我々の前にいる当社の警備員による編成は八名。八〇体が安定して倒せる数です。そのうちの二〇を既に倒しました。ほとんど消耗もなく。唯一減ったのは……」
タリヴァスが横を向くと、タイミングよく警備員の一人がラグニア二号の予備の魔力カートリッジを差し出す。魔力を蓄積する宝石を粉砕しガラス質の素材で石板状に加工し、それに魔格構造と持ち手を取り付けたものだ。長さは
「この魔力カートリッジは使った分魔力が減っていきます。しかし今回は一人につき三個の予備を持ってきていますので、最初に装填された分と合わせて四個、計五六発分の魔力があります。四人で一個ずつカートリッジを使うと約四〇体のモンスターが倒せ、四つ全て使えば一六〇体。それだけのモンスターを倒せます」
タリヴァスは魔力カートリッジを警備員に返し、左手を広間の先に向けた。
「ラグニア二号は進化を遂げた。ゴブリン程度なら従来機以上に安全に素早く倒すことができる。それはご理解いただけたことかと思います。しかし、次に気になっていることがあるはずです」
「それは……」
王都防衛軍の将軍、ハネルが口を開いた。白髪の混じった顎髭を撫でながら、興味深そうにタリヴァスに聞く。
ハネルの階級は少将で他の将軍と同じだが、王都軍と地方軍では格付けが違う。王都軍の方が実質的には上で、つまりここにいる軍人の中では一番階級が高い。かつて戦場やダンジョンで使用していたままの傷の残った鎧を身につけているが、それはハネルが勇猛な騎士であったことの証で、それは他の者にとっても周知の事実だ。強さを求め、戦いを愛する男だった。
「この先、ダンジョンの三階にでかい奴がいる事と関係があるのかね?」
ハネルの問いに、タリヴァスは笑顔を見せた。そして鷹揚に頷き、ハネルに答える。
「流石はハネル少将、このダンジョンのこともよくご存じでいらっしゃる。おっしゃるようにゴブリン通りを抜けるとその先に三階への階段があります。そこからさらに分岐しますが、左のルートには……大物と呼んで差支えのないモンスターが潜んでいます。まさにそれが、次にお見せしたいものです」
タリヴァスは警備隊長を振り返り聞いた。
「ゴブリンの出てくる様子は?」
「ありません。全滅したようです」
ラグニア二号を構えながら警備隊長が答える。言葉の通り、広間には最初聞こえたようなゴブリンの動く音はもう消えているようだった。これまでのアランティ工業の調査では、このゴブリン通りに一度に出てくるゴブリンの最大数は二〇体程となっている。時間が経てばダンジョンから生み出される新たなゴブリンがまたこの広間の壁の穴に住み着くのだろうが、今はもう空き家になっているようだ。
「よし、では前に進むとしよう。色々と説明をするつもりでしたが、ハネル少将のおかげで手間が省けました。話が早い」
タリヴァスの言葉にハネルは少し柔和な表情を見せた。周りの将軍たちも流石だなどと小声で呟きながらその様子を見ていた。悪くない雰囲気にタリヴァスは満足し、警備隊長に目配せした。
「周辺警戒。前進する」
警備隊長の言葉に警備員たちは反応し、ラグニアを構えて前に進み始めた。その脇を抜けて別の四名の警備員が前に出て、横四人の列が通れる程度にゴブリンの死体をどける。引きずられた死体で赤い血痕が伸び、血だまりのレッドカーペットが広がる。
「足元にご注意を。弊社ではダンジョン攻略に役立つ商品を作っておりますが、香水はございません」
タリヴァスの軽口で、血臭の漂う中に将軍たちの軽い笑い声が響いた。新人の攻略者が荷物の中に香水を入れてきたというのは、昔からある笑い話だった。最低限の荷物というのは攻略者の常識だが、薬品や食料を削ってまで臭いを気にして香水を持ってくるというのは、綺麗好きで世間を知らない貴族の軍人というわけだ。
足音に床の血がはねる。タリヴァスの義足も杖も血で濡れ、それが乾いた床に跡をつける。ゴブリンたちの死体の間を通り抜けながら、一行はダンジョンを先に進んだ。
ゴブリン通りのある広間はいくつか分岐しているが、先に続いているのは一つだけだ。そこを進んでいくと、やがて石畳とレンガの壁が続くエリアに出る。ここからは人工的な構造が続き、階層が深くなると罠が仕掛けられていることもある。しかし二階ではまだ罠の心配はない。
通路は前方に
「
タリヴァスの指示に従い、集団は通路の右側を進んで二つ目の部屋に入る。警備隊長が先行し、モンスターがいないことを確認してから奥に進む。
鋼のアルヴェンタイン 登美川ステファニイ @ulbak
★で称える
この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。
フォローしてこの作品の続きを読もう
ユーザー登録すれば作品や作者をフォローして、更新や新作情報を受け取れます。鋼のアルヴェンタインの最新話を見逃さないよう今すぐカクヨムにユーザー登録しましょう。
新規ユーザー登録(無料)簡単に登録できます
この小説のタグ
参加中のコンテスト・自主企画
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます