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 ゴブリンにも種類はあるが、今現れたのは下級のモンスターでそれほどの脅威ではない。大抵のダンジョンで最初に出会うモンスターで、初心者の腕試しに用いられることも多い。

 とは言え、モンスターはモンスターだ。人間に対して明確な攻撃心と殺意を持ち、ここに現れたのだ。タリヴァスの後ろにいる将軍たちもかつてはダンジョンの中でゴブリンを倒した経験があるが、出世した今となっては直接相対することはまずない。久しぶりに感じた生のモンスターの存在感に、将軍たちは僅かな動揺を見せた。

 その予定通りの反応に、タリヴァスは内心で微笑んでいた。しかし表情は崩さず、決然たる様子で号令をかけた。

「攻撃開始!」

 警備隊長がラグニア二号の引き金を引き、内蔵された魔力が弾丸となって射出された。反動は軽く、空を切る音も小さい。しかし放たれた魔力弾は確かな威力を持ってゴブリンに到達する。

 ゴブリンの眉間に赤い穴が穿たれ、貫通した後頭部から血が飛び散った。声もなくゴブリンの体は傾ぎ、棍棒を取り落とし床に倒れ込んだ。タリヴァスの後ろで、歓声のような溜息のような声が小さく響いた。

「ゴブリン程度であれば一撃。それは当然変わりません。確認していただきたいのは、その傷の大きさです。ここからでは正確には測れませんが、工場での計測では魔力弾の直径は従来よりさらに細く、つまり高密度、高威力となっています。わずかな差ですが進歩しています。そして……」

 周囲の壁面全体から擦れるような音が響き始める。不意に甲高い吠え声が聞こえ、それを皮切りにいくつもの声が重なる。唸り、滴り、近づいてくる。無数のゴブリンが穴の奥で動き始めたのだ。

「今の音でゴブリンたちが一斉に動き出しました。じきにこのゴブリン通りは彼らの雑踏と喧騒で埋め尽くされるでしょう。しかしご安心ください。ラグニア二号が速やかに彼らを始末します」

 タリヴァスの言葉に応えるように、新たなゴブリンがさっきとは別の穴から姿を現した。背丈は同じほどで、棍棒ではなく錆びた短剣を持っている。そのすぐ後ろからもまた別のゴブリン。そして別の穴からは兜と盾を装備した個体。五体のゴブリンが姿を見せた。

 ゴブリンの一体が歯を剥いて威嚇するように低く叫んだ。手にした短剣を振り上げ、そして首を振りながら唾液をまき散らす。そしてタリヴァス達の方へと向かい大股に走り出した。それに触発されてか、他のゴブリンたちも動きだす。戦術も何もない。獣じみた突撃だった。

 初心者の攻略者パーティなら身を竦ませるだろう。死を恐れぬ獰猛な亜人。剣や弓の一撃を受けても逃げる事は少なく、手足が千切れても血をまき散らしながら襲ってくる。頭を切り落としても噛みついてくるというのはよく言われる噂だった。

 だがそれも、改良されたラグニア二号の前ではこけおどしに過ぎない。

 魔力弾が射出され、硬く張った板がたわむような音が響く。そして薄く緑色に光る魔力弾はゴブリンたちへと吸い込まれるように飛んでいき、その体を易々と貫いた。一番前のゴブリンは連続して三発の魔力弾に撃たれ、糸が切れたように思い切り前方に倒れ込む。

 他のゴブリンにも魔力弾が射出される。連射速度は一秒に一発。熟練した弓使いには及ばないが、四人並んで構えていれば五匹程度のゴブリンに引けをとる事はない。魔力弾は次々とゴブリンの体を貫き、手足を抉り、その頭を吹き飛ばした。

 最後のゴブリンの一体が、よろけながらもまだ前に進んでいた。そして奥の壁穴からはまた別のゴブリンが姿を現し、仲間たちの死体とタリヴァスたちを交互に見ていた。ラグニア二号を構えた警備隊長はちらりとタリヴァスを振り返り、タリヴァスは小さく頷いた。

「後続がまだやってくるようですが、ゴブリン程度であれば問題ではありません。しかし甲冑や兜を身につけた個体には致命傷を与えにくいのも事実」

 タリヴァスの言葉で将軍たちの視線がゴブリンに集まる。まだ生きているそのゴブリンは、鉄の兜と鎧を身につけていた。胴部分には大きなへこみがあるが、それはラグニア二号の魔力弾を受けた痕だ。同じく攻撃を受けた左腕は吹き飛んで肘から先がない。耐久力の落ちた粗末な甲冑ではあったが、生身の部分とは違い致命傷を与えられないことが見て取れた。

「これはラグニアに限りません。矢でも魔術でも同じことです。防具があれば一撃では倒せない。だから攻撃を繰り返すか、防具のない部位を狙うしかありません。そう、今までは」

 警備隊長はタリヴァスの言葉に頷き、ラグニア二号の引き金の近くにある調節つまみを親指で動かした。中から強へ。これで威力が変わる。

「防具ごと貫通する力。それがラグニア二号に与えられた力です」

 タリヴァスの言葉を合図に引き金が引かれ、警備隊長のラグニア二号から強威力の魔力弾が射出される。見た目は変わらないが、魔力の密度が高い。魔力カートリッジに追加された魔格構造がより高速の処理を可能とし、従来型に比べ五割増しの威力を発揮する。

 打撃音が響き、ゴブリンの胸に大きな穴があいた。甲冑を破壊し突き破り、その内側の肉体を破壊している。致命傷だった。ゴブリンは不思議なものを見るように腹の穴を覗き見て、そして赤黒い血を吐いて倒れ込んだ。

 その様子に、将軍たちから小さな感嘆の声が漏れる。防具を身につけたモンスターへの対処は、ダンジョン攻略におけるある種の永遠の課題だったからだ。

 モンスターとの戦闘は弓の間合いから始まる。遠隔攻撃を行うモンスターは種類が限られるため、弓使いがいればある程度一方的に先手をとる事が出来る。深い階層ではそう単純にはいかないが、一般的なダンジョンの地下五階程度までであれば有効な戦い方であり、基本的な戦術だ。

 しかしゴブリン、リザードマンなどの人型で武具を身につけるモンスターの場合、防具が邪魔になることは当然だ。ラグニアが登場してダンジョン攻略の大きな助けにはなったが、基本的な問題は変わらない。一匹一匹を集中して急所を狙えるならいいが、乱戦のような状況になれば正確な狙いをつける事は難しい。防具の上からでも撃ち続け、体力を削るしかない。

 それをラグニア二号は単純明快な方法で解決してみせた。防具の強度を上回る強さで撃ちぬく。それだけだ。強力な魔術であれば同じことは可能だが、ラグニア二号であれば誰でも同じことができる。厄介な問題を片付けたわけだった。

「ごらんください。兜に鎧に盾。現れたゴブリンたちはめいめい武装し防具を身につけていますが、今度は全て強威力の攻撃で倒して御覧に入れます。誰がどこに当てても倒せる。これが新しくなったラグニアです」

 歌い上げるようなタリヴァスの声が響き、そして言葉の通りになった。

 ラグニア二号の魔力弾がゴブリンの兜を貫いた。その死体が倒れ込むのを押しのけ、隣のゴブリンが前に出る。そのゴブリンもまた、持っている盾ごと胸を貫かれ動きを止めた。一方的な殺戮だった。ゴブリンたちは吠えながら前に進むが数ターフ数メートルも前に進めない。ただ殺され死体が地面に転がっていくだけだ。

 やがて生きているゴブリンはいなくなり、新手も出てこなくなった。ゴブリンの死体は二〇を超え、床には赤い水たまりがいくつも広がり始めていた。

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