鋼のアルヴェンタイン

登美川ステファニイ

1-1 わが社の新商品

 ダンジョンというのは心を昂らせるものだ。

 タリヴァス・アランティは杖で滑らかな岩の床面の感触を確かめながら、逸る気持ちを抑えるように集団の動きに合わせてゆっくりと歩みを進めた。

 ダンジョンの床や壁面は清掃され、ゴミはもちろんモンスターの血痕も残ってはいない。そう言った戦いの痕跡は普段であればむしろダンジョンの魅力を引き立てるものだが、今日だけは別だとタリヴァスは考えていた。余計なものに意識を向けさせず、必要な物だけを見せる。それが重要だと考えていた。

 タリヴァスの真新しい青いスーツもその必要な物のうちの一つだった。タリヴァスが社長を務めるアランティ工業のイメージカラーは青。そのカラーに合わせたもので、重要な取引などの際はいつも青いスーツを身につけている。かけている金縁のサングラスもレンズはブルーで、アランティ工業の、そしてタリヴァスの強気なイメージを強調するためのものだ。

 タリヴァスは両脚の膝から下が欠損するという先天的な障害があり義足と杖で生活をしているが、その見た目を上書きするように、商談の際には派手な格好を印象付けるようにしていた。普通ならばダンジョンでは何らかの防具を身につけるものだが、あえてスーツのままというのもイメージ戦略の一つだった。

 若干二一歳の社長。その経験の少なさから軽く見られることもあったが、タリヴァスはそれを実行力でねじ伏せてきた。派手で奇矯な見た目も、妙な奴だと侮られるのではなく、何か新しい事をやってくれるに違いないという期待に変えてきた。

 今日も義足の調子がいい。魔格構造を組み込んだ特殊な義足は、ダンジョン内では大気に充満する魔力を吸収して本物の足のように動いてくれる。その機能は純粋に工学的なものだが、動作の滑らかさは不思議とタリヴァス自身の調子に連動する。生身と遜色のないその動きはタリヴァスの迷いのなさを示し、そして、これからの新兵器のデモンストレーションの成功を予感させていた。

 先頭を行くのは武装した警備員。普段からこのダンジョン運営のために内外を警備しており、モンスターとの戦闘にも熟練している。発光苔で照らされた通路の先を油断なく見つめながら歩を進める。

 何百回と通った道。どんな危険が潜んでいるかも熟知している。ただいつもと違うのは、携行している武器が剣や斧ではなくマジックウェポンである事だ。

 ラグニア二号。タリヴァスが社長を務めるアランティ工業が生み出したマジックウェポンの二号機だ。見た目はクロスボウから弓を取り外したような構造で、三シュターフ九〇センチの長さをしている。一見しただけではただの持ち手がついた棒か杖のようにも見えるが、引き金を引くことで内蔵した魔力カートリッジの魔力が先端の穴から射出され、魔術師の魔力弾とおなじような攻撃が可能となる代物だ。この武器も会社のイメージカラーに合わせて青を基調としたカラーリングでデザインされている。

 内蔵した魔力で爆発を起こすような投擲型のマジックウェポンは古来より存在しているが、魔力そのものを撃ち出すものはなかった。二年前にタリヴァスが開発し、ラグニアと名付け、主に軍を相手に売り出した商品だった。

 ラグニアはそれまでの戦い方を一変させる発明だった。

 それまでの遠隔攻撃と言えば弓と魔法の二つしかなかったが、そこにラグニアが加わった。ラグニアは弓ほどの熟練を必要とせず、そして魔力を操る素養を必要としなかった。誰もが比較的容易に扱う事が出来、そして威力も高い。ダンジョン攻略に同行する非戦闘員、鑑定士や開錠士は戦闘時は守られるだけの存在だったが、ラグニアを持つことによって強力な戦闘要員に生まれ変わったのだ。

 現在は民間でのラグニアの所持は禁止されているため、軍の任務に同行した場合の使用例しかないが、民間ギルドからの使用解禁の要請は日に日に強まっているのが現状だった。

 タリヴァスはそれを好ましく思っていた。商機。それは降って湧いたものではない。自らの手で引き寄せた絶好の機会だった。

 今日お披露目するのは新開発のラグニア二号。初代から魔格構造の改良を行い効率が改善され、射出できる弾数が一〇発から一四発に向上した。また威力可変機構も備え、弱中強の三段階で調節可能となり、威力を抑えて弾数を増やしたり、逆に一発の威力を上げることも出来る。威嚇のみを行ったり防具越しに確実に仕留めたりと、モンスターの強さに応じて効率よく運用できるようになったのだ。

 今タリヴァスたちがダンジョンを進んでいるのは、そのラグニア二号のデモンストレーションのためだった。ラグニア二号でモンスターを実際に倒し、その威力を実感してもらう。タリヴァスの後ろをついてくる軍関係者が今回の商談相手だ。

 カルバ王国の王都軍の将軍が一人、その他の各領地の軍の将軍が四人、そして自治都市の自警団関係者が三人。その他に取り巻きが数人ずつと、計二十人程の大所帯が遠足のように連なっている。幅五ターフ九メートルの通路にまばらに広がり、時折小声で話しながら進んでいる。

 今彼らがいるサイブルダンジョンには大まかに経路が二つある。一つは広く敵の少ない経路で、二つ目は狭く敵の多い経路。敵の多い困難な経路の方が実入りは大きいが、今のタリヴァスたちの目的はそれではない。安全にダンジョンを進み、手ごろなモンスターを仕留めて見せる。その為に一つ目の広い経路を進んでいる。それに狭い経路の方では、そもそもこの人数が連れ立って行動することはかなり困難だ。進むこと自体は可能だが、モンスターを倒す様子を見せるには間隔が狭すぎる。

 だが広い経路であるにしても、これだけの人数が移動することには危険が付きまとう。将軍たちの前後にもアランティ工業の警備員がいるが、今回のデモンストレーションの警備担当者にとっては頭痛の種だったろう。

 やがて通路の床や側面の様子が変わり、少し薄暗くなってくる。天井の高さは三ターフ五.四メートルほどで変わりないが、幅がさらに広がっていき通路というより広間のようになっていく。そして壁面には人が通れるほどの穴がそこかしこに見え、奥の方はいくつもの道に枝分かれしていた。

 先頭を行く警備員が足を止めると、集団全体も動きを止め会話をやめた。反響していた足音が消え、周囲には吸い込まれるような静寂が漂っていた。

「さて……地下一階から二階へと参りましたが、ここからがサイブルダンジョンの名物、ゴブリン通りです」

 背後の顧客の反応を窺いながら、タリヴァスは説明を続ける。

「皆さんご存じのように、ゴブリンは洞窟のような奥まった地形を好んで生息します。そしてここから先には水脈痕のような穴が無数に存在しており、この周辺のゴブリンはこの穴を生息場所としています。そしてこの広間にやってきた者の足音は穴に反響しゴブリンの耳へと届き、蜘蛛が巣にかかった獲物を狙うようにゴブリンが奥から這い出てきます。ほら、耳を澄ませてみてください。何か聞こえませんか?」

 少しおどけるような様子でタリヴァスが言う。将軍たちは手を耳に当てたり穴を凝視し、そして微かな物音に気付く。風が僅かに動く。その風に混ざるのは独特の臭気……モンスターの臭いだ。

 ガリンと岩を削るような音が響いた。タリヴァス達の左前方一〇ターフ一八メートル先の壁面の穴から、棍棒を持ったゴブリンが姿を現していた。

 発光苔の光だけではやや暗いが、他のモンスターと見間違えることはない。五シュターフ一.五メートルのやや小さな背丈に、大きな頭と細い体。粗末な麻の布を身につけ、獣臭と共に血や汚物の染みを身にまとっている。特徴的な尖った鼻と耳の形はこの位置からでも確認でき、黒真珠のような丸い目がタリヴァスたちを見つめていた。

「敵、ゴブリンを確認! 数一体!」

 先頭の警備隊長がラグニアを構えながら言った。他の三人の警備員もラグニアの筒先をゴブリンに向け、狙いを定める。

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