4.神の声

 ラルヴァは意を決して動き出し、瓦礫に身を隠して屈みながら進んでいった。時々立ち止まって土嚢付近の建物の窓を見て、手榴弾投手がいないか確認する。また進んで土嚢まで接近し、手榴弾を投げ込める距離まで来たところでラルヴァは背負袋に手を突っ込む。


 手榴弾を手にするものの『これを投げ込めば人が死ぬ』というためらいに遮られて手放してしまう。いや、これは仲間の命を守るための正当な殺害に値するため五戒には当たらない、とためらう自分に反論するものの、それでも手は動くのを拒否した。こんな時に戸惑う自分に呆れつつ仕方無しにでは発煙筒で、と思うと手は素直に動いてくれた。


 ためらいの正体を察した。非殺傷的手段があるにも関わらず人殺しを選ぶのは五戒に反する、と本能が訴えていたのだ。


 発煙筒の蓋を外し、着火部分を地面で擦った。火が付き、大量の白い煙が発生した。距離を図り、ラルヴァは発煙筒を突破口へ投げ入れる。白い煙が土嚢越しを包み込むと、機関銃弾が止まる。


 待っていたとばかりに中隊長が軍刀を掲げて走り出す。それに続いて小隊長、大勢の教国兵が駆けていき、突破口へ一気に突入してゆく。その間、ラルヴァはソンジュのもとへ駆け寄った。


「ソンジュ!」


 ソンジュは身震いし、目を零れ落ちんばかりにひん剥いて天を仰いでいた。


 ラルヴァは狼狽するソンジュを引っ張りながら突撃部隊の中に混じって突破口を通った。建ち並ぶ倉庫内に帝国兵たちが突撃し、教国兵たちを撃ったり銃剣で刺したりしている。ラルヴァは両側を倉庫に囲まれた道を駆け抜けていった。


 徐々に耳の詰まったような感覚が薄れてきて、聴覚が正常に戻った。怒号と悲鳴が聞こえ始める。失聴したわけではなかったらしいとラルヴァは安堵する。ソンジュの掠れた声が聞こえた。


「兄さん、ぼくたちも殺らないと命令違反で⋯⋯」


「馬鹿、これは虐殺だ」


 隣の倉庫内から子供の叫び声が聞こえた。


 襲われているのだろうか。慌ててラルヴァは帝国兵の入り乱れる倉庫内に入り、声の主を探した。積まれた木箱から子供の叫び声がする。


 木箱の隙間を覗くと、着物姿の少年がうずくまっていた。茶色の短髪、黒い目、平たい顔、片頬に赤黒い痣のある教国人だった。年齢は小等生くらいに見える。ラルヴァは木箱の隙間に手を伸ばし、少年を呼んだ。


「おいで!」


 少年は這って隙間から出てきて、ラルヴァの手を掴んだ。涙を流し、震え、酷く怯えている少年の手を引き立ち上がらせて、ラルヴァは倉庫を出る。少年は恐怖で興奮しているのか、わからない言葉で喚いていた。外で待っていたソンジュが呆れたように言った。


「兄さん、何しているんだ」 


「子供がいたんだ。襲われているのかと思って⋯⋯」


「助けてどうするの!」


「この子を非戦闘員として保護する」


「憲兵隊に引き渡すの?」


 少年が肩を震わせながら言った。


「わい、おにぎりつくるがかり」


 少年の口から突然出た帝国語にラルヴァは驚いた。


「帝国語、話せるの?」


「学校で習った。わい兵隊さん違う。わいを殺すしないで。わい、おにぎりつくれるから、わいのおにぎり、おいしいから」


 ラルヴァは少年をなだめる。


「大丈夫、君を殺したりはしないよ。行こう」


 少年を連れてしばし走り続けると、行き止まりが見えてきた。突き当りに両手を上げた人々がいた。灰色の軍服を着た彼らの足元に歩兵銃が置かれている。降伏した教国兵だろう。数えると、三十人いた。


 彼らを教国軍に返そう。白旗を掲げていけば攻撃されないだろうと思い、ラルヴァは腰にぶらさげた白いタオルを銃剣に巻き付ける。


 視界の端でソンジュが銃剣を構えるのが見えた。教国兵たちが小さく悲鳴を上げる。


「待てソンジュ、この人たちは降伏している」


「で、でも、投降してても殺せって命令されたし」


「教国軍に返すんだよ」


 一人の教国兵が何かを言った。ソンジュが通訳しようとする。


「ぼくたち⋯⋯しないでください⋯⋯国⋯⋯決まり⋯⋯だめだ、難しい単語が多い」


 代わりに少年が教国兵たちの言葉を通訳する。


「ぼくたちを殺すしないでと言ってる。おにーさんたち、殺すしたらだめ!」


 ソンジュは銃剣の矛先を教国兵の喉元に突きつける。ラルヴァは慌ててソンジュの片腕を掴んだ。


「やめろ、ソンジュ!」 


「殺さなかったら、命令違反でぼくたち逮捕されちゃうよ!」


「そんなのわかっている! でも世界的に見れば投降した兵隊の殺害は戦争犯罪だ! ただの虐殺だ。あの教国兵たちは保護して返すべきだ」


 教国兵たちは不安げな表情で両手を上げてラルヴァを見上げている。少年が教国語で兵隊たちに話しかけると、彼らは頷いて立ち上がった。


 あなたたちを保護します、と伝えてくれたのだろう。ここにいては他の帝国兵に見つかって殺されてしまう。見つからないように教国軍まで連れて行ってやらなければ。


 教国兵たちを手招きして人気のない右側通路へ進んでいると、ソンジュが怯えるように訴えた。


「兄さん、やめようよこんなの。こいつらを置いて戻ろうよ、ねぇ」


「ソンジュは来なくていいぞ」


 ラルヴァはソンジュを置いてけぼりにし、独りで教国兵たちを連れて行く。背後からソンジュの「このお人好し!」という罵声が響いた。


 無視してラルヴァは周りの様子を伺いつつ、人けのない道を選んで奥へ進んで行った。遠くの眩い炎を背に、わからない言葉で叫ぶ人々の影が見える。撤退する教国兵たちだろう。


 ラルヴァは銃剣に巻き付けた白旗を掲げてそこへ歩いて行った。炎の向こうから一人の青年が寄って来て、何か喋った。彼の胸にはカメラがぶらさがっている。従軍カメラマンだろう。


 少年が『白旗を持っているということは、お前投降するのか?』と通訳した。


 ラルヴァは首を横に振り、少年に頼んだ。


「投降した教国兵たちを返しに来ましたと伝えてくれ」


 少年がラルヴァの言ったことを通訳すると、カメラマンは驚いたように目を見開く。


『人道法を守らないお前らが? そんなこと⋯⋯』


 どうやら不信がられているようだ。ラルヴァは十字架を見せた。するとカメラマンは納得したように頷き、微笑んだ。


『お前、聖教徒か。なるほど、戦場でも『殺さず』を守っているのか。関心関心』


 カメラマンはラルヴァたちにカメラを向けた。


『写真を撮りたい。十字架を掲げてくれ』


 ラルヴァは言われた通りに十字架をかかげた。カメラマンはカメラをかまえてレンズをこちらに向ける。ボンッと閃光粉が爆発する音とともにカメラのストロボが光り、煙が上がった。撮影完了だ。


『写真を軍の写真部で共有させてもらう。教皇が早くも和平ムードを広めようと平和運動をされておられるからな。投降した敵を人道に基づき助けた聖教徒の写真は、きっと良い記事になるよ』


 光栄です、とラルヴァは少年に伝えてもらった。


『君、名前は?』


「ラルヴァ・ティヌス」


『そこのチビ助君は?』


「チプタ・チル」


 チプタ。確か教国語で『鳩』という意味だ。聖教で鳩は幸福を運ぶ平和の象徴の動物とされている。


『俺はヨヌサ・カシュン。ティヌス君、投降してうちの軍で人助けをしないか? 虐殺する奴らと一緒にいるのは辛いだろう?』 


 本当なら教国軍に入って救助活動をしたいが、そうすれば二度とソンジュと会えなくなってしまうかもしれない。ラルヴァは首を横に振った。


『そうか、残念だ』 


『ラルヴァ君、これからも人助けをするのか?』


 ラルヴァは頷いた。


『またどこかで会おう。その時までどうか生きていてくれ』


 ヨヌサはラルヴァの背後に立つ兵隊たちに手招きし、共に陣地へ帰って行く。ヨヌサたちはラルヴァを振り返って頭を下げ、或いは指で十字架を切り去っていった。


 ラルヴァはチプタを見下ろして言った。


「これで一件落着だ。君、結構通訳できるね」


「ありがと。んで、わいの処遇、どうなる」 


「君は民間人だから憲兵隊に預ける。民兵じゃないからきっと解放してくれるよ」


「わい、帰るおうちない。通訳係したい」


「悪いけど、君をどうするかは上が決めることなんだ」


「仕方ない。わい憲兵隊行く」


「僕が案内するよ」




 その頃、ソンジュは兄のやらかしに苛立ちながら元来た道を戻っていた。


「戦場でも五戒を守るだなんて、馬鹿すぎるだろう。ああもう、昔からああなんだから⋯⋯」


 兄は幼い頃から五戒に執着する質だった。『弱き者を見捨てるべからず』のために、道端で飢え死にそうになっている貧民をわざわざ孤児院に連れてきて飯を食わせる。『殺すな』のためどんなに小さな虫も絶対に殺さず、誰かが虫を潰せば怒る。

 兄は周りの都合も考えずに、とにかく五戒を守ることを優先してしまう。兄は大好きだが、その部分だけは本当に無理だった。


(小隊長に言おうかな)


 兄のしたことは命令違反だ。上に報告すれば兄は逮捕され、陸軍刑務所に入れられるだろう。それとも、銃殺されてしまうのだろうか。ソンジュは息を呑む。告げ口して兄が殺されてしまったら⋯⋯。


(やめておこう)


 歩き続けると、遠くから兵隊たちの叫び声が聞こえてきた。その声に混じって正面から足音が近づいてくる。道の向こうから来たのは、中隊長だった。


「あ、中隊長⋯⋯」


「一人で何をしている」


「敵を追いかけて行ったら、仲間とはぐれてしまったのです」


「そうか。着いて来い」


 ソンジュは中隊長の後を追った。


「貴様、銃剣が汚れてないな。まだ一人も殺せていないのか」


「すみません」


 中隊長は立ち止まり、言った。


「五戒で『殺すな』と教えられているからか?」


 ソンジュは息を呑む。


「これだから聖教徒は邪魔なんだ。『殺すな』という教えで作戦を妨害されては支障が出る」 


「いいえ、五戒を守っているからではありません。情けないことですが、同じ教国人⋯⋯同胞を殺すのが恐ろしいのです」


「なるほど、同胞を殺すのが怖いのか。ならばイェニ二等兵、斬首を習え」


「ざ、斬首って⋯⋯」


「斬首をすれば同胞殺しの恐怖に縛られることはなくなるぞ」 


「処刑って、誰を?」  


「同胞に決まっているだろう」


 背筋を悪寒が駆け上る。


「着いて来い」


 中隊長に命じられて拒否できるわけもなく、ソンジュは後を着いて行った。





 倉庫内及び地下壕に隠れていた敗残兵たちは皆殺された。倉庫間の通路は死体で埋め尽くされ、死臭に惹かれた蝿の群れが飛び交っている。


 ラルヴァはチプタを憲兵隊に引き渡した。チプタを含む非戦闘員たちは両手を縄で縛られ連れて行かれた。憲兵隊の取り調べを受けるらしい。


 チプタを引き渡した後、ラルヴァは急に心配になってきた。あの子、憲兵隊に良からぬ輩と判断されて殺されはしないかと。心配になったラルヴァは非戦闘員たちが連れて行かれた道をこっそりたどった。突然道の向こうから悲鳴が聞こえて、ラルヴァは咄嗟に走る。倉庫に囲まれた広場に出ると、ラルヴァは声にならない悲鳴を上げた。


 中隊長が、両手足を縛られ座らさせられている人々の首を軍刀で斬り落としていた。連れて行かれた非戦闘員たちだった。列の隅には泣きじゃくるチプタの姿があった。人々のそばでは、憲兵たちがこの状況を楽しんでいるように笑っている。


 話が違うじゃないか。ラルヴァは中隊長に詰め寄り、怒りに声を震わせて彼に訊いた。


「中隊長⋯⋯何をしていらっしゃるのでありますか」


 中隊長はラルヴァのほうを見た。返り血を浴びた顔に歪んだ微笑みを浮かべて。


「邪魔するな」


「なぜ処刑を?」


「こいつらを検閲した結果、非戦闘員ではないと判断し処刑することにした」


 チプタが泣き叫んでいる。だが中隊長と憲兵隊がいるから助けようがない。一兵卒で何の権限もない、無力な自分が憎かった。立ち尽くしている間に次々に人々の首が斬られていく。これから殺される人々が悲鳴を上げ、嘆いていた。やがて最後に残されたチプタの背後に、中隊長が立った。チプタは絶叫するように訴える。


「非戦闘員殺す、は戦争人道法違反! 何もしてねーわいら殺すたおめぇら戦争犯罪人! 逮捕されろ!」


 黙れ、と中隊長は笑ってチプタのうなじに軍刀を当てる。


「人道法? 笑わせるな小僧。民間人の虐殺も戦略の一つだ。処刑、生首晒しは敵への有効な脅迫になる。俺のやっていることは至って合法的だ」


 どうすれば。どうすればいい。迷っている間に中隊長が軍刀を振り上げる。その瞬間、一つの案を閃いた。

  

「中隊長! その子は通訳ができます!」


 中隊長は軍刀を持つ手を止めた。


「通訳だと?」


「憲兵隊の検閲の役に立つと思います。殺すのはもったいないと思います」


「やかましい」


「中隊長」 


 憲兵たちの中から一人が前に進み出て、中隊長に言った。


「通訳役が今のところ一人もおらん。今のガキの喚きを聞いたところ、カタコトだが結構しゃべれるな。こいつを通訳役にしよう」


「憲兵隊長⋯⋯」


 中隊長は諦めたように軍刀を降ろした。助かった。全身から力が抜けて、ラルヴァはその場に膝をついた。


 斬首が終わり、憲兵たちが解散していく。その中にソンジュの姿があった。憲兵たちの中に紛れ込んでいてずっと見えていなかった。 


「ソ、ソンジュ! どうしてここに!」


 ソンジュはこちらを振り返り、気まずそうな顔で「兄さん?」と言った。ラルヴァはソンジュに駆け寄り、両肩を掴んで問い質す。


「どうしてここにいるんだ! まさか、斬首を見学していたのか?」


 ソンジュは首を横に振った。


「ち、違うよ。中隊長に捕まって貴様も見学しろって言われて⋯⋯」


「本当か?」


「違うって言ってるだろ!」


 ラルヴァはソンジュの肩を離す。数々の疑問が浮かんでいたが、ソンジュの必死な顔から察するに本当なのだろうと思い、問い詰めるのはやめた。

 

 敗残兵の掃討が終わった頃、ラルヴァは倉庫間の通路をふらついていた。倉庫の入口から教国兵の死体の群れが見えた。中には担架に横たわる包帯を巻かれた兵隊、徴用されたらしい民間人もいた。現代国家としてあるまじき無差別殺戮である。


 倉庫内に光る物を見つけて、ラルヴァは立ち止まった。倉庫の窓から降り注ぐ陽光が、白い聖女像を照らしている。像の前に教国兵や民間人の死体が寄り集まっていた。その中に白衣を来た聖職者らしき人物もいる。


 ラルヴァは死体の群れに近づいた。死体たちのそばにそれぞれ十字架のペンダントが落ちている。人々は聖教徒なのだろう。 


 皆目を半開きにし、口を開けていた。両頬に涙の跡がある。銃殺、刺突され苦しみながら死んでいったのだろう。


 聖職者の手元には祈りの言葉を綴った『祈りの書』があった。開かれたページには、千年前に使われていた古代帝国語が書かれていた。原文だ。神学校の語学で長いこと習ってきたので読める。ラルヴァは文を読んだ。


『神よ、なぜ沈黙するのですか。我々の悲鳴になぜ耳を貸さないのですか。あなたの怒りの雷で、敵を屠ってください。神よ、我らをお救いください』


 ラルヴァはここであったことを思い描いた。殺戮の最中、聖職者を中心に聖教徒たちが聖女像に祈りを捧げている場面を。必死に神に救いを求め、殺されていった彼らの最期を。


 聖教徒としてずっと感じている疑問が頭をもたげた。この世には救われる命と救われない命がある。貧民にも、生き続ける者と餓死病死する者がいる。死に際に神に救いを乞うても、見放されてしまう者がいる。


 なぜ侵略者たちが生き延びて、国を守る神の弟子たちがこうして無残に殺戮されたのか。神は彼らの祈りを聞いていたはずだ。それなのに、なぜ神は救いの手を差し伸べなかったのか。


 人の生死は神の決めた摂理である、と唱える神学者もいる。だとしたら、聖教徒たちの死は神に決められたことだったのか。


 やるせなさを覚えながらラルヴァは懐から十字架を引っ張り出して両手に握り、祈りを捧げる。


「神よ、同胞の魂が地がさまよい永久の時の中で苦しまぬよう、天の御国への道標をお灯しください」


 今の自分には、せいぜいこうして死者を弔うことしかできないのが悔しかった。たかが一兵卒に軍の非道行為を止める権限などないのだ。やるせなさに身を押し潰され、ラルヴァはその場に座り込み、背負袋から聖書を取り出した。心が割れそうになった時、ラルヴァは聖書の言葉を読んで自分を慰めていた。


「神よ、愚かで無力な僕をお赦しください」


 風が吹き、膝上の聖書を捲った。ぱらぱらと音を立てて開かれたページに『聖女が医者に告げた御言葉』という見出しがあった。


  ――とある医者が病人に懸命な治療を施したが命を救えず、罪悪感に苦しんでいた。ある日聖女が医者のもとを訪れ、仰せになった。

『一人でも多くの命を救いなさい。主は救った命の数ではなく、あなたの人道を貫く意志の強さを計る』

「主は救った命の数ではなく、あなたの人道を貫く意志の強さを計る」

 

 聖女という媒体を通じて神が仰せになったその言葉を繰り返し読むうちに、不思議と心にわだかまる黒雲が晴れていった。日差しがラルヴァと聖書を照らし、温かさが冷え切った身体に満ちてくる。今の自分に最も適切な言葉が、風によって偶然目に入った。またも奇跡的な体験をしたラルヴァは、神の慈悲に心打れ、涙を流した。


 神が聖書を開かれ、今もっともラルヴァに必要な御言葉をお与えくださったのだ。全知全能の神は、全人類に必要なものを知っており、必要なものを必要な時に与えてくださる。


「神よ、あなたの御言葉に感謝いたします」


 ラルヴァは天を仰ぎ、決意する。


「神よ、僕は決して虐殺には加担しないと誓います。たとえ何があっても、五戒を守ります」


 聖教徒として五戒を守り、教国のため、同胞のためにも戦う。


「ラル兄ー!」


 遠くからチプタの声がして、ラルヴァは振り返る。チプタは息を切らしながら立ち止まり、言った。


「ここにいたですか。探すしました」


「あいつらに何もされなかったかい?」


「通訳、練習させられた。進軍する時また来い言われた」


「そうか」


 チプタはラルヴァの両手を握り、言った。 


「わいラル兄に命救われた。ラル兄のため、わい命捧げる。ラル兄のお供する」


「い、命を捧げるほどの必要はないよ⋯⋯」  


 チプタは首を横に振り、真剣な眼差しでラルヴァを見上げた。


「必要ある。わいもラル兄のように誰かの命、助けたい。通訳で、役に立ちたい」


 教国兵たちを助けるにはチプタの通訳が欠かせない。ラルヴァはチプタの両手を握り返す。


「ありがとう。嬉しいよ。じゃあ、僕のお供よろしくね」


 チプタは嬉しそうに笑って頷いた。

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