第19話

 カラりと乾いた風を吹かせて明るい日差しを一面に降らせる丘からの景色を眺めている。

 地平線の向こうから運ばれてくる真っ白な雲は、澄み渡る青空にモクモクと浮かんで、楽しげに形を変えながら東へ流れていく。目をつむりたくなるような眩しい日差しが池や湖の水面で跳ね返って僕たちの目を刺すたびに、目を瞑ったり手を翳したりして、そんなことすら楽しくなるような、午前の浅い谷を歩いている。

 腕には洗い立てのシーツのように真っ白な翼を生やした少女が腰掛けている。もはや日常の風景にすら思える光景をぼんやりと見上げながら、時折吹く強い風によろめく少女の身体を自分の方へ促したりする。彼女が空から降って来たのをこの場所で見たのも、もうだいぶ前の事のように感じる。

 「ニーナ。」

 「ん~?」

 未だに、背中から翼が生えた少女の存在なんてものが、果たしてこうも当たり前のように現実に居座っている事を当たり前と飲み込んでいいのか、それともやっぱりこれは妄想癖のある僕の見ている長い夢の中のファンタジーで、ただ僕の心がそう許せているから成り立っているだけの淡い情景なのか、そんな事もどうでもよくなるような取り敢えずの平穏と幸せを感じながら、鼻で深く息を吸ってみる。

 「ねぇ、ニーナ。」

 「なぁに?」

 「君にはこの丘の景色はどんな風に写っているのかって、君と出会った時から気になってたんだ。」

 「そうねぇ・・・。気持ちのいい風景よ。緩やかな風の流れを感じやすい。羽を広げれば簡単にフワって浮かび上がれてしまえるような。そんな気分になれる風景。私はあなたと見るこの景色が大好き。」

 「そっか。・・・怪我の調子はどう?」

 「ん~。イェルダはもうそろそろ頭の包帯も取っていいって。」

 「そっか。良かった。・・・そろそろ飛べるかな。」

 「ん~。練習しないと。」

 「そうだね。付き合うよ。」

 「・・・うん!」

 そう言うと彼女は再び遠くの空を眺めた。やはり彼女は風を見ている。僕もいつか彼女のようにこの空を見る事ができるだろうか。今は、そんな風に真剣な彼女の横顔とサラサラと流れる金色の髪を眺めている方が楽しかった。

 「・・・ニーナって不思議な髪の毛が生えてるよね。」

 「ん~!?そんな事ない!」

 「えぇ、だってなんか頭の上に・・・それってひょっとして天使の輪っかってやつ!?」

 「・・・え!?私ってそんなのあるの!?」

 「思い出してなかった新情報かな!?」

 「うそうそ!?本当にそんなのあるの!?!?」


 腕の上で暴れる身体が落ちないようにバランスを取るのも最近は楽しくなってきた。

 まだまだ知らない事も、出来ない事も沢山ある。でもそういうものを乗り越えて、生きなきゃいけない理由ができた。まずは、彼女が飛べるようになって、彼女の日常へ、空へ、帰れる日まで。僕はこの丘にいる。



 終

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少年ルインと空から降った少女 音無詩生活 @My_Life_Of_Music

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