第18話
夕方。あまりにも長く感じた1日を終えて、一行は町に戻る馬車に揺らされている。帰りの馬車には弱って気を失ったように倒れ込んでいる勇者も乗っていた。
結局神が遺跡から去った後、全員で馬車に積んでいた花と酒を供えて魔剣の前で食事をした。魔族でも墓参りの作法や感情は普通の人々とあまり変わらないという事に少しの安心感を得てから、イェルダの焼いた黒いパンと肉屋のハーブの効いたソーセージを皆で食べた。全部この間、ニーナが初めて言葉を話した夜に食べたものと同じでイェルダに尋ねてみると、どうやらこれらは全て魔族の伝統的な食材から作られた物で、この墓の結界に仲間として受け入れて貰う為の合言葉のような働きをしているという事だった。だからこの食事を既に家で食べていたニーナは天使にも関わらず結界を通過する事ができ、準備をしていなくて神の力も身体に宿していた勇者は苦しんだ、とゲールも教えてくれた。折角勇者の分もこっそり取って分けてやろうとしたのに、結局勇者は口にしなかった。魔族のものを食うと人類は腹を下すらしく、戦争中に何度も苦い思いをしたと教えてくれた。もう襲い掛かってきた時の険しい面影は見る影も無い、ただの1人の優しいやつれた青年だった。自分にはやはり学ぶべき事がまだまだあるという思いが強まって、墓に眠る両親には、この気持ちを土産にして勉学に励むと伝えて帰路についたのだった。
「・・・ん?丘に誰かいるよ。」
手綱を持ったラダが指をさした先には、確かにランプの灯りを持った人影が1つ草原に浮かび上がっていた。
「馬車かラ顔を出すナよ。」
ゲールの言葉に全員少し頭を屈める。
「・・・ありャ、町の司祭じャねぇか。」
立っていたのは、いつも鐘を鳴らしまくる司祭のおじいさんだった。馬車は司祭の前まで進み、一度そこで動きを止めた。
「やぁやぁ皆さん、ピクニックの帰りですかな?」
「アぁ司祭さん。天気が良かッたんで、ルイン坊の家族の墓参りに行っテたんだ。」
「そりゃあ良い事だ。天気の良い日に墓参りして酒でも供えてくれりゃあ、私だったらとても嬉しいだろうね。」
「全くダ。」
「・・・ハァ。ゴホン。ところで、馬車に2人ほど客人が乗って無いかい。私は彼らを迎えに」
「何者だ。」
「なに、そう緊張しないでくれ、私はただ、客室に空きがあって、しばらく貸すくらいワケないと言いたいんだ。」
「質問ニ答エロ。」
「・・・ただの余生を平穏に過ごしたい退役軍人だよ。少なくとも、その馬車の中で気ィ失ってる奴は手に余ってるだろう。持ってってやる。」
「『偉く鼻の利くジジイだ。』」
「『差し出さないならこのまま帰る。後はアンタらで世話をしろ。』」
「・・・この辺の訛リだ。アンタどこデ習った。てっきり都市の左遷ダト思ってたゼ。」
「ここへは自分の意思で来たんだ。思い入れのある場所でね。」
「オイ勇者!起きろ!お前の宿ガ見つカッたぞ!」
「えぇ・・・?」
「馬がある!後ろに乗りなさい!」
「・・・わかった。かたじけない。」
「いいさ。寧ろ誇らしい・・・。そこにルインもいるのかい?」
「な~に!」
「週末の礼拝にパンだけ貰いに来るのもいいが、そろそろお前には勉強も必要だと思ってね。これからは好きな時に訪ねて来なさい。教会にある本を好きに貸してあげるからね。」
「・・・うん!わかった!」
「『信用していいのか?』」
「『お前の主人はお前の知るより沢山の事をしたんだよ。』」
「『どういうことだ。』」
「『私に魔族語を教えたのは魔王だ。彼には種族の壁を越えて世話になった。おかげで戦後の職にもこうして困っていない。それにルインの母とも生前馴染みがあった。ルインは私にとって孫みたいな者なんだ。恩返しがしたいだけだ。』」
「『何か余計な事をすれば殺す。』」
「『・・・頼むよ。』」
暫く続いた魔族語の会話は、ゲールが少し驚いた反応を見せて決着が着いたようだった。司祭が魔族語を話す事にも驚いたが、もう今日はいちいちそんな事に反応する体力も残っていない。今度教会を尋ねた時に質問攻めにして、ついでに魔族語を教わる約束もこじつけようと心に誓った。
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