第17話
―――『勇者よ。いや、暗い谷の百姓の息子よ。あなたの言葉、確かに聞きました。』―――
神はこの世界そのものを震わせるような声で言葉を降らせて来た。
―――『あなたに与えた神の使徒、勇者としての務めを、今ここで解約します。』―――
その言葉が降ったかその前には、勇者の身体から蒸気のような靄が立ち昇り、すっかりそれは全て天空の大鏡に吸い込まれてしまった。
―――『魔族の残党よ。』―――
声が降る。
―――『今や世界は我々の信仰の下、ほぼ全ての物が浄化の過程に入りました。』―――
―――『我々にとって今のあなた達は脅威ではありません。あなた達がどれだけ足掻いても、この世界が再びあなた達の物になる事は無いでしょう。』―――
声はどこか無邪気な子供のような喜びの色を帯びて聞こえた。
―――『しかし、そんな現状にあっても、あなた達が結界で守っているその魔剣。それはなんとしても破壊しなくてはいけません。』―――
「壊さセない。魔剣は守り抜く。」
ゲールが真っ先に言葉を投げ返した。
「俺たちニは誇りがあル。」
―――『儚いものです。』―――
「『失せろ。勇者を仕立てなければ手足も出ない弱虫が。二度と帰れない地上を指を咥えて見下ろしていろ。古の敗北者。』」
―――『フフフ、減らず口は相変わらずですね、将軍。』―――
「黙れ。今ハ肉屋だ。」
―――『そして、魔王の息子に寄り添う裏切者。泥で汚れた天使よ。』―――
ニーナに対してあんまりな言い方に思わずムッとしてしまった。そして何より、ニーナがブルブルと震えている。ニーナの元主人であり、ニーナの地上での生活のせいで事実上裏切られた神が一体どんな酷い罰をニーナにするのか。
―――『あなたは、もう我々の使徒たりえません。すっかり魔族に不純なものを流し込まれて、最早我々の浄化には相応しくない穢れとなり果てました。天使でも無ければ人類でも魔族でもない、何者にもなれない中途半端な存在として、どこへでも好きなように飛び立ち、そして堕ちなさい。』―――
お伽話のように雷が落ちる訳ではないと内心ホッとした反面、ニーナ本人には深い心の傷になるだろう言葉を降らせてくる存在を、もう、週末の礼拝にパンを貰いに行く時のような澄んだ気持ちでは到底見る事が出来なかった。
「神様!あなた達が何者なのか僕はまだ全然知らない!」
「ルイン!」
イェルダの制止するような呼びかけに素直に応じる程、今の僕はいい子じゃない。
「でも、あなた達にだって間違ってる事がある!」
―――『ほう。なんでしょうか。魔王の血をその身に流しながら、しかし敬虔な人との間に生れた忌まわしき子供よ。』―――
「あなた達には、愛情がない!」
―――『愛情、ですか。可愛らしい。』―――
舐められている。
「僕はこれから沢山!色んな事を勉強する!それは僕の大好きな母さんが学んだ人類の事!そして魔族の王として父さんが学んだ魔族と魔法の事!そして、僕の新しい家族、ニーナや勇者や、お前たち神々の事を!」
―――『学んでどうすると言うのですか。』―――
「学んで、地上の全員を幸せにする!」
―――『おかしなことを。』―――
「おかしくない!!お前たち神様が僕達の前で幸せじゃ無くした事、過去、そういうものの傷を癒して幸せにする!優しい世界を作る為に、僕は新しい魔王になる!」
「坊ちゃん!!」
―――『神として、あなたをいつでも見ている事を忘れないように。あなたがあなたの父親のように振舞った瞬間、我々は次こそあなた達を永久にこの世から消し去ってやるでしょう。その日がくるまで、精々命あるものとしての営みを続けなさい。小さき魔族よ。』―――
そう言い終わると、大鏡は大音量の笛の音が響かせ始めた。
「ルイン!ニーナ!耳塞ゲ!」
ゲールに促されて急いで耳を塞ぐと、途端に嵐のような風が吹き荒れた。手あたり次第に顔にぶつかる木の葉や砂埃に負けないよう必死に目を塞ぎ、それがおさまって立ち上がると、空はすっかり元通りの晴天で、墓や遺跡も何もなかったかのような静寂に戻っていた。
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