第14話
互いに砂煙を背後に広げる両者は、一度体勢を立て直して向かい合った。勇者も走りを止めている。目の前の相手を無視して背中に置いていける程容易い存在では無いという事を自分の勘と記憶がよく心得ているからだ。
「これはこれは懐かしい!あの夜以来じゃないか!てっきりぶち殺してたと思ったんだがなぁ!」
『お前の針みたいな剣が俺の首を飛ばせるって?冗談の面白さは天下一だな。』
「こんな流暢な魔族語を聞いたのも久し振りだぜ。一体どこでモグラみたいに隠れてたんだい?元将軍様ァ。」
『今の俺は肉屋だ。間違えるな坊主。刃の使い方も今の方が上手い。』
「へぇ、俺も肉が好きだぜ。最近、無性に懐かしい味が恋しくなってなぁ。アレだよアレ!オークのステーキ!戦争してた頃は毎日食べれたんだけどなぁ!!」
『挽肉にしてやる。お前はクソ虫の餌だ。』
「分厚く焼いてやるよクソ魔族!!」
最早全力疾走状態の馬車は今にも車輪が弾けそうなほど大きく揺れながら、いい加減前方の地平線に見えて来た遺跡のような積み石の塊を視界に捉えて来た。
「イェルダ!大丈夫!?」
「えぇ・・・坊ちゃま、大丈夫ですからね・・・。」
先程の襲撃を受けてから明らかにイェルダの容態が悪そうになった。元々顔色の読みづらい木質系の肌でも容易に分かる程に険しい表情をしている。さっきまで一生懸命自分の気持ちを鼓舞しようとしていたのに、イェルダの表情を見てすっかり不安が勝ってしまった。自分にとって唯一の家族と思えた人であり、今の自分をここまで育ててくれた3人目の親なのだという自分の中での思いの強さに今更気付いてしまった。全く自分はなんでこんなに沢山の事を今になって気付くんだろうと、己の鈍感さにうんざりする。
「イェルダ!あともう少しだからね!墓地の結界の中は魔力が濃い!あんたの体も癒せる筈!」
「えぇ・・・」
「イェルダ・・・!」
「イェルダさん!手を!」
自分にしがみ付いていたニーナが身を乗り出してイェルダの力なく投げ出された手をガシリと掴んだ。すると握られた手の内が仄かに白い光が漏れ始めた。
「ニーナ!?何してるの!?」
「私の怪我を治療する時にイェルダさんが使ってくれていた治癒魔法です!記憶が戻ってからこっそり勉強したんです。神の力も本質的には浄化魔法。少し異質な魔力かもしれないけれど、イェルダさんの体力を少しでも維持できるように魔力を分け続けます!」
「・・・全く、天使に助けられるなんて・・・私はなんて平穏とは無縁なのかしら・・・」
「ルイン、私が飛ばされないように押さえててね。」
「うん!分かった!」
「ありがとうニーナ!!結界が維持できれば馬車の速度も落ちない!全速力だ!!」
剣戟は馬車を追いかけるように走っては止まり走っては止まり、しかし息もつかせないような緊迫と密度を持って金属音や肉を叩く打撃音を響かせ続けていた。その音の中心でひたすらに汗と血を流す2人の男は、絶えない思考と反応の深みに嵌まるようにその熱量を増していた。
「クソ!全然衰えてねぇじゃねぇか!1人で倒すようなクエストじゃないぞクソ神様!」
『人間の体力と力では無い。お前はもう人である事をやめたのか。』
「あぁそうさ!もう俺の身体じゃねぇ!俺を動かしてるのはこの真っ白な光だ!!」
『あの時魔王様の話を飲んでおくべきだったとは思わないか。』
「それでも遅かったんだ。俺はもう。」
『なら今ここで、私が代わりに止めを刺してやろう。首を晒せ。』
「ベラベラうるせぇんだよ敗北者ァ!!」
背後で特大の爆発音が響いた。圧倒的な音量と乾いた破裂音に一瞬耳の聞こえがおかしくなる。今まで聞いた中で一番大きな音だ。そしてそれ以上に自分を驚かせたのは、その圧倒的な光の塊。真っ白な光がまるで巨大な炎のように大地に立ち昇っている。
「なにあれ!!!」
「おいおい本気かい!?あいつ聖剣を抜きやがった!!まだ持ってたのか!!ゲール!!」
ラダの叫び声に呼応するように火柱がフワリと揺れた。最初はゲールおじさんの反応かと思ったがその予想は大ハズレだった。火柱の中から1人の男がまた更に眩しい輝きを凝縮させた剣を振り被って恐ろしい速度で走ってくる。勇者だ。
「急げええええええええ!!!結界に入られるまでだ!!走れ!走れ!走れ!走れ!」
「ラダ!すぐそこまで来てる!!」
「結界までもう少しだ!!急げ急げ急げ急げ!!」
ラダが馬に鞭を放ってさらに馬車が加速する。もはや墓に着くまでに馬車が分解しそうな勢いだ。
「・・・・・・止まれえええええええ!!!」
「うわああああああ!!!来たああああ!!!」
「坊ちゃん伏せて!!」
起き上がったイェルダがスカートに隠し持っていた近代式の拳銃を引き抜き勇者目掛けて空になるまで弾を撃ちまくった。突然目の前で炸裂した銃声に一瞬頭がチカチカとしたけれど、それでも今自分の周りを包んでいる圧倒的な喧噪には程遠かった。
あれほどの弾丸を受けても勇者はまだヨロめきながらしかしおかしな姿勢で走りを止めない。
「このマネキン野郎おおおおおお!!!」
「黙りなさい化け物!!」
イェルダの怒声も掻き消すように勇者は雄叫びを上げながら馬車に向かって走ってくる。
その瞬間、顔の横にまた予想していなかった風を感じた。
「え?」
ニーナが馬車の後方から翼を広げて飛び出し、すぐ目の前に来ていた勇者にタックルをするようにしがみ着いたのだ。
「ニーナあああ!!」
「クソ!!離れろこのクソ天使!!裏切り者があああああああ!!!!!」
「クッ!!なんとでも言いなさい!!」
ニーナは翼を思い切り広げて全身で空気抵抗を作り、勇者の身体は耐えられなくなって勢いよく躓いた。しかし、それにもまだしがみ付いていたニーナもまたゴロゴロとゴツゴツした石の地面に何度もその真っ白な羽と身体をぶつけて傷を増やしていく。
「ニーナあああ!!」
背後から全速力で追いかけて来たゲールが、腕の力が抜けて勇者から離れ転がるニーナをヒョイと拾い上げながら馬車に追いつき、もう片方の大きな手に握っていた折れた剣を投げ捨てたかと思うと、今度は転がりながらも未だ超人的な運動神経でなんとか追いかけて来ていた勇者の頭を鷲掴みにした。
「は゛っ!は゛な゛ぜっえぇぇぇ!!!」
勇者は自分の頭を掴んで固まった大きな腕を力なく何度も殴って抵抗しているが、歯を食いしばって走り続けているゲールには全く効果が無いようだった。
「『お前がなんで結界までに馬車を止めたいのか分かったんだ。』」
「や゛だ゛ぁ゛ア゛ああぁァアあアあああああ!!!!」
「イェルダ!!ゲール!!結界に入るよ!!!」
ラダが叫んだ瞬間、全身と馬車全体がイェルダの魔法とは逆に一瞬の浮遊感となって体感された。結界に入ったのだ。
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