第12話
馬車に乗るのは久し振りだ。自分の足で歩いていないのに窓の外の景色がゆっくりと流れていくのは、やっぱり不思議な感じがする。
「馬車酔いは大丈夫かい?ルイン坊や。」
「うん、大丈夫そう。ありがとうラダ。」
「ここからまた揺れが大きくなるからね。まぁ、楽しみな。」
「うん。わかった。」
「それで、ニーナちゃんは・・・あんた偉いよく揺れるねぇ!身体が軽いからかい。」
「だだだだだ大丈夫でででええで・・・」
「小石の揺れ全部拾う勢いだねぇ・・・。まぁ、ルイン坊やにでも捕まっときな。」
「わわわわわわかりりました・・・ルルルルルイン・・・か肩を借りますね・・・」
「うん、僕は大丈夫だよ。掴まって。」
「・・・ふぅ。ありがとうございます。」
「ハァ・・・少なくとも私が見て来た天使の中じゃ一番弱っちくて可愛らしいよアンタは。」
「やはり、私は戦闘を想定して生み出された訳ではないのでしょうか。」
「わからん。天使にも本当に色んな奴がいた。騎士の鎧を身に着けた者。軽装の弓兵型。あとは、魔物っぽい姿に擬態した奴ら・・・。知能の高くない種族の同胞は何回も狩られたねぇ。」
「擬態型・・・。」
「まぁ、別にニーナの事をそう決め付けてる訳じゃないよ。一先ず安心しな。」
「・・・ありがとうございます。」
「俺ハ、ニーナは戦エねぇと思ウ。」
馬車の先頭で馬を引く大きな背中、ゲールが声を投げて来た。
「なんでだい?」
「そりゃ、勇者ガいるからダ。」
「1人戦力が2人戦力になった方が有利だと私は思うけどね?」
「ハハハ、ラダは賢イ。デモ俺は勇者ヲ知ってる。アイツは仲間と連携トカできない奴だった。」
「・・・なるほどね。」
「ソレニ、どんなに強い戦士ダッテ、剣の1ツも持たないデ俺たちは倒セナイ。」
「そりゃそうだ。」
「あぁ。ボスの墓まではまだ遠イ。程よく休んどケ。」
「そういう事だから、ルイン坊もくつろいでな。緊張しっぱなしの奴は皆早死にした。」
「・・・わかった。」
ここにいる、僕がよく知る人たちは皆魔族で、僕の父親と一緒に神や人類と戦争をしていたらしい。にわかには信じられないけど、こうして渦中に放り込まれると、最早僕のような子供に納得する為の時間なんて無いのだとも思う。幸い皆優しくて、状況を飲み込む事だけなら幾分頭が着いてこれている。そんな塩梅だ。
そして何より、今の僕にとって一番知りたいのは父親のこと。あまりにも幼い頃の記憶の中で薄靄のように霞んでしまった僕の大切な事を、やっと知る機会に巡り合えたのだ。今は気持ちを引き締めて行かなければいけない、きっとそういうタイミングなのだろう。
「ねぇ、ラダ。僕の父さんってどんな人だった?」
「お父さんのこと、あんまり憶えてないのかい?」
「うん。馬に乗せて貰った事くらい。・・・でも、父さんも普通の人だと思ってた。」
「そうだね。確かにあんたのお父さんはあんまり魔族らしい見た目の種族じゃない。元々見かけが人類に近くて、それが擬態魔法を使ってたからね。あんたには普通の人に見えてたって訳だ。」
「そっか。・・・でも魔王って事はやっぱり強かったの?」
「あんまり強くはなかったね。」
「え?弱かったの?」
「いいや、頭が良かった。あの人はね、私たちみたいな戦士じゃなくて『王様』だったんだよ。」
「『王様』ってなにが違うの?」
「王様ってのはね、戦って相手を討ち倒すだけじゃダメなんだ。人々に分け与え、導き、生み出さなきゃいけない。破壊よりもよっぽど難しいことさ。」
「分け与える・・・導く・・・。」
「まぁ、そのうち分かる時が来るさ。なんたってアンタは魔王様の子供だからね。きっと立派になれるよ。」
「・・・頑張る。」
「頑張りな。」
「うん。・・・あ、じゃあさ、僕の母さんは?どんな人だった?」
明らかに馬車の雰囲気が変わった事を見逃すほど鈍感ではなかった。ラダの気さくな笑顔が一瞬消え、ゲールの大きな肩が小さくピクリと跳ねたのは、冷たい風が服の隙間に入り込んできたみたいに肌で感じる事ができた。馬車の動きすら一瞬止まったのではないかと感じる程に瞬間的な緊張の高まりがこの空間そのものを包んだ。
「・・・そうだよねぇ。それはアンタが知りたい事の1つさ。」
「ソウダソウダ。」
「母さんのことは少しは憶えてるよ。」
「まぁ、死んだのはもう7年くらい前だからね。ちょうどルインが1人で走ったりできるようになった頃だった。」
「たしか病気で死んじゃったんだよね?」
「イェルダ、話していいのかい?」
ラダが馬車の後ろの方に力なく座っているイェルダに声を飛ばした。どうやらイェルダは走る馬車に結界魔法をかけているらしく、出発してからずっと魂が抜けたマネキンのような状態でいる。ラダ達曰くあれがイェルダの言っていた『瞑想』らしい。どういうものか分からないから話しかけずに放置していた。そんなイェルダからゆっくりと途切れ途切れの静かな返答が来た。
「・・・今なら、もう伝えられるでしょう。知る為の知識は、話しました。」
「そうかい。そう言う訳だから、ルイン、気持ちの準備はいいかい。」
「・・・うん。できてる。」
「ルイン、お前のお母さんは普通の人間だ。」
何となく分かっていた。というより、今まで散々自分の中で崩れ去った常識の中で、唯一そうであって欲しいかった事だったような気がしている。自分を形つくる上で一番無くてはならない事だけは、本当に自分に優しい事実であってほしいと思っていた。
「お前が生まれた時期からも想像がつくように、魔王様とあんたの母親が出会ったのは、この世界をかけた戦争が終わって、私たち魔族の残党がこの土地に息を潜めて生活していた時期だった。ちょうど今のあんたが住んでいる家のある場所だよ。ルイン、あんたの家を思い出してみて欲しいんだ。あの家には何か変わった事が無いかい?」
「変わった事?」
ぼくの家。普通の家だ丘の上にポツンとあるけれど、変な所というのはその事?うちは真ん中に玄関が付いた暖炉の広間があって、そこを囲むように寝室やキッチンや物置や、それに・・・
「あ、家の中に井戸がある。」
「賢いねぇ。そうだ。あの家は室内に井戸が掘ってある。外から私たちの生活を気取られない為に、あの場所に家を建てる前から井戸やら地下室やらを掘っておいたのさ。まぁ、今は井戸以外は入口を塞いだり隠したりしているけどね。私たちはそうやってヒソヒソと暮らしていたのさ。」
「そうだったんだ・・・!」
「ハハ!男の子はこういう秘密基地みたいなの好きだろう。折角だし地下室の入口を開け直してもいいのかもね。」
「・・・余計な事を、しないでちょうだい。ラダ。」
「怒るなってイェルダ。・・・それで、そんな時に、谷の集落の娘だったあんたのお母さんがあの辺をウロチョロしててね。無暗に殺すわけにもいかないだろう?皆で考えてる時に、魔王様が先だって接触したのさ。それがあんたの両親の馴れ初めだよ。」
「そう、だったんだ・・・。でも、じゃあなんで2人は、その、付き合いだしたの?」
「・・・まだ子供のアンタには分からないかもしれないけどね、いいや、あの頃の私にも分からなかったけれど、偶々、”あの子”と魔王様の心が惹かれあったのさ。魔王様の孤独や傷ついた心を、あんたのお母さんが和らげてくれた。それ以降、魔王様はまた元気を取り戻していって、私たちを、過去に囚われない新しい未来に向かってまた導き始めてくれたんだ。だから私たちは人間のあんたのお母さんを受け入れて、逆に人間の社会にもこっそり受け入れてもらって、今の生活が出来上がったんだよ。ルイン。」
「そうだったんだ。」
「でも・・・それ、でさ・・・。なんで母さんは、死んじゃったの?」
「・・・ルインは、なんで普通の人間が魔法を使えないんだと思う?」
「えぇ、なんでだろう・・・。うーん。そもそも魔法が何なのかよく分からないよ。」
「ルイン。あんたは生き物を観察するのが好きだろう。だから詳しいと思うけど、生き物の中には、毒を持っている奴がいるだろう。」
「うん。カエルとか、蜂とか、植物にもあるのがいるよ。」
「そう。毒を持つ生き物は種族も関係なく沢山いる。じゃあ、そういう生き物はなんで毒を持っているんだい?」
「色々なんじゃないかな。でも、食べるものに毒が入っていて、自分はその毒で死なないから、逆に外敵から身を守る為にその毒を身体に含ませたりするんだ。」
「魔族っていうのもそういうものなんだよ。私たちはずっと昔の先祖たちの代から少しずつ、そういう風に世界のある要素を身体に取り込んでいったんだ。そうして私たちみたいな近代の魔族たちはすっかり自然の要素を使いこなせるようになった。」
「それって、魔法は毒ってこと?」
「魔族にとっては大したもんじゃない。もう慣れた毒さ。ただ、それがどうやら人間には違ったらしい。彼らは私たちが想像しているよりも何倍も、魔法という毒を分解できない身体のまま進化を止めてしまっていたのさ。あなたのお母さんはそんな身体のまま無理して魔法の濃い町よりこっち側の土地での生活を続けてしまった。彼女の死後私たちで色々な研究をしてみて出た答えがそれだ。」
「そうだったんだ・・・。」
「ルイン。あなたには少し酷な話だったかもしれない。だから、ゆっくり時間をかけてこれから知る色んな真実を受け入れていきな。私たちには何でも相談していいんだよ。」
「うん。わかった。」
「ラダさん。」
「なんだいニーナ。」
「ルインの母親も、今向かっている場所に埋葬されているのですか?」
「あぁ、魂が旅立ってしまえば魔法の毒は関係ないからね。」
「・・・。」
一しきりの会話があって、再び馬車の中には馬の蹄が地面を蹴る音と車輪の軋む音だけが満ちた。
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