第11話
「おはようイェルダ。調子はどうだい。」
「オハヨウ。怪我は無カッタカ。」
「えぇ、幸い坊ちゃまにも大怪我はありませんでした。それとあの天使にも・・・。ただ、擬態魔法の眼鏡を落としてしまって・・・。」
「そうみたいね。久し振りにあなたのそのキレーな姿を見れたわ。」
「ンダンダ。テッキリ中身もババァにナッタカト思ってタ。」
「その不器用な口を縫いつけますよ。」
「アンタは一言余計なのよ!バカタレ!」
「アダッ!ゴメン!」
目の前の夫婦は相変わらずゴツンと仲睦まじくやっているようで少し安心した。
「で、昨晩はあなたの家にいたってワケ?」
「そうです。今朝方やっと坊ちゃまが眠りについたので、こうしてあなた達の所に伺いました。」
「じゃあ今は例の天使ちゃんがルイン坊ちゃんと一緒にいるんだ。」
「そうです。」
「アブナクねぇカ?」
「・・・彼女は大丈夫だと、思っています・・・。実際ここしばらく同居してた訳ですし、そのうちのここ数日は記憶も戻った上で協力的だったようですから・・・。」
「・・・イェルダ。アンタァ、ちょっと感覚鈍っちゃったんジャあ無いのかい?」
ハッとして視線を合わせると、瞳の奥に牙を剝いた獣でも飼っているような鋭い視線を静かに向けてくる彼女がいた。懐かしい、昔の彼女はよくこの目をしていた。
「天使ってのはまるで純真無垢な人間みたいな顔して、いとも簡単に”神の意思”を実行する。気分が悪くなるくらい純粋すぎるが故に、まさに神の手先として私たちを何度も追い込んできた。そうだったでしょ?」
「えぇ、その通りよ。忘れてなんか、いるもんですか・・・。」
「なら、その事をちゃんと彼女、ニーナちゃんだっけ?に当て嵌めて考えて、本当に、ルイン坊ちゃんに近付けて大丈夫なのかって。私はそう言いたいんだよ。」
「ソウダ。」
「彼女は、私たちに今の勇者の事をかなり細かく教えてくれました。」
「勇者かい?・・・昨日の襲撃は勇者だったのかい!?」
「勇者っテ、アイツが勇者だったのか?」
「目撃していたんですか?」
「数日前カラ町に現れて宿トッタり、夜にも外出タリ。町の入口ニ店あるからナ。人の出入リはこの生活はじめてカラズット見テルからアヤシイ奴ト思った。顔隠してたカラな。」
「町に魔法の気を薄っすら感じてたんだ。ただ、擬態してるアンタ程でも無かったからね。この辺りは偶に変な修行したり僧侶とか”領土”に入ってたような旅人は微量の魔法を纏って帰ってきたりするだろう?それがまさかアノ勇者だったって?どうなってるんだい。私の知ってるアイツがもし町なんか入ってきたら全身の毛が逆立っちまうよ。」
「ですよねぇ。」
「ナンカ、オカシイ所はなかったカ?」
「おかしい、と言えば全部おかしかったですが・・・。なんだか自分の本意では無さそうな感じでした。」
「というと?」
「ルイン坊ちゃまに襲い掛かろうとしていた時、謝っていたんです。それに終始苦しそうに藻掻いていて、最早アンデットのようでした。」
「『アイツら』にナニカされてるんダ。」
「・・・ニーナも、そうじゃないかと言っていました。神の使う『浄化』の魔法。本来魔法を宿した魔族に使う魔法を、”祝福”と戦いによって魔法が身体に沁みついた勇者にも使っているのではないか、と。」
「ふーん。なるほどね・・・。それじゃあ、あんたは何でそう思ったんだい?ダンナ様?」
「俺はアイツと何回か戦ってキタ。ダカラ知ってる。あいつはそんなにバカじゃなカッタ。魔王サマと話シタ時も、謝ってタ。そんで言ってタ。『もう俺のカラダじゃねぇ』って。」
「アンタ・・・そういう事はもっと前に言っておきなさいよ!!」
「ゴメン!言うトキを逃してたんダヨ!」
「今、この町へ来る時は念の為人除けをかけていましたけれど、勇者らしい気配は感じませんでした。今の話を聞くに、やはり夜に行動しているのでしょうか。」
「マァ、魔族狩りの常套手段ダナ。俺たちは夜の方が派手に動いテタ。昼は神に見られる。じゃあ今はどこにいるんダろうな。」
「・・・私が勇者なら待ち伏せるね。」
「アァ。俺もそう思ウ。」
「しかし、私たちはそこに行かなければならない・・・。」
「だからだよ。私たちが最も必要としている物こそ、アイツにとって最悪な物なんだからね。」
「魔王の墓に刺さった旦那様の剣。今の私たちに残された勇者を倒す方法は、もうそれ位しかありません。」
「・・・ルイン坊には、普通の人として育って欲しかったんだけどねぇ・・・!」
「オイ・・・。」
先程まで睨みを聞かせていた獣の瞳には、いつの間にか隠しきれない涙が湧いていた。
「今だけ。今だけだから。涙を流しきらせておくれ。ルインの前では泣かないから。」
「・・・ワカッタ。」
私も気持ちでは人一倍ルインの育ての親のつもりだ。しかしどうしても生来の無我的な意識が、最早どれだけの勉強を積んでも埋めきれないような”普通の人々”との精神の隔たりを持ってしまっているのだという事を、こういう時に痛感させられるのだ。彼女は血と獣に調和した種族の出身で、同族と認識した人々への熱い愛情を忘れない。それが彼女のような子を見守る大人の女性として、人一倍強い母性になるのだろう。
「デ、いつ墓に行く?」
「今の状況も長続きはしないでしょう。夜を重ねる程に勇者も周到になる筈。あなた達はいつ出れますか?」
「愚問ダナ。今すぐ、ダ。」
「分かりました。馬車と食糧の用意をお願いします。私はルイン達の身支度をしますから。」
「わかった。」
「わかったわ。」
「明日の朝日と共に出ます。
「久し振りに死ンダ家畜以外をブッタ切れるゾォ!」
「・・・作戦を始めましょう。」
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