第10話

 「ニーナ・・・!?」

 「やっぱり記憶が戻っていたのね。」

 「えぇ。」

 「どうして・・・どうして黙ってたの!?」

 「・・・。」

 「お願い、ニーナさん。教えてほしいの。ルインの為に。」

 「・・・。」

 「・・・ニーナ?」

 「・・・。あなた達がとても優しかったから・・・。私はあなた達を排除したいという神々の命によって生み出された。この少女の姿で。・・・私は一体あなた達にどんな風に振舞う事を期待されていたのか・・・実は完璧に全てを思い出せた訳ではないの!それで・・・私はこの土地に向かって飛んでいて・・・それで・・・」

 「いいのよニーナ。思い出せることを話してちょうだい。」

 「いきなり空が歪んだの。変な言い方かもしれないけれど、いきなり自分を包む風がグニャリと歪んで、それで何か硬い物で思い切り殴られるような衝撃を感じて、気付いたら湖畔に落ちていた。そこに偶々、ルインが駆け寄ってきた・・・。」

 「それが、父さんの墓の魔法?」

 「恐らく。旦那様の墓に魔法をかけたのは優秀な術師でした。彼は自分の由来の魔法以外にも色々な研究をしていて、そんな彼が自分の命を振り絞って作った結界の中に旦那様は眠っています。」

 「・・・イェルダさん。確かに私は、あなたの言う通りきっと伝書鳩なんだと思うわ。もし私が戦士の役割だったら、そうした結界に対応する方法も思いつかずにただ撃墜される事なんて無かったと思う。・・・あ、えっと・・・、ごめんなさい。」

 「続けて。」

 「実はあなた達の家に保護されてから意識がハッキリするまでの間の記憶は今も憶えているの。だから、こうしてあなた達に私の事を告白しようとも思えた。地上に降りてからの私の記憶にあるのは、ただただあなた方に治療して貰い、スープを食べさせて貰い、散歩に連れ出してこの翼に風の感触を思い出させてくれた。私は、こうして狂乱する勇者の元から逃げる事さえ、あなた方に助けられている・・・。私はあなた方に恩返しがしたい。私に何ができますか?」

 「・・・本当に、信じていいの・・・?ニーナ。」

 「・・・私たち天使は、神の我儘に応える為に造られたからこそ、純粋で敬虔な祈りの機械としてこの歯車仕掛けの鼓動を刻んでいます。だから、今の私があなた方に抱いている感謝と敬意も、ただ天使としての無機質な法則として信じてほしいんです。」

 「・・・確かに、あなた達天使っていうのは、そういう存在だったわね。大戦の頃を思い出すわ。」

 「イェルダ、僕はニーナをあの勇者から守りたいよ。」

 「確かに、私もニーナの気持ちを信じたいと思うわ・・・。でもニーナ、今の私たちは平和な時のように掛け値なしの善意で敵側だと分かったあなたを手助けできる状況ではなくなってしまった。それは分かってくれるわよね?」

 「イェルダ!」

 「・・・えぇ、分かってるわイェルダさん。だから、今から私は、私の知る勇者の事を話します。もしそれが神に抗う事なのだとしても・・・。私はもうあなた方の家族ですから・・・。」


 結局眠りについたのは明け方になってからの事だった。ニーナから勇者の事を聞いて、イェルダから作戦の説明を受けて、その後もしばらく緊張と頭の整理で眠気どころではなかった。やっと横になれたのは、いい加減考えすぎて頭が重くなってきたことと、それに気付いたイェルダが毛布を渡してくれたからだった。その時になってイェルダの家には寝室が無い事に気が付いた。イェルダ曰く、彼女たちの種族にとっての睡眠らしい事は、椅子に座って「瞑想」をする時間を取れば問題が無いらしい。それも、長い年月をかけて森と魔法を身体に調和させた結果の進化なのだと教えてくれた。僕の中の常識はたった一晩であっという間に書き直されてしまった。ただそれは、別に悪い事でも無いのかもしれないと、心のどこかで思いもする。日頃から分からされてきた自分の無知さと幼稚さらしいものを強く気付かされることに、どこか真実を身に着ける事の成長を感じる事もできているし、何より、今の今まで自分を押さえつけていた理由の分からない孤独感に初めて優しい納得が得られた気がしたからだ。

 眠る直前、明け方の薄ら寒い記憶の中、重くなるまなこにいい加減負けそうになった頃、ニーナが僕を抱きしめてくれた気がした。多分そうだったのかもしれない。でも自分で確信が持てないくらい曖昧な思考の中で、確かに彼女の白い温かさを感じた気がした。きっと礼拝日に教会で手を合わせていた人たちが感じていたのは、こんな気持ちだったのかもしれない。

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