第7話
何が起こったのかも分からず、全てが一瞬の閃光のうちに起こったかのような感覚のまま呆然としていると、気付けば灯りの無い建物に引きづり込まれていた。僅かな月明かりを頼りに暗さに順応してきた目をぼんやりと動かしてみると、どうやらこの闇に包まれた玄関広間には見覚えがあった。この建物はイェルダの家である。そうか、僕は突然の狂人の訪問を経て、命からがらの所を女性に助け出されたのだった。家から飛び出した時、家のものをメチャクチャにしてしまった。きっと今頃家中の物が荒らされているのだろう。寝室も、寝室。・・・ニーナは、たしかにこの手でニーナを捕まえて。
「ニーナ!」
急いで立ち上がろうとすると、上半身を起こしきった所で太腿に何かが乗っかっている重みに気付いた。自分の足の方を凝視していると、闇の中にぼんやりと大きな白い影が、たしかに寝息を立ててしがみ付いているのが分かった。
「ハァ、よかった・・・。」
フッと全身の力が抜け、深く息を吐いた。
「何がいいもんですか。」
背後の空間、ここが本当にイェルダの家で自分の記憶が確かなら、奥のダイニングの方から声が飛んできた。芯があり、しかし張りのある高音を空間に響かせた高貴な雰囲気の声は、床に座り込む自分たちに真っ直ぐ投げかけられた。
「今頃お屋敷はアイツにメチャクチャに引っ搔き回されているに決まってるわ。折角お部屋の掃き掃除をしたばかりだというのに・・・。なんて仕事の絶えない、素敵な職場ですこと。」
「えっと、あなたは・・・。」
「・・・あなたに大きな怪我が無くて本当に良かったわ。ルイン。それにニーナもね。」
「・・・イェルダ?」
声も雰囲気も今まで見て来た老婆のそれとは全く違うけれど、心の中の本質を感じ取る直感が、確実に今目の前で自分たちの無事を案じる女性の存在を、あの老婆だと思っていた正にその人だと大声で告げている。
「イェルダ・・・そこにいるのは、イェルダ・・・だよね・・・?」
「もう、何をおかしなことを言っているのルイン。ここに連れてくるまでの間に頭でも打ってしまったのかしら。この私のどこをどう見たって・・・どう・・・見たって・・・。」
「やっぱり・・・。」
「擬態の魔法が解けてる!!!あぁどうしましょう!あの騒ぎの中で慌てて眼鏡を落としてしまったんだわ!そうだポケットの中に!・・・無い。えぇと頭の上には、無いし・・・。あぁ・・・きっと坊ちゃんの家の前ではもう落としていたのね・・・。」
「イェルダ・・・なんだよね?」
「・・・えぇ、そうです、ルイン坊ちゃま。私がイェルダです。恐らくあなたが物心付いてから初めてご覧になる、本当の姿のイェルダで御座います。坊ちゃま。」
まるで夜空という舞台装置が動き始めたかのように、ちょうど雲が仕切りを退いて、射し込んだ真っ白な月の光を目の前の腰かけ椅子にかける女に当てた。
「・・・わぁ。」
身長は大人の、それもそこそこ大柄な男性の背丈ほどもある。しかし身体の線は踊り子のように細く絞られ、その上には皺ひとつない細めの頭を長い首に乗せている。1体のマネキンが、両手を静かに脚の上で重ねて、キラキラと輝く生きた両目を真っ直ぐこちらに向けて座っていた。
「あなたが・・・イェルダなの・・・?」
「そうです。ルイン坊ちゃん。・・・初めまして。あなたと、今は亡きあなたのお父様にお仕えしております。マリオネットのイェルダでございます。」
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