第6話

―――『あなたは神がこの世界に産み落とした天使。魔族の王を討ち倒す為に生れた勇者なのです。あなたは立派に成長しました。さぁ、我らと一緒に旅に出ましょう。』―――

 「気楽なもんだよな。空から世界が白く染まるのを眺めてるのは。」

―――勇者は神様から授かった聖なる剣を振るい、立ちはだかる魔族を次々に討ち倒していきました。―――

 「どいつもこいつも、鼠みたいに逃げろ。道を開けろ。さもなければこの白い刃を赤く染めるんだ。ここは俺たちの領土だ。」

―――魔族が長い間支配し納めた土地は信仰が薄れ、すっかり大地は薄暗い不浄の土壌に侵されていました。勇者はその土地に種を植えました。それは人類と信仰が永久に温かな息吹を吹かせるための大いなる種まきでした。

 「耕せ。魔族の食う芋では人は腹を下す。土地を支配する者は最も肥えた者だ。」

―――とうとう、勇者たちは魔王の住む城に辿り着きました。その奥には強大な魔族の王が勇者を倒さんと待ち構えていました。―――


 「・・・逃げないのか?」

 「あぁ。逃げないさ。折角君と話ができるのに。」

 「助かるよ。」

 「勇者ってのは、案外話の分かる奴なんだな。」

 「そう見えるかい?ハハハ!やっぱり魔族ってのは馬鹿な種族だ。」

 「なんとでも言え、侵略者。お前の背後に君臨するものの方がよっぽど恐ろしいだけだ。」

 「あぁ、間違いないね。」

 「なぁ、勇者よ。お前は話が分かる奴らしいな。」

 「あんた曰く、そうらしいな。」

 「取引をしないか。」

 「いいぜ。楽なのは好きなんだ。」

 「今、私の治める領土は少しずつ君と君の配下たちによって切り開かれている。君は今や一小国の王たりえる力を手にしている。そこでだ。我が国は貴公に和平交渉を申し込みたい。条件は2つ。1つ目は、君が切り開いてきた領土にさらなる領地を足して、現在の我が国の半分の領土を貴公の国土として献上する。2つ目は、貴公や貴公の兵士たちによる一般市民への略奪行為の全面停止を要求する引き換えに、貴公に献上した土地での1次産業、2次産業の知識、技術を持つ原住民を労働力として我が国が派遣する形で技術供与する。というものだ。」

 「領土領土って言うけどよ、実質的にはこの世界の半分じゃねぇか!太っ腹だなァ、全く。これまでの道のりで魔族ってのは商売上手なんだと思ってたがよぉ、どうやらただのお人よしだったらしい!笑えるね。」

 「笑いたければ笑いなさい。私が聞きたいのはただ1つ、飲むのか。飲まないのかだ。」

 「・・・俺ァ実は百姓の家の生まれなんだ。牛2頭と馬1頭と羊が20匹やそこらで、黒麦と食べる分だけの野菜を育ててたんだ。」

 「我が国の国民の3割は農民だ。そして重複含め3割が2次加工にも従事している。我が国では毎日子供に1つの黒麦パンを与え、月末には白いパンが食べられる。」

 「肉は、野菜は、どうなんだ。」

 「勿論だ。ただ、お前たち人間ではこの土地の食べ物に腹が負けるという報告を読んだ。」

 「全く学者様まで一級品と来た。」

 「国が富むのに必要なのは城の貯蓄ではなく国民の腹が満ちる事なのだと学んでね。」

 「クソが!おぉい!神様!俺はこいつを殺せねぇよやっぱり!こんな所まで引きづって来やがって!もうお墨付きの聖剣もボロボロの杖替わりだ!飲んじまおうぜこんな美味しい話!俺は故郷に帰りてぇよォ!」

 「哀れな勇者よ。今一度問おう。お前に世界の半分をくれてやる。残り半分で、私たちを守らせてくれ。そして共に、世界が白く終末を迎えるのを食い止めよう!君の力が必要なんだ・・・!」

 「・・・俺の力が?」

 「あぁ、そうだとも。君の力だ。」

 「・・・すまねぇ。本当に、すまねぇ。俺ァ、お前たちの家族を沢山殺しちまった。」

 「魔族に殺生を謝するな。我々はお前たちとは違う輪廻を生きているのだから。」

 「すまなかった。」

 「さぁ、だから未来のために手を組もう。早く!」

 「俺は・・・あんたに謝ったんだ。」

 「・・・どういう事だ。」

 「あんたが借りたい俺の力なんてのは、もうどこにも俺の手の届くものは無いって事さ。」

 「それは、どういうことだ。」

 「すまない。いつからか、自分の心じゃいい加減剣の1本も振れなくなっちまってたんだ。ごめんなぁ、魔王様よ。」

 「・・・哀れな。私はまた、1人の偉大な魂を救い損ねたのか。」

 「さぁ、やろうぜ。もう視界も霞んでるんだ。」

 「うん!やろう!敬意を込めて、お前の魂を葬ってやる!」


―――大勢の兵士が待ち構える中、勇者様は魔王を討ち倒してお城から出てきました。魔王城の中には、沢山の宝物と沢山の食べ物が蓄えられていました。そうして新しい人類の王様になった勇者は、卑怯な魔王の手で傷を負ってしまったため、お城を大きな大きな教会に変えて、世界を神様の真っ白な光で照らす事が出来ましたとさ。―――


――― おしまい ―――



 コンコン。コンコン。

 「うん?なんだろう。イェルダかな?」

 でもイェルダは僕の家に入る時はさっさと入ってしまうんだけどな。手荷物でも持ってるのかな。・・・もしかして、別のお客さん?どうしよう、そういうのはイェルダに任せっきりにしてしまってたから、丁寧におもてなしできるか心配だ。部屋の灯りは外に漏れているだろうし、居留守を分かられるのも気分が悪いだろう。

 そっと扉を開くと、まずは湿り気を帯びた生ぬるい風が顔を思い切り押さえつけた。それに抗うように重い木の扉をギリギリと開けて顔を覗かせてみたが、扉の前には誰もいなかった。

 「あれ、おかしいな。誰かいませんか~?」

 言い終わって、扉から10m程離れた真っ黒の草むらの中にオレンジ色のランプ灯がゆらゆらとしているのを見つけた。

 「・・・どなた、ですか。」

 「・・・うん?あれ!その声は!」

 その声は、

 「君、以前に僕を町に案内してくれた男の子かい?ハハ、奇遇だねぇ。このおうちが君のかい?」

 「・・・そうです。なにか御用ですか!」

 「えぇ、あぁ、なんていうか、恐らく、君のお父様と僕は古い馴染みなんだよ。偶々この辺を通りかかったからさ、お話ができないかと思って。」

 「父は数年前に亡くなりました。」

 「・・・ほう。そうか。彼ももうこの世にいないのか・・・。お墓の場所は分かるかい!」

 「すみません。実は僕も最近教えられたので、よく分かってないんです。」

 「最近教えられた、ねぇ・・・。それはひょっとして”マネキンの”イェルダかい。」

 「マネ・・・そうですイェルダです。」

 「そうかいそうかい。ところで、大体の場所で良いから地図を見せてくれないか!あとは馬で探す!」

 「うん、ちょっと待ってね。」

 道聞きの案内の為にイェルダが玄関すぐに畳んでいる地図を取って振り返る間に、すっかり例の男は玄関扉をもうすぐ潜ろうとしているのではないかという程近寄ってきていた。

 「はい、これ、地図・・・。」

 「ありがとう。」

 「えぇと、これが町で、これが丘で、ここが・・・」


 「ねぇ、最近この辺で天使を見なかった?」


 「え?」


 見上げた瞬間にはもう遅かった。真夜中の暗闇を一瞬で誤魔化せてしまうような真っ白な閃光が男の懐から飛び出し、目を覆った指の間から見えているのは、確かに今、懐から大きな剣を引き抜こうとしている男の姿だった。

 「うわぁ!」

 「返してもらおうカ!!俺のォ・・・!」

 「やめて!!」

 盲目のように思われた目は剣と同じように真っ白な光を煌々と放っている。喜びの絶頂にも絶望の慟哭にも見えるその激しい表情に圧倒されて腰を抜かしてしまった。

 「ナンナンダヨォー!!」

 「返せッ!!すまんな坊主!!俺の天使を!!どうか許してくれぇェ!!」

 男がとうとう引き抜いた剣を頭上に構えてこちらに振り被った。

 「ウワァァァ!!!」

 恐怖で目を閉じたとほぼ同時に鳴った甲高い破裂音に、何の音かわからないままこれが死の瞬間かと一瞬考え、しかし全身からいっきに吹き出た冷や汗の冷たさが背中に鳥肌を立てる感覚から、恐る恐る目を開けて上を見上げる。そこには、先程の振り被った体勢の変わらないまま、右肩からドクドクと泥のように赤黒い血を流している男の姿があった。

 「このクソ人形野郎!騙し打ちしやがったな!!」

 「夜盗に与える慈悲はありませんわ。出て行きなさい!!」

 「この程度で動かなくなる身体じゃねぇ!」

 男が血まみれの腕を動かして再び剣を振り上げた。

 「坊ちゃん逃げて―ー!!!」

 イェルダの叫び声に電撃を喰らったようにやっと硬直した身体がバタバタと動き出す事ができた。

 避けて走り出そうとした瞬間、さっきまでヘタっていた場所の床板が粉々に砕ける音を聞いた。もう振り返る余裕もない。背後から迫る色々な物を押し倒したり砕けたりする音の恐怖を振り払って、ニーナを迎えに行かなければ。彼女をこの男の手が届かない場所へ運ばなければ。

 「どっちの寝室だ・・・!?」

 最近のニーナは自分の寝室と僕の部屋のどちらでも好きな方に寝にくるから分からない。分からないけど、この騒ぎで飛び出してこないということは、事前に外の様子が伺えた方、窓の無い寝室ではなくて、

 「僕の部屋!!」

 扉に手をかけようとした瞬間、引き戸の扉が思い切り跳ね開けられた。ニーナが自分目掛けて両腕を広げ飛び出して来た。腕を広げて胸で迎えいれ、すぐさま玄関へ振り返る。

 「見つけたぞ天使!!さぁ!!私の所に来るんだ!!」

 両目はおろか、傷口という傷口から白い光を放って一心不乱にこちらに歩み寄ってくる男は、最早光のアンデッドとでも形容すべきおぞましい姿だった。こんな奴にニーナを渡す事なんか絶対にできない。

 「お前にニーナは渡せない!!」

 男の動きがピタリと止まってしまった。

 「・・・待て。今、お前、その天使のことをなんて呼んだ?」

 「・・・ニーナだ!俺たちの大切な客人で、大切な家族だ!」

 そう叫ぶと、いつも通り首にしがみ付いていたニーナがさらに頭を抱く力を強めた。一瞬息が詰まりそうになる。

 「ニーナ・・・。」

 なぜか男が呆然として動きを止めている。逃げるならこのタイミングしかない。しかし玄関はこの男の背後にある。ニーナを抱えた状態でどうすることができるだろうか。一瞬冷静になって辺りを確認する。自分と男の間には普段夕食を取る時に使う分厚い木のダイニングテーブルがあった。一か八か。

 「掴まっててね・・・!」

 空いた片腕をテーブルの天板下に回して、思いっきり跳ね上げた。

 「うぅぉおりゃぁあああ!!!!」

 なんとか片側が持ち上がったテーブルを余った力と前に出ている足で思い切り蹴飛ばすと、数寸先へ飛んで行ったテーブルの裏から重い衝突音と男の呻き声が聞こえた。

 「よし!今だ!!」

 「でかしましたよ!ルイン!!」

 玄関の方から女性の叫び声が響いた瞬間、テーブルの奥で先程の男から放たれていたよりも更に強い閃光が炸裂し、目を覆って堪えた所を、恐らく駆け寄ってきた女性の腕にがっしりとホールドされ、そのまま引きづられるように背後の窓を突き破って家から飛び出した。

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