記録12:国家に忠誠を
監視カメラ一つ無い近衛隊本部の屋敷は、将官たちが行き来していて、天菊でさえも敬語を使わなければならないような上官もいた。
そして、本部の最奥の座敷への襖の前にいる警備の人に通してもらい、座敷の中に入れてもらった。
ここでは警備の人でさえ中佐レベルだ。軽くお辞儀をして室内に入ると、そこには机を挟んで反対側に正座している大久保がいた。
彼は隊服ではなく、厳かな和服を着ていて、胸元には近衛隊の紋章が刺繍されていた。
彼は天菊を見るなり、少し嫌そうな顔をしたが、僕を見て、すぐに僕が山原であると気づき、微笑んで言った。
「おお、恭明か。怪我は、もう大丈夫なのか?」
「はい。この通り、女の体を借りていますが、元気は元気です。今は恭明ではなく、山雁 明日香の名前を使っています」
僕の言葉に、彼は深くため息をついて安心したと言った。これで暫くは落ち着いてくれるだろうと思っていると、大久保は天菊にとある質問をした。
「そういえば、国賓の彼は来たのか?アレクサンダーと言ったか。EV(ヨーロッパ防衛軍)の男だったはずだ」
「はい、来ていますよ。ここにお呼びしたほうがよろしかったでしょうか?」
「いや良い。結構だ。まあ、一連の任務の準備も進めているようだが、君のやり方には、反対勢力が少なからず発生する。どうにか―――」
「お言葉ですが大久保長官」
大久保の言葉を遮って天菊が鋭い声で言った。大久保はその声の覇気に負けて黙ってしまった。
「万事徹底ですよ。中途半端は私の一番キライな言葉です。やるなら、何でも徹底的に。反対勢力もいずれはだまります。なにせ、私の行いを、歴史が正しいと証明してくれるのですから」
何やらとんでもないことを言った気がするが、大久保は黙ったまま頷き、唸るような声で言った。
「もう出ていって良いぞ」
二人揃って出ていこうとした時、僕だけが呼び止められて、大久保にこう言われた。
「ああ、明日香。君の心配には及ばんよ。もう私は無茶をしない。立ち直ったらまた任務のために呼び出すから、ここに来なさい。一年は待とう」
やけに優しい大久保を不気味に思い、僕はその場で言った。
「もう大丈夫ですよ。何なら、今からでも任務を受けられますよ」
僕がそう言うと、大久保は久しぶりにシワまみれの顔をクシャッとして笑った。メガネを掛けて近くの棚から封筒を一つ取り出してきて、私に渡した。
「事務所に帰ってから開けなさい」
「了解。では、失礼します」
そう言って僕は彼の部屋を後にした。
その後は特に本部に用事もなかったので立ち去ることにした。
建物から出た瞬間、天菊が呟いた。
「国家に忠誠をと叫んでいた長官も老いましたね。十年前なら、力強い推進力を持っていらっしゃったのに...いまは只のお爺さんになってしまいましたね」
悲しそうな声だった。まるで戦友をなくしたかのように、あまりにも悲しそうに呟いたので、僕は彼女に昔大久保に言われたことを言った。
「人は国家にとって歯車なのですよ。国家は、錆びた歯車よりも、一切錆びていない、よく動くものを必要とします。この言葉は、大久保長官も仰っていました。それに、この国家は十年前から、彼ら老人のお陰で一気に成長したのです。より良い国家になったからこそ、もう頑張った歯車は取り替えてあげるべきではないですか?」
僕が言い終わると、天菊はそうねとだけ言って、歩き出した。そして、彼女は表に止めてあった車に乗り込んで、僕は徒歩で、それぞれの場所に戻って行った。
◆
「よしっ...これで、終わりっと」
ようやく事務所の片付けを終了させて、スタッフたちを迎える準備を終えた。年明けはスタッフ全員が出払っているので、普段は僕一人で行うのだが...
「なんであなたがいるの?」
今年は、ヨーロッパからの来客が居座っている。アレクサンダーだ。どうやら、ここに来る途中で飛行機が撃墜された時、持ち物全てが灰になったので、一文無しだという。帰ろうにも、パスポートさえないから実質顔と体に埋め込んだ機械の数が彼がスパイとして処刑されない理由だ。
一見、機械は一切入っていないように見えるが、実は体内に大量に機械を仕込んでいるらしく、筋繊維なんてほとんどがサイボーグ化しているらしい。痛いのかと聞いてみても、首を振り、気持ち悪くないのかと聞いても彼は首を振った。
僕が作業を終えて、ソファに座り込むと、アレクサンダーが聞いてきた。
「なぁ、お前のその服、近衛隊だろ?ヨーロッパの認識じゃ、良くてカルト、行くとこまで行ってる理論ならナチ二世って感じだ。どっちにしろ、人間の組織とは思われていない。で、実際の所どうなんだ?近衛隊から結構離れてるお前なら、なにか感じるんじゃないか?」
私は、彼の買ってきてくれた冷めたコーヒーを一口啜って答えた。大久保と天菊が頭をよぎった。
「半分は人間の組織だよ。でも、もう半分は私にもよく分からない。一体何なんだろうね」
「人間の組織なんだな...」
「ん?」
「あぁ悪い。今のは気にしないでくれ。独り言だ。」
「そう。じゃあ、手伝ってほしいことがあるんだけど―――」
それから、私はアレクサンダーを連れて家電量販店に行った。かれこれ十年間程家電を買い替えていなかったので、この際一括で購入することにしていた。
家電量販店に到着し、ささっと選んで、アレクサンダーに車に積んでもらった。まさか冷蔵庫と洗濯機を片手ずつそれぞれ持ち上げるなんて思っても見なかったので、かなり驚いた。サイボーグってやっぱ化け物なのかなと思いながら、僕は彼に礼を言った。
「ありがとう、アレクサンダー。助かったよ」
「いいぜ。暫くここに居候するんだから、このくらいはして当然だ」
暫く居候するのかよと思いながら彼の仕事ぶりを見ていると、思い出したように彼が言った。
「アレクサンダーって言いづらいだろ?俺は、国じゃあ、アレックス(Alex)って呼ばれ方してたんだ。だから、お前もそう呼びなよ。俺はお前のことを明日香じゃなくてアッシュ(Ash)って呼ぶようにな」
「あれ?今までアッシュって呼ばれてなかった気がするんだけど...」
「これから呼ぶんだ」
そう言いながら、思い家電を次々と運び込んでいくアレックスに暫く見とれていると、急に彼は僕に抱きついて、路地裏に転がり込んだ。
何をするんだと言う前に、僕がさっきまでいた場所に穴が空いているのが分かり、状況を察した。
「狙撃か!?」
「いや、近くの車の中からだ。不審者がいたものでな。少しばかり警戒していたんだ」
やはり特殊部隊出身のサイボーグ。さすがの観察眼だ。さて、これからどうしたものかと思案する間もなく、先程僕を狙った車は路地裏の前までやって来た。
近くのビルの窓を叩き割って、ビルの中に転がり込んだ。
向かいのショッピングセンターの店員と鉢合わせたので、大声をあげられる前に気絶させた。
落ち着いてから、武器もないのでどうしたものかと考えていると、アレックスが立ち上がって路地裏に入ってきた銃を持っている男三人の前に飛び出した。
彼らは何のためらいもなく銃を乱射した。
「アレックス!」
僕がそう叫ぶと、彼らは僕に銃口を向け、発泡した。身を低くして敵の射線を切り、近くにあったガラスの破片を握りしめた。呼吸を整えて、近づいてくる足音に耳を...あれ?足音が聞こえない?
恐る恐る顔を出してみると、そこのは先程まで銃を持っていた男たちの死体が転がっていた。そしてその後ろには血まみれの腕をぶら下げているアレックスがいた。まさか素手で殺ったのか。まあ、多分そうだろうし、聞かないでおこう。
「ありがとう。助かったよ」
「礼には及ばない。俺はただ当然のことをしたまでだ」
「そっか。じゃあ、荷物の搬入をしといてくれる?私は死体の処理をしておくからさ」
「慣れてるんだな」
「まあね」
僕はアレックスと別々に作業をした。彼は軽々と家電を事務所に運び込み、僕は慣れた手つきで、死体を次々と生ゴミの箱に投げ入れていった。
死体は合計三つ。全員が日本製の旧式の銃火器である20式を使っていて、壁中にある弾痕からも、彼らが十分に訓練された兵士であることは確かだった。綺麗に僕が通った場所だけに穴が空いている。
アレックスがいなければ今頃はもう一度死んでいたところだ。
しかし、一体誰が...
「おーいアッシュ!客人だぞ!」
事務所から僕を呼ぶ声が聞こえた。
返事だけして、作業を終わらせてから僕は事務所に向かった。
❖
国民身分証
名前:大久保 博徳(ヒロノリ)
身長・体重:168/82
年齢:76
職業:国家近衛隊長官
経歴:東京大学卒後、防衛省で勤務。革命隊を発足させ全面的に支援、現在近衛隊長官。
お読み頂きありがとう御座いました。次回もこうご期待!
次回『探偵とカフェとサイボーグ』
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